第117話 Sランクの来訪
「ひ、一つ聞いていいかしら?」
「あん? 何だよ嬢ちゃん?」
「そ、その……頭のそれは耳……なのよね?」
「はあ? あったりめえだろ? ……あ、もしかしてこっちの世界にゃ『ガーブル』もいねえのか?」
「……?!」
イズには聞いたことがあった。
彼女たちのいた世界では、大きく分けて三つの種族がいる。
俺たちのような人間を『ヒュロン』、精霊やそれに近しい種を『エルフィン』、そして彼のような、いわゆる獣人のような存在を『ガーブル』という。
ヨーフェルやイオルはもちろん『エルフィン』に属し、通称でエルフと呼ばれているのだ。
でもまさか立て続けに獣人……『ガーブル』にまで会うなんてな……。
〝シキ、彼が『ガーブル』だって気づいていたのかしら?〟
〝いえ。それがしも人間――『ヒュロン』だと思っておりました〟
あれから少し時間が経っているからといって、こんな早く他の種族にまでお目にかかれるとは思っていなかった。
「そっか、じゃあこっちにゃ『ヒュロン』しかいねえんだな。変な世界だ」
それはこっちのセリフだっての。大体種族が明白に別れているからこその諍いだってあるはずだ。
同じ種であることが、戦の歯止めになっている事実だってある。もしこの地球にも、同じように種族が分かれていたら、もっと激しい戦が起こっていると思う。
「……と、当然あなたにも尻尾があるのよね?」
「あったり前だろ? ほれ」
そうして尻をこちらに向けてくる。そこには犬のようなフサフサの尻尾が確かに生えていた。
「俺は狼の『ガーブル』でな。これでもなかなかに強い種族なんだぜ?」
「…………そういえばあなたの名前を聞いていなかったわね。私は虎門シイナよ」
「トラカド・シイナ? やっぱ変わった名前なんだなこっちは」
「言っておくけれど、虎門は苗字でシイナが名前よ」
「へぇ、順番が逆なんかぁ。おっと、俺も名乗らなきゃな。俺はゼーヴだ! よろしくな!」
しかしそれにしても獣人とは……。エルフもそうだが、見た目は人間とほぼ変わらない。
ただやはり懸念していた通り、向こうの世界から次々と異世界人たちがやってきている。
「なあシイナ……っつったか? ここが別の世界だってんなら、向こう側へ戻る方法を知らねえか?」
「残念ながら知らないわね。あくまでも私が知っているのは、異世界の存在だけだもの」
「……そっか」
肩を落とすゼーヴ。戦争中だったのだから仲間たちが心配なのは分かる。
気の毒ではあるが、俺にはどうしようもない現実だ。それに知ってたとしても助けてやる義理もない。彼が大金を持っているのなら話は別だが。
〝――ご主人!〟
その時、脳内にソルの声が響き渡った。
〝どうかしたのかしら、ソル?〟
彼女は、いつものようにヨーフェルと一緒にダンジョン攻略に励んでいるはずだ。合流予定時間にはまだ遠い。
〝大変なのですぅ! 急に街の中に砂漠が出現したのですよぉ!〟
〝は? 砂漠? ……ダンジョン化したということかしら?〟
〝いいえ! ヨーフェルが言うには【レッド砂漠】らしくて、砂が赤いのですぅ!〟
〝……えと……ん? レッド? 砂が赤い? ……ダンジョンじゃないの?〟
ソルの言っていることの意味が飲み込めず混乱してしまっている。
するとそこへシキが噛み砕いた説明をしてくれた。
〝姫、【レッド砂漠】というのは、我々が住んでいた世界に存在する砂漠です。ダンジョンではなくフィールドとして扱われている場所ですな〟
〝フィールド? ……じゃあ何故そんな場所が突然街中に?〟
そもそも今までは建物や敷地がダンジョン化し、そこにモンスターが現れたり、建物内が変貌したことはあった。しかし街中に、そのような変化が見られたのは初めてだ。
それがダンジョン化ではないとしたら、一体何が起きているというのか。
〝ご主人、砂漠から大量のモンスターが現れてきたですぅ!〟
詳しく聞けば、砂漠に元々棲息しているモンスターが、次々とその姿を見せ始めたらしい。
しかも砂漠自体もどんどん街を侵食するかのように広がっているとのこと。
〝――主様! 聞こえますか、主様!〟
考えが纏まらないうちに、今度はイズからの連絡だ。
〝イズ、急用かしら?〟
〝はい。実はすぐに主様のお耳に入れておかねばならない状況が起こりまして〟
どうやらそっちでも厄介なことが起きているようだ。モンスターたちの反乱? いや、それはないか。何者かが島に侵入でもしたか? それともイオルに何かがあった?
いろいろ思いついたが、とりあえずイズの話を聞いてみることにした。
〝実はこの島から遠く離れた南方の空に信じられないものが突如出現しましたわ〟
〝空?〟
〝はい。あれは間違いなく『空飛ぶクジラ』こと――クラウドホエールですわ〟
〝空飛ぶ……クジラ?〟
〝ええ。ランクは――S。ダンジョンではなく、自在に異世界の空を飛遊しているモンスターですの〟
ダンジョンじゃない? つまり……どういうことだ?
モンスターは普通、ダンジョン化した領域から出現する。ダンジョンななければモンスターは生まれないはずなのだ。
故に俺はダンジョン外で生まれるモンスターは、こちらの世界には出てこないと思っていた。
だが現在、俺の予想は裏切られ、フィールド状に存在するモンスターが姿を見せている。
しかもランクがS。最上級のモンスターであり、今までその存在が確認されていなかったものだ。
急にこの状況は何だ? エルフに続けて獣人と遭遇したり、街中に砂漠フィールドが現れたり、挙句の果てにはSランクのモンスターだと?
〝っ……イズ、島は無事なのかしら? そのSランクのモンスターに襲われるようなことは?〟
〝安心してくださいませ主様。Sランクといえど、相手はクラウドホエールというのが幸いです。あれは非常に温和で戦いを好まない存在なのです。こちらから何かしなければ、ただただ自由に空を飛んでいるだけの無害な生き物ですから〟
そうか。それならば良いが……。
〝……もしSランクのモンスターとやり合うことになったらどうかしら?〟
〝…………この島が一瞬で壊滅されることは覚悟なさってください〟
やはりそれだけの実力を持っているか。
モンスターのランクにおいて最上級。
実はAからSの間には、果てしないほどの実力差があるという。
それこそ一体で世界の環境を変えることができるほどの存在だ。先に聞いた『呪導師』に似ているが、そんな存在が異世界にはそれなりの数がいるというのだから、よく今まで滅びなかったものである。
〝Sランクともなれば明確な自我があり、何よりも自身の縄張りから出ない習性を持つ者が多いのです〟
俺の疑問を察してか、シキが答えてくれた。
〝それに奴らも自身の力量を把握しております。仮に好き勝手暴れてしまえば、世界がどうなってしまうかを理解しているのです。世界が壊れてしまえば、自分たちの住む場所すら失ってしまいかねない。故に奴らが戦うのは、自分の縄張りを守るためだけ。人間のように支配欲にかられて動くということは滅多にありませぬ〟
なるほど。自分の居場所を守るためだけに力を振るうか。無暗に支配領域を広げてしまうと、他のSランクと衝突する危険性だってある。
もしSランク同士がぶつかり合えば、それこそ想像を絶する戦いとなろう。その影響で、世界が崩壊してもおかしくない。
だからこそSランクは、基本的には誰にも邪魔されない場所に陣を構えているとのこと。
その中でもクラウドホエールは珍しく、縄張りを持たず、ずっと空を飛び続けるモンスターらしい。雨の日も風の日も、決して止まることはない。何のために飛んでいるのかは、本人にしか分からないという。
「とりあえずは島は安全ということか」
「あん? 島がどうしたって?」
「え? あ、別に何でもないわ」
つい無意識に呟いてしまっていたようだ。
ここでSランクと本格的に戦闘になるかもと正直焦ったが、どうやらそんな最悪の事態だけは避けられたようである。
「てかいきなり黙っちまってどうしたんだ? 顔色も悪かったし……生理ってやつか?」
「……あなたね、私だったら良かったものの、他の女性に今の発言をしたら殴られてもおかしくないわよ?」
何てデリカシーのない男なんだろうか。さすがの俺でもそんな発言はできない。
しかしどうしたものか。次々と世界にまた新たな変貌が起きているようだ。
それをまずは確かめないといけない。ただこの男に関しても放置していいものかどうか。
「さてと、じゃあ俺はもう行くわ」
「え?」
「元に戻る方法は知らねえんだろ?」
「え、ええ」
「だったら地道に自分の足で探すしかねえしな。こっちに来られたんだ。だったら向こうに戻ることもできるはずだ」
「ポジティブなのね」
「それだけが取り柄みてえなもんだしな」
……そうだな。今はこの男に構っている暇はなさそうだ。
「んじゃ、また縁があったら会おうや、シイナ嬢ちゃん! 今度会ったらデートしようぜ!」
そう言うと、大剣を肩に担ぎながら竹林から去って行った。
「姫、放置でよろしかったのですか?」
「気にはなるけれど、今は他に確認すべきことが山ほどあるわ。とりあえずソルたちと合流して、一旦島に戻りましょう」
もちろん依頼料を受け取ってから、だが。
そうして俺は依頼人に料金を支払ってもらったあと、ソルたちと合流して【幸芽島】へと帰還したのである。
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