第115話 島の名前

「……何をさせてるんだ?」


「実はここにたくさんの花を咲かせたいと思っておりまして」


「ああ、そういや前に花の種が欲しいって言ってたか」




 それで購入して渡したのを覚えている。




「ええ。ですが種を植えたのはいいのですが、あれから一向に芽が出なくて」


「なるほど。それでイオルに相談していたというわけか」




 イオルは植物のプロフェッショナルといってもいい。




「ふむ、ならば大丈夫だろう。イオルは故郷でも菜園や花壇作りに勤しんでいた。きっと満足のいく結果を出してくれるはずだ」




 ヨーフェルのお墨付きなら間違いないだろう。


 そこへイオルが俺たちに気づいて「あ」と口にすると、トコトコとこちらに向かって駆け寄ってきた。




「ヒロさま、おねえちゃんも……どうしたの?」


「ヨーフェルがいきなりいなくなった愛しの弟を心配してだな」


「マ、マスター!?」


「何だよ、別に嘘じゃねえだろ?」


「そ、それは……むぅ」




 別に家族思いなのは良いことだ。まあ少しからかい気味に言ったのは本当だが。




「ごめんね……おねえちゃん」


「い、いや、お前がマスターたちの手伝いを願っていたことは知っているしな、うん、問題ないぞ!」


「そう……なの?」


「うむ。ところでイオルは何をしていたのだ?」


「あ、そうだ。イズさん?」


「ん? 何か分かったのですか?」


「うん。たぶん……つちがわるい」


「土? ……花が育たない土壌だということですの?」




 イズの問いにコクリと首肯するイオル。




「ふつうのはな……ならもんだいないよ? でもイズさんがそだてようとしてるはなたちは、どれもとくしゅみたいだから」


「つまり育てるには相応に適した土壌開発が必要ということですわね」


「うん。だから……これ」




 そう言ってイオルがポケットから取り出して見せたのは一粒の種だった。




「……何ですのこの種は?」




 イズが知らないとは珍しい。


 見たところ向日葵の種よりも一回り大きく、全体的に赤褐色をしている。




「おお、久々にイオルのアレが見られそうだな」




 何やらヨーフェルだけが分かっているようだ。




 当然イズは気になったらしく、「どういうことですの?」と聞いた。




 するとイオルは「みてて」と口にすると、湖の方に対面すると、その種を足元へと落としたのだ。




「でてきて……」




 その言葉に呼応するかのように、種がひとりでに地面に潜り、そこからニョキッと芽のようなものが出たと思った矢先、地面を突き破ってバレーボールほどの大きさのものが現れた。




「にょ~!」




 そんな気の抜けるような鳴き声とともに出現した謎の物体。


 大きな蕾に短い手足が生え、目までしっかりとある明らかに異形な存在である。




「こ、これは一体……!?」




 やはりイズも知らないようで、初めて見るような生物? に驚愕している。




「そうか、イズも知らないか。これはイオルが創り出した《植物生体》――《プラントマン》だ」


「初めて聞きましたわ。……! 確かイオルさんのスキルはユニーク。道理でわたくしの記憶に覚えがないはずですわね」




 普通のスキルに関しての知識は豊富だが、ユニークスキルは情報が元々少ないのだ。故にイズでも知らないことは多い。実際に《ショップ》スキルについては何一つ知らなかった。




「モンスター……じゃないのか?」




 俺は思わず気になったので尋ねてみると、イオルがフルフルと首を左右に振る。だが説明はヨーフェルがしてくれた。




「マスターの疑問はもっともだが、モンスターではない。あくまでもイオルが生み出した動く植物だからな。姿形は違えど、イオルの分身体……とも言えるやもしれん」


「ぷぅ~、可愛いのですぅ!」




 ソルの言う通り、確かにこうして見ると可愛らしい外見をしている。ぬいぐるみ化したら売れそうだ。




 そこへイオルがポケットから、同じような種を取り出して、次々と地面に投げて《プラントマン》を生み出していく。




「「「「にょ~!」」」」




 一気に三十体に及ぶ謎の生物がそこに現れた。そしてそいつらにイオルが言葉を届ける。




「みんな、おねがいね」


「「「「にょ!」」」」




 短い手で敬礼をした《プラントマン》たちが、一斉に湖の周りへと駆けていき、あろうことか頭部から小さな鍬を取り出すと、




「「「「にょっ、にょっ、にょっ、にょっ!」」」」




 そんな掛け声とともに、一斉に畑を耕す感じで鍬を振るい始めた。




「あ、愛らしいですわぁ……」




 イズは《プラントマン》の可愛さに胸打たれたようで、うっとりとした感じで魅入ってしまっている。




「ヨーフェル、アイツらは何をしてるんだ?」


「ああやって土壌開発を行っているのだ。《プラントマン》は、自在に土壌を変質させることができるらしくてな。きっとここで咲かせる花に最も適した土壌にしてくれるはずだ」




 なるほど。それはとてつもなく便利な能力だ。


 聞けばすでに死んでしまった土地ですら蘇らせることが可能らしい。 




 さすがはユニークスキル。やはりとんでもない能力が秘められている。




「じゃあ植物環境に関してはイオルが担当者でいいな」


「! ヒロさま……いいの?」


「ああ。お前ならこの島をもっと緑豊かにしてくれそうだしな。任せてもいいか?」


「うん! ぼく、がんばる!」




 ふんす、と鼻息を出して応じるイオル。自分に役目を与えられたことが嬉しいようだ。


 ヨーフェルも俺に弟が認められたことが嬉しいのか頬が緩んでいる。




「よし! イオルに負けないように私も精進せねばな! シキ殿、もう一度模擬戦を頼む!」


「うむ、では夜までみっちり相手をしようぞ」


「ソルだって負けないのですよぉ!」




 俺がそんな彼女たちの様子を見ていると……。




「主様、何か嬉しそうですが?」


「ん? そうか?」


「はい。笑ってられましたので」




 笑ってたのか……。イズに言われるまで気づかなかった。




「主様、わたくしたちは常に主様のお傍におります。決して主様に背を向けることはございませんわ」


「イズ……」


「ここには……主様の求める幸せがきっとあります。ですから……幸せになってくださいまし」




 しばらく沈黙してしまったが、俺はイズに軽くデコピンをしてやった。




「あぅ! ……あ、主様、一体何を……?」


「はは、生意気なんだよ」




 俺が笑みを浮かべながら言うと、イズは額を押さえながらもどこか嬉しそうな顔を見せた。


 幸せが何かなんて今はまだ分からない。けれどコイツらと一緒にいて楽しいとは思っている。




 当初は言うことを聞かせるだけの部下として購入したつもりだったが、今では家族さながらの存在になっているのだ。




 ……幸せか。




 本当にそんなものがココにあるのなら、今度こそは失いたくはない。守り続けたい。誰にも奪わせやしない。




「……あ、そうだ。この島に名前をつけてなかったよなぁ」


「そういえばそうでしたわね。いつまでも無人島では味気ありませんし」


「そうだなぁ……」




 俺は居場所となるココに名前をつけることにした。




「……決めた。この島の名前は――――【幸芽島こうがとう】だ」




 幸せが芽吹く島。それがこの島の名前に相応しいと今思った。








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