第118話 異世界の種族

 島に戻ってきた俺たちは、さっそく家に集まって会議を開いていた。




「【レッド砂漠】にクラウドホエール……とんでもない状況になってきたな」




 そう口にしたのはヨーフェルだ。




「ですわね。ダンジョンではなく、フィールドそのものが街中に現れるなんて。まるでこの世界が徐々に向こうの世界に侵食されているかのようですわ」




 確かに、イズの見解は俺も賛同できることだ。


 ただ少しだけ俺の考えは違う。




「向こうの世界が地球を侵食しているというよりは、地球と異世界が融合しているような感じじゃねえかな」


「融合……ですか?」


「そうだ、イズ。俺は前に一つの案として、この地球と位相がずれた異世界があると仮定して、そのずれが、少しずつ重なりつつあるって思った」


「! つまり主様は、いずれ地球と異世界が完全に合致してしまうと考えられているのですわね?」


「ああ。ダンジョン化が激しくなってきたこともそうだが、エルフや獣人――『ガーブル』が出現したのも、〝光隠し〟じゃなくて、その位相の合致の影響により、空間に歪みが発生し、こっちと向こうを繋ぐ通路ができたためだって思ってる」


「なるほどな。位相のずれ……か。マスターの言うことも一理あるやもしれないな。実は長老が言っていた話があるのだが」




 ヨーフェルが自分が住んでいた村の長老の話を聞かせてくれた。




「〝光隠し〟とは、別世界の扉を開かせる自然現象。我らの世界と異なったもう一つの世界は、実は表裏一体であり、きっかけさえあれば自由に行き来できるようになるかもしれない。そう長老は言っていた。私には眉唾ものだし話半分で聞いていたが、実際に経験してみて、長老の話が間違っていなかったのではないかと思うようになった」




 表裏一体……か。




「でもでもぉ、何でそのいそう? のずれが重なってきたのですぅ?」




 ソルの疑問ももっともだ。ただそれは分からない。


 世界が変貌したのも突然のことだし、その謎はここでは答えを出せないだろう。




「イズの考えはどうだ? 地球の異世界化……というより二つの世界の融合についてどう思う?」


「そうですわね。このようなことはワイズクロウの知識にもありませんでしたし、ハッキリとしたことは分かりかねますわ」


「やっぱそうか……」


「ですが主様の考察が的を射ていたとしたら、近い将来、この地球はまったく新しい惑星になるということは間違いないですわね。いいえ、すでに変革は到来していますが」




 二つの世界が融合された新世界の到来。




 何故そのような事態が起きたのかは分からないが、【レッド砂漠】やSランクのモンスターが現れたことといい、異世界に存在するものがこちらの世界にやってきているのは事実だ。




 問題なのは、モンスターだけじゃなく、フィールドや異世界人たちも次々と飛ばされてくる可能性だ。


 先のゼーヴ然り……あ、そういえば忘れてた。




「イズ、それにヨーフェルもだが、【エルロンド】という国は知ってるか?」


「? 主様がどうして大帝国の名を……?」


「【大帝国・エルロンド】といえば、向こうに住む者たちなら知らぬ者のいない大国だな」




 イズは俺が知っていたことに疑問を浮かべ、ヨーフェルはゼーヴが言っていたようなことを口にしているので、やはり【エルロンド】は有名な国家らしい。


 俺はつい先程、ゼーヴという『ガーブル』に遭遇したことを伝えた。




「よもや『ガーブル』までもが〝光隠し〟に……。こんなにも頻繁に〝光隠し〟が起こった事例は聞かないな」


「わたくしもですわ。そもそも〝光隠し〟とは、百年に一度起こるか起こらないかという稀な現象とされていますもの。それがこうも……どうやら地球の異世界化と〝光隠し〟は密接に繋がっているようですわね」




 イズの見解には俺も賛成だ。その方が辻褄が合うからだ。




「そういやゼーヴって奴は、【エルロンド】は戦争状態にあったって言ってたぞ。知ってたか?」


「戦だと? ……まあ、別に珍しくはないか。我々『エルフィン』は他と関わり合いを持たない者が多いが、『ヒュロン』と『ガーブル』は違う。特に『ガーブル』に対する『ヒュロン』の扱いは酷いものだしな」


「そうなのか、ヨーフェル?」


「ああ。あっちの世界で最も数が多く支配領域が広いのは『ヒュロン』なのだ。奴らはスキルを持つ者が少ない代わりに、アーティファクトを生み出す技術に長けている」




 こっちでいうところの科学技術に優れているといったところらしい。




「対して『ガーブル』は、身体能力に優れ武を貴ぶ者が多い」




 気性が荒く、戦気質な者ばかりだという。二番目に数も多く、絆を重んじる種族。




「ただ『ヒュロン』は知的主義者みたいなところがあってな。『ガーブル』は乱暴者というか、粗雑に武を振るう輩と見下している節があるのだ」




 いわゆる知の『ヒュロン』と武の『ガーブル』といわれているらしい。


 そしてそのどちらも持ち合わせていて、最も数が少ないのが『エルフィン』だ。




「昔から『ヒュロン』は、モンスターに風貌が似通っている『ガーブル』を差別してきた」




 確かに獣人といえば獣と人の融合体みたいなものだ。モンスターにも、獣そのもののような連中はいる。実際オークなんて獣人と言えなくもないしな。




「実際『ガーブル』とモンスターの違いは、人としての理性があるかないかだ。『ヒュロン』の学者の中には、モンスターから派生した存在を『ガーブル』としてる者もいる」


「そうですわね。『ガーブル』の存在については、昔からずっと議論され続けた題目でもありますわ。しかし真実にはいまだ至っておりません。ただやはりモンスターに似ているということで『ガーブル』は昔から差別を受け続けてきたのは事実ですわ」




 イズがヨーフェルの説明が間違っていないことを示した。




「なるほどな。話の流れから、その【エルロンド】ってのは人間の住む国ってわけか?」


「はい。そして絶大な権力を振るい、『ガーブル』たちの街や村に圧政を施しているのです。中には奴隷として売り捌かれている者もいるようですわ」


「その不満がついに爆発して、『ガーブル』たちが決起したってわけか」


「恐らくは。それに【エルロンド】の恐怖政治は、『ガーブル』のみならず、他国の『ヒュロン』にも影響を及ぼしておりますから、恐らくそういう者たちと結託して【エルロンド】に戦争を仕掛けたのではないでしょうか?」




 聞けば冒険者には、身体能力に優れた『ガーブル』だけじゃなく『ヒュロン』もいるらしい。 




 モンスター討伐やダンジョン攻略など、かなり危険な職業だが、その分実入りが良いということもあって、地方に住む貧しい者たちは、こぞって冒険者になって稼ごうとする。




 そして【エルロンド】に住む者たちにとって、冒険者は同じ『ヒュロン』でも泥掃除をする存在として蔑んでいるらしい。


 当然冒険者への扱いは酷かったりする。故に今回の戦争では冒険者の多くが参加しているはずだとイズは言う。




「さすがの【エルロンド】も、腕が立つ冒険者連合や『ガーブル』たちが相手では敗北は必至でしょうね。そのゼーヴという者に勝敗は聞かれていないのですか?」


「一応裏で帝国を牛耳ってた奴はあと一歩まで追い込んだとか言ってたな。けど……」


「けれど?」


「何でも『呪導師』ってもんに邪魔されたとか」


「「『呪導師』っ!?」」




 思わず驚いてしまうほどに、イズとヨーフェルが同時に声を張り上げた。




「ぷぅ? じゅどーし、って何なのですぅ?」




 どうやらソルは知らないようで、昨日作り置きしておいたマッシュポテトを食べながら聞いてきた。




「俺も気になるな。知ってたら教えてくれ、二人とも」




 明らかに表情を強張らせて剣呑な雰囲気を醸し出しているイズたちに話を伺う。




「……『呪導師』とは、世界の歪みが生み出した存在ですわ」


「世界の歪み……? どういうことだ?」


「世界とは、すべて陰と陽のバランスによって構成されていると考えられておりますの」




 光と闇、みたいな関係ってことか?




「つまりは相反するエネルギー同士が調和しているからこそ、世界は世界として成り立っているのだ」




 少し分かりやすくヨーフェルが追加説明をしてくれた。


 イズも「ヨーフェルさんの仰る通りですわ」と首肯する。




「バランス……調和、ね。それが崩れたらどうなるんだ?」


「当然世界という器からエネルギーが漏れ出し――歪みを作りますわ」


「そう。そしてその歪みはいろいろな呼び方がある。災厄、災害、天災……他にもいろいろな」


「んーてことは、調和が崩れると、地震や嵐とかが起こるってことか?」


「簡単にいえばそうですが、当然規模はまったくもって別物になりますわ。『呪導師』とは、それらすべての災厄のエネルギーが凝縮された災禍なのですから」


「ああ。その存在は、世界に呪いをかけたような状態に陥れる。何が起こるかなど誰にも分からない」


「ええ。故に世界に呪いをかけ、破滅に導く者として『呪導師』と呼ばれておりますの」


「以前は世界が壊滅寸前にまでおいやられたらしいが、まさか私が生きている間に『呪導師』が現れるなんて……!」




 ギリッと歯を噛み占めるヨーフェル。




「何が起こるか分からないって言ったな、ヨーフェル?」


「あ、ああ」


「けど世界にとって悪いこと……明らかにそれまでと違った環境になるのは確かってことだよな?」


「お、恐らくはそうだが……何が言いたいのだ、マスターは?」


「…………」




 そうなのか? そういうことなら、一応の説明がつくが、だとしたらこっちの世界はただのとばっちりのような気もするぞ……?




 俺の言いたいことが伝わったのか、イズもまたハッとなり、




「ま、まさか主様……?」


「……いや、可能性の話だけどな」




 俺とイズが分かり合っているが、他の者たちは今も小首を傾げたままだ。




「マスターにイズよ、二人だけで納得しないでくれ。我々にも説明してほしい!」




 ヨーフェルの懇願に、代表して俺が答えることにする。




「……あくまでも推測なんだけどな。さっき地球とお前たちの住む世界が融合しつつあるって話はしたな?」


「あ、ああ……それが……て、まさか!?」




 ヨーフェルだけじゃなく、シキもようやく悟ったような顔をする。ソルはまあ……置いておこう。




「多分だが、今のこの状況こそが『呪導師』による災いなのかもしれねえ」








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