第116話 異世界の冒険者

 無人島に名前をつけてから三日。


 俺は虎門シイナの姿で、ダンジョン攻略に励んでいた。




 とはいってももちろん依頼を受けてのことである。




 ダンジョン化した竹林を元に戻してほしいという依頼だ。ここを取り戻すことによって、タケノコや山菜などが採れるようになるので、自給自足を強いられている者にとっては是非とも取り戻したい場所である。




「最後はあのコアモンスターを討伐すれば終わりね」




 シキによって、他のモンスターは一掃させた。あとはリスポーンする前に、目の前にいるコアモンスターを倒すだけ。




 俺は右手に持つ《桜波姫》を構え、そのまま突っ込もうと意識したその時だった。




 突然コアモンスターの身体に真っ直ぐ縦筋が走ったと思ったら、綺麗に真っ二つに身体が切断し、光となってその場から消えた。


 ダンジョンが攻略されたのは間違いない。しかし気に食わないのは、それを行ったのが俺じゃないというところだ。




 ……一体誰が……?




 コアモンスターが立っていた後ろには、一人の三十代ほどの男性がいた。


 その手には虎門よりも大きな大剣を持っている。それを片手で持ち上げていることから、相当な力自慢だということは分かる……が、




「あなたは一体どちら様かしら?」




 警戒しつつ尋ねた。 


 何せ佇まいから普通ではなさそうだからだ。




 普通の日本人が着るような服ではなく、どこかゲームのキャラクターが着用するような、銀の軽鎧を纏って物々しい雰囲気である。さらには頭に巻いているターバンからは、目の覚めるような真っ赤な髪が覗き、よく見ると瞳も同色だ。




 ここがコスプレ会場なら、こんな奴がいても不思議じゃないが、明らかに違和感しかない人物である。


 ただ俺の言葉を聞いて、男は若干目を細めた。


 だがすぐに人懐っこそうな笑みを浮かべる。




「お、こいつはえれえベッピンさんじゃねえか。なあおめえさん、――〝エルロンド〟を知ってっか?」




 野太い声音が俺の鼓膜を震わせた。




「エル……ロンド? 何かしら、それは?」


「ありゃ……言葉が通じる? なのにおめえは【エルロンド】の民じゃねえのか?」


「何を言っているのか知らないけれど、あなたがいる場所は地球というところで、エルロンドなんて初めて耳にするわよ」




 コイツ……風貌にさっきの言葉からしてまさか……。




「チキュウ……やっぱここは【エルロンド】じゃあねえ? なら何とかして早く帰らねえと、ちんたらしてたら国がヤベエ。いや……アイツらなら無事かもしれねえけど」




 何やら焦っている様子だ。しかしこちらとしては確かめたいことがある。




「ねえあなた、【フェミルの森】という場所を聞いたことがあるかしら?」


「あん? そいつはあれだろ? 世界樹ユグドラシルの恩恵を受けた森で、エルフたちが住むっていう」




 やっぱコイツ……間違いねえ!




「そう。どうやらあなたは異世界人のようね」


「異世界……? どういうこった?」


「あなたの質問に答える前に、一つだけ聞かせてほしいのだけれど」


「あ? ああ、いいぜ」


「あなたはいつ見知らぬ場所に立っていたの?」


「! ……昨日の夜だ」




 聞けばその時間に、気づけばこの竹林から少し離れたところにある道路の上で横たわっていたのだという。




 当然見知らぬ場所だということで、まずはここがどこかを把握するために人を探し歩き回っていたらしい。 




 そこで数人ほどの人間と出会ったが、全員が自分の姿にギョッとするし、言葉は通じないしで、ほとほと困っていたとのこと。


 そうこうしているうちに腹が減り、食べ物を探しにこの竹林にやってきた。




 なるほどな……状況はほぼほぼヨーフェルたちと一緒だ。




「ここは地球という世界なのよ。【フェミルの森】もエルフも存在しないわ」


「何だって?」


「その【エルロンド】というのが、あなたが住んでいた国なのかしら?」


「住んではいねえが、俺らの世界で一番大きな国だ。【大帝国・エルロンド】って言えば、知らねえ奴はいねえしな」


「残念ながらこの世界に住む人間は誰も知らないわ。まあ、あなたのように突然こちらの世界に来た者たち以外はね」


「……! もしかして俺、〝光隠し〟にあっちまったのか?」




 どうやらヨーフェルと同じ世界の出身者であることはもう間違いないようだ。




「……? けど何でおめえ、俺の世界のことをいろいろ知ってんだ? こっちの世界にゃエルフとかいねえんだろ? なら何で知って……」




 まあ当然疑問が湧くだろうな。




「簡単よ。あなたのような異世界人と接触したからに他ならないわ」


「! 俺みたいな奴らがいるってことか!?」


「ええ、いるわ。しかもエルフがね」


「……なるほどな。だからエルフのことについて知ってたわけだ。くそっ、じゃあここはマジで異世界ってことかよ! どうすりゃいいんだ……ったく!」


「何故それほど焦っているのかしら?」


「焦りもするさ。俺は…………戦争中だったんだからな」


「!? ……戦争ですって?」


「そっか。エルフの連中は他種族とほとんど関わりを断ってっから知らねえのも無理はねえよな。俺は冒険者ってのをやっててよぉ」




 おお、冒険者って本当に異世界にはいるんだな。




「そんである奴と一緒に旅をしてたんだが、【エルロンド】と他国がドンパチをやり始めやがったんだよ」


「ドンパチ……戦ね。理由は?」


「帝国絶対主義の世界だ。そりゃ不満を持つ他国だって出てくる。帝国の連中は好き勝手に支配してっからな。そのせいで潰れた町や村だって数知れねえ。だからみんなで集まって帝国をぶっ倒そうってことになったんだよ」




 なるほど、帝国の圧政に対し、他国や地方に住む者たちが不満を爆発させ反乱を起こしたというわけだ。




「俺の相棒……まあ旅をしてた奴がよ、これまた正義感の強え奴でな。なら自分も帝国を倒すのに力を貸すってことになって、俺も流れで参加したっつうわけだ」




 流れで戦争に参加って……よくやるなそんなこと。




「反乱軍の勢いは物凄く、あと一歩で帝国を裏で牛耳ってた宰相――ヴォダラを殺せるとこまできてた。けどあの野郎、『呪導師じゅどうし』と手を組んでやがったんだ」


「じゅど……何それは?」


「ん? エルフにも聞いてねえのか? 『呪導師』ってのは一千年に一度現れるっていう災厄の化身のことだ。人みてえな姿してっけど、その中身はあらゆる負の感情を圧縮した存在だって言われてる。前に現れた時は、世界は壊滅寸前にまで向かったらしいぜ。けどまさか俺らの時代がちょうど千年周期に当たってるなんて……最悪以外の何物でもねえや」




 どうやら異世界は異世界で、とんでもない事態が起きているようだ。




「ヴォダラはその『呪導師』の力で反乱軍を圧倒した、ということかしら?」




 話の流れからそう読んでみたが……。




「いいや、ヴォダラの奴は帝国を捨てて『呪導師』と一緒に逃亡しやがったんだ」


「え? と、逃亡?」


「ああ。だがまだ戦争は終わってねえ。ヴォダラがいなくなっても、奴に……いや、多分『呪導師』に洗脳された連中が、最後まで反乱軍と戦ってた。そして俺も相棒も……な。けどその最中に――」


「この世界に飛ばされたのね」




 男は力なく項垂れるように「ああ」と頭を垂れた。




「ちくしょう……! 相棒は……反乱軍はどうなったんだ? 勝ったんだろうな」




 さすがにそればかりは俺には分からない。異世界事情に詳しいイズだって、戦争自体は知っているかもしれないが、さすがにその結末までは見ていないはずなので知らないだろう。




〝シキ、この人のことをどう思うかしら?〟


〝言動から見て間違いなく向こう側の世界の住人かと。ただ『呪導師』……ですか〟


〝知っているの?〟


〝イズ殿の方が詳しいでしょうが、ただ『呪導師』に関して伝えられていることがあるのです〟


〝それは何?〟


〝『呪導師』その存在は、必ず世界を変革してしまう……と〟




 変革……か。千年に一度しか現れないくらいの災厄なのだから納得はできる。実際前回現れた時は世界が壊滅寸前にまでおいやられたらしいから。




 つまり現在、異世界では文字通り世界が変わってしまうような何かが起きているということか。




 さて、どうしたものか……。




 特にこの男に関しては危険性はないように見える。嘘を吐いている様子もないし。


 だがヨーフェルとは違い、コイツは人間だ。俺の嫌いな……人間。




 たとえ異世界人であろうと、人間を俺の島――【幸芽島】に連れていく気はしない。




「ああもう! どうやって戻りゃいいんだっての!?」




 イライラを募らせながらターバンを剥ぎ取って、頭をガシガシと手でかきだす。


 だがその瞬間、思わぬものが俺の目に飛び込んできた。




 ――ピョコン、ピョコン。




 髪の間から二つの見慣れないものが顔を覗かせている。


 それは普通の人間では決して持ち得ないものだった。




 そう――獣耳である。








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