第120話 異世界人に対しての商売

「まさかこんなことになってる場所もあるなんてな」




 モニターに映っているのは滋賀県にある琵琶湖。ご存じ、日本一大きな湖である。




 そこには巨大な珊瑚が幾つも湖から空に伸びているのだが、その珊瑚は加工され人が住めるような造形になっていた。


 窓や扉などが設置されていて、そこから明らかに日本人ではない者たちが外の様子を窺っているのだ。




 イズに聞けば、その加工された珊瑚たちは海に住む『ガーブル』たちの住処らしい。


 いわゆる魚人と呼ばれる者たちなのだが、突如琵琶湖に現れた謎の人型生物たちに、琵琶湖の周りに現れた警察たちが、魚人たちを警戒して待機しているのだ。




 魚人たちもいきなり見知らぬ場所に飛ばされたことにより困惑している様子。ただ物々しい警察の雰囲気から、明らかに敵意を剥き出している魚人たちもいる。




 何かきっかけがあれば、すぐにでも衝突しそうな勢いだ。 


 もしかしたら警察と魚人との戦に発展するかもしれない。何せ言葉も通じない上、警察は恐らく見た目からしてモンスターだと思っているかもしれないからだ。




 魚が擬人化したような姿だし、警察が警戒するのは当然で、魚人たちもまた敵対しているはずの『ヒュロン』と同じ見た目の人間ということもあって、互いにいつでも攻撃できように整えている。




 こんな感じで、突如出現した異世界人たちに対し、対応を追われている日本人は多い。


 政府はこの状況をどう考えているのか。いや、今も機能しているのかサッパリだ。




 モンスターのみならず異世界人にまで気を配らなければならない状況で、さすがに手なんて回らないだろう。




〝ソル、今日はもういい。一旦戻ってきてくれ〟


〝はいなのですぅ!〟




 今日の観察は終わり、ソルを島へと呼び戻す。俺はモニターを《ボックス》へ収納する。




「ふぅ、この島が比較的安全なのは助かるな」




 あれからクラウドホエールも姿を見せなくなった。別の空へと飛んでいったのだろう。


 そしてこの島の周囲には、異世界の影響は現れていないので平和なものだった。




 俺は家から出ると、その足で湖へと向かう。


 そこには《プラントマン》と一緒に作業しているイオルがいた。




「あ、ヒロさま!」




 俺に気づいたイオルが、トコトコトコと駆け寄ってきた。




「ヒロさま、なにかごよう?」


「いや、あれからどうなったかって思ってな。……上手くいってるみたいだな」




 あれからというのは、イオルが《プラントマン》を生み出し作業をし始めてからだ。


 湖の周囲は彼らによって耕され、そこから多くの芽が顔を見せている。




「あとひとつきもすれば、はながさくよ」


「そっか。それは楽しみだな。お前も頑張ってくれてるし」




 汚れた作業服を着ているイオルの頭を撫でつけてやる。




「ん……ありがと、ヒロさま」


「何で礼なんか?」


「……ぼくたちに……いばしょくれたから」




 いつも無表情というか、あまり感情が豊かではないイオルだが、少しだけ頬が緩んでいるような気がする。




「それにおねえちゃんも……うれしそう。ぼくも……うれしい」


「……そっか。喜んでもらえて何よりだ」


「ぼくも……いつかヒロさまとちぎりをかわせるように……がんばる」


「そう言ってくれるのは嬉しいけどな。ところでさっきから《プラントマン》が湖の中から何体か出て来てるんだが、何してるんだ?」




 気晴らしに泳いでるってわけでもなさそうだし……。




「みずうみのそこに《スキトーリソウ》をそだててる」


「何だそれは?」


「《スキトーリソウ》……うめるとみず、きれいになる。じょうすいのうりょく? ってやつ」




 へぇ、浄水能力がある植物もいるのか。




 聞けばたった一本で、100リットルの水を浄水できるらしい。それを何百本も湖の底で育て、この湖の水をそのままで問題なく飲めるようするのだそうだ。




「さすがは植物担当者だな。お前がいてくれれば、作物や飲み水の心配をしなくて良さそうだ」


「ん、がんばる」




 俺は頑張ってくれているイオルに、甘いミルクチョコレートを褒美としてやった。するとイオルは顔を綻ばせ、さらにやる気を見せて働き始めたのである。




 そして俺は島に戻ってきたソルを労うためにマッシュポテトを作ってやり、今後どう動いていくかを思案した。




 世界に現れたフィールドは、ダンジョンではないので攻略うんぬんの話ではない。何かをすればその場から消えるという代物ではないのだ。




 ただモンスターが増えたことにより、モンスター退治としての依頼はこれからも増すだろうから、虎門としての仕事は途絶えることはないだろう。


 あとの問題は異世界人への対応である。




 俺は彼らと会話ができるが、他の者はできないので意思疎通を図るのは難しいだろう。




「通訳としての仕事を増やすか?」




 恐らくは政府が主導で、何とか異世界人とコンタクトを取ろうとするはずだ。できれば友好的に話を進め、現状起きている問題事の解決のために異世界人を利用しようとするに違いない。


 ただ食料問題も大きな重みとなってくると思う。何せ人口が一気に増えていくのだ。




 いや……その分、モンスターに殺されているし、全体的に見て変わらないのかもな。




 世界変動から今まで、モンスターやダンジョンによって死んでしまった者たちは数知れないだろう。何十万、いや、何百万人単位のはず。もしかしたらそれ以上かも。


 急激に人口が減った中、突如異世界人が次々とこっちの世界に現れてきた。




 視点を変えれば、まるで減った分を補充するかのようにも見える。




 世界が辻褄を合わせるようにしている? ……まさかな。




 だとすればこれは世界が望んだことで、いらない人間を排除し、その分、別の世界から必要な存在を迎え入れていることになる。


 世界に意思があると仮定すればあるいは……。




「いやいや、そんなことはねえよな。突拍子もなさ過ぎる。それよりも今後の商売についてだ」




 考えているのは幾つかあるが、その一つに異世界人に対しての商売である。


 彼らだって突然見知らぬ世界に放り出され困惑していることだろう。事情も何も知らない彼らには、情報もそうだが衣食住が必要になってくる。




 すでに住処を所持している者たちもいるが、生きるためには何よりも食が大事になるはず。そんな彼らに食を提供できれば、その見返りとして金品を得られるのではなかろうか。




「居場所が欲しいって連中には、無人島を与えてやることもできる。ただその分の対価が払えるかどうか……だが」




 さすがにこれからこっちの世界に来るすべての異世界人を、【幸芽島】に受け入れるわけじゃない。そんなことはできないし、したくはない。


 この島で過ごしていい者は、俺が信用できる奴のみなのだ。不特定多数の見知らぬ連中を同情だけで引き込むつもりは毛頭ない。




「とはいえ、まずは連中と接触して要求を聞き出すことだな。あとは対価となるものを用意できるかどうか」




 ただ交渉相手は慎重に選ぶ必要がある。特に『ガーブル』を相手にする時は殊更に注意が必要だろう。何せ相手は『ヒュロン』――人間に悪感情を持っているはずから。




「シキ、ヨーフェルは今どこにいる?」


「この時間は、ブラックオーガと鍛錬でもしていると思われますが」




 少し前、Aランクとガチの組手をしていたのを見た時は度肝を抜かれたものだ。




 しかし与えた《パーフェクトリング》などのアイテムや、シキとの鍛錬のお蔭もあって、今ではブラックオーガと真正面からケンカできるまでになっていた。




「呼んで来てくれるか?」




 シキがその場からいなくなると、俺は《ショップ》スキルを使って、これから必要になりそうなものを購入していく。


 しばらくして、シキがヨーフェルとともに戻ってきた。




「マスター、お呼びのようだが?」


「ああ、これから異世界人とコンタクトを取ろうと思う。お前にもついてきてほしい」


「うむ、了解した」




 エルフである彼女が傍にいれば、彼らに関しての情報を得られやすいし、相手もまた必要以上には警戒しないだろう。




「俺もまた、新しい商売人を作るか」




 俺は《変身薬》を服用し、その姿を変えることにした。




「……おぉ!」




 姿を変貌させた俺を見て、ヨーフェルが感嘆しているような声を出す。


 白銀の髪に、頭部からチョコンと生えた獣耳。そして臀部近くからは複数の銀毛に覆われた尻尾が生えている。






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