第119話 さらに変わっていく世界

 俺の見解を口にした直後、誰もしばらくは口を開かなかった。自分の中で情報を吟味し精査しているのだろう。


 すると真っ先に静寂を突き破ったのは――ヨーフェルだった。




「確かにマスターの言ったように、この理の外にあるような状況が、何かによって作り出された現象なのだとしたら、それは……『呪導師』によって引き起こされたことだと仮定するのは間違っていないかもしれないな」


「ええ。というよりしっくりきましたわ。わたくしも何故、二つの世界が干渉し始めたのか、その理由を考えていましたけれど、なるほど……確かに説明がつきますわね」


「しかしだとしたら……っ、この世界に住む者たちには何の落ち度もなく、ただ理不尽に平和を犯されたことになる」




 ヨーフェルの言う通りならそうだろう。




 異世界に存在する『呪導師』の仕業なのだとしたら、こっちの世界は何ら関係はなく、ただ巻き込まれただけだ。


 この事実を知ると、きっと異世界は疎まれ、憎まれ、地球人の怒りをぶつけられる。




「けど本当に異世界だけのせいなのか……?」




 俺が不意にそう呟くと、イズが「どういうことですの?」と尋ねてきた。




「いや、ふとそう思っただけだ。イズはどう考える? マジで『呪導師』だけの仕業だと思うか?」


「……そうですわね。正直なところ何とも言えませんわ。確かに少し引っかかることはございます。これまで『呪導師』は一つの世界……つまり我々が住んでいた世界のみの環境をガラリと変えてきましたわ。それが今回に限り別の世界を巻き込むというのは初めてのことですから、主様の懸念も理解できます。ただ、だとしたら地球にも原因があったということになりますが、この地球にも定期的に環境を変えるような大災害が起きたりするのでしょうか?」


「う~ん……定期的にって言われると違う気がするな。確かに地球にも過去、いろいろなことは起きてる」




 そこらへんの知識は疎い。それまで地球の支配者だった恐竜が絶滅したことや、氷河期が到来して地球環境が変わったこととか、その程度のことしか知らない。




 ただそれも全部遥か昔のことで、千年、二千年を遡っても、地球壊滅みたいな事件は起きてないんじゃなかろうか。




 大きな戦争が起きたりして、人々が数多く犠牲になったという意味では、地球でも過去を振り返れば何度もあるだろう。しかしそれくらいならば、異世界でも普通に起きているはず。




「やっぱ地球には決まった周期で大災害が起きるなんてのはないんじゃねえかなぁ」




 今回みたいなことは、やはり大昔にしか起きていないと思う。




「なるほど。ならやはり『呪導師』単独が引き起こした災厄である可能性が高いですわね」


「だとすれば申し訳ないどころではないな。まさか我らが住む世界のせいで、マスターたちの世界を豹変させてしまったのだから」




 ヨーフェルの言葉に、俺以外の者たちが頷く。




「まあ俺に関していえば、別に怨みや辛みも異世界には感じてねえけどな」


「む? それはどうしてだ、マスター? マスターもそれまでの環境を問答無用に変えられたのだぞ? 平和だった世界が、一歩外に出れば命を失うかもしれないものへと変貌したのだ。普通は理不尽だ不条理だと思うはずだが……」


「平和……ね。少なくとも俺を取り巻く環境は、その言葉とは真逆だったしな」


「あ……!」




 ヨーフェルだけじゃなく、他の者たちも俺が言いたいことが分かったように気まずそうな表情を浮かべる。




「世界変貌のお蔭、とまでは言わないが、今回のことで俺の環境が変わったのは確かだ。でも俺にとってクソったれだった人間関係を断つことができしたし、それに幸運なことにこの世界を楽しめる程度の能力まで得られた。それにこうしてお前らと一緒に過ごすこともできてる。俺は……これで良かったって思ってるぞ」


「ぷぅ~! ご主じ~ん! ソルも、ソルも、ご主人に出会えて嬉しいのですぅ!」




 感極まった感じで、ソルが俺の懐へと飛び込んできた。




「ちょっ、あなたは何をどさくさに紛れて主様に抱き着いているの!? さっさと離れなさい! それにこの状況に感謝しているのはあなただけではありませんわ! わたくしだって、至高の御方である主様と契りを結べたことは何よりも幸福だと感じております!」


「うむ。それがしもだ。殿にお仕えできて至上の喜びであるな」




 イズに引き続き、シキまでその心の旨を吐き出す。




「そうだな。私もマスターと出会えたのは必然だと思っている。あなたに弓を捧げることができて本当に良かった」


「ヨーフェル、お前まで……はは、ありがとな」




 これまで俺は絆や信頼などを信じてこなかった。いや、今でも信じているのかどうかは分からない。


 どうせそんなものはまやかしで、簡単に引き千切られるようなものだと考えているからだ。




 実際に呆気なく断ち切られた経験もしている。


 だからこそ俺は、人間には期待しないし、彼らに信頼するなどという愚行はもうしないだろう。




 しかしコイツらは別だ。




 心の底から俺を慕い、信頼してくれている。その身も心も預けてくれている。


 この繋がりが本物の絆と呼べるのかどうかは分からないが、それでも俺はこの繋がりを大事にしたいと考えているのだ。




 もしこの繋がりを断とうとする者がいるならば、きっと俺は全力で阻止するだろう。


 俺はコイツらの主で、それを認めた以上は守っていく義務があると思うし、俺自身が守っていきたいものだ。




 親父……お袋、あんたたちが俺を大事にしてくれたように、俺もコイツらを大事にしていくよ。……家族だからな。




 不意にどこかから「頑張れよ」という声が聞こえたような気がした。




「ぷぅ? ご主人、笑ってるですよ? どうしたのです?」


「……いや、何でもねえよ、ソル。さて、会議はここまでにして、夕食の準備でもするか。お前らも手伝ってくれよ」




 そうして全員で一緒に一つのことを行う。


 これもまた家族だからなのだろう、と俺はそんなことを思ったのであった。














 世界がまた一段階おかしくなった日から数日が経ち、俺は家でモニターを監視していた。


 そこには日本中を飛び回るソルにつけている《カメラマーカー》を通しての景色が映っている。




 あれから日本がさらにどう変貌したか確かめるために、ソルに日本を飛び回って様子を見てもらうことにしたのだ。


 彼女の飛行速度なら、それほど時間をかけずとも、日本を北海道から沖縄へと翔けることができる。




 その結果、やはり【レッド砂漠】のような、異世界のフィールドが、次々と日本各地に現れていることが判明した。


 また絶対に手を出してはいけないような、Sランクのモンスターの姿も確認されている。




 俺としては、そういう連中に、他の人間が軽々しく手を出さないか心配だ。


 Sランクを怒らせてしまえば、その大地は更地、あるいは消滅してもおかしくないから。




 まあ、他人がいくら傷つこうが俺には関係ないが、金目のものが失われるのは問題だ。今のうちに放置された銀行や貸し倉庫などに忍び込み、金品を頂いてしまおうかとも思ってしまう。




 だが持ち主がいなくなれば、それも考えるが、さすがに今の段階で強盗するのは美学に反する。今更俺の美学という言い訳をしても無意味なような気もするが。そこそこ汚いこともしてきたしな。




「日本でこれだし、世界中も同じような現象が起きてるだろうな」




 いずれ世界にも目を向けて調査する必要も出てくるかもしれない。


 別に日本だけで稼がなければいけないわけでもない。金持ちは世界に幾らでもいるはずなのだから。




「でもさらに大パニック状態だな、こいつは」




 ダンジョン化に次ぎ、今度は異世界フィールドの出現、それに加えて異世界人も飛ばされてきている。






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