第113話 主と従者たち

「無論人間から食料など分けてはもらえませんわ。戦で負った傷だって手当などされませんし、もし何か失敗でもしようものなら、その時点で処理されるのも珍しいことではありませんから」




 ですから……と、イズは続ける。




「本当に主様は珍しいお方なのです。我々のようなもの相手でも、名を与え、人間に対するように等しく扱ってくださっています。これがどれだけ《使い魔》に希望を与えているか、お分かりでしょうか?」




 ……なるほど。そういえばイズは、俺に対してのソルの態度に常に気を張っていた。彼女にとって《使い魔》とは、寄り添う存在ではなく、ただ主のために動くだけの人形だという知識しかなかったのだろう。


ソルに主の肩に乗る、触れるなんてとんでもないって、そういえば言ってたしな。




 しかしソルやシキに対する俺の態度を見て、俺が多数派のような主ではないことを知った。




「だから……その、わたくしも……多少の……ワガママを言ってもいいのではないかと思い……」




 イズもまた、俺に対する態度が軟化したというわけだ。




「別にワガママくらいいいさ。そのくらいのことをお前らは俺のためにしてくれてるしな」




 というより俺にとってはペットみたいな感覚だし、多少のワガママなんて可愛いものとしか思っていない。むしろもっと自分のやってみたいことを口にすればいいのにとさえ思う。




 ソルはともかく、シキやイズは遠慮しがちだから。今でこそ大分柔軟になってきてはいるが。




「主様……! やはりイズは主様に選ばれて心から嬉しゅうございますわ」


「大げさだって。俺はただスキルでお前らを購入しただけだぞ? よく考えれば、これだってスキルで無理矢理お前らの気持ちを縛ってるってことになると思うし」




 何故なら最初から忠誠心マックスとして現れるのだ。何らかの外的要因が働いて、彼女たちの意思を完全に無視していると思っている。


 それでも役に立つし、裏切りが怖い俺にとっては最良の仲間だからと購入することにしたのだ。




「確かに、主様のスキルによりあなた様への忠誠心が植え付けられた形で召喚されたのも事実ですわ」




 ……やっぱりか。




「ですが忠誠心だけでは、きっと……そのような顔はできないでしょう」




 イズが示したのは、俺の膝の上で眠るソルだ。




「とても安らかで、とても幸せそうですわ。そしてそれはわたくしやシキ殿だって同じ」


「うむ。それがしも殿の守り役を任されたことに誇りを持っております。この気持ちは、システムではなく、魂の底から溢れ出た感情ですな」


「シキ……そっか」




 つまりコイツらは、俺という人間を見て、俺だからこそ慕ってくれているというわけだ。


 何故だろうか。それがとても心を温かくさせてくれる。




「やはりマスターは特別だ。これほど《使い魔》と心を通わせることができる主を持てて、私も鼻が高いぞ」




 しかしそこへヨーフェルが続けて真面目な顔をして言葉を紡ぐ。




「だから少々気になることもある。これほどまでに優しいマスターが、何故同じ人間という種に距離を置いているのか」


「! ……」




 それはきっと十時たちに対する俺の態度を見て疑問を持ったのだろう。それにこの島には人間が誰一人いない。


 まるで人間社会を切り捨てているかのような暮らしぶりを見て不思議に思わない者はいないだろう。




「……そうだな、ヨーフェルには話しておくか。それに……詳しいことはシキやイズも知らなかったしな」




 ちょうど良いきっかけになったと思い、俺は少し前……自分が置かれていた環境について説明した。




 厳しくも温かい両親に育てられ、母を失い、父を失い、それでも周りには大勢の人がいる中学時代を過ごしていた。


 そして高校に上がってからも、一年目は普通に楽しい学生生活を送る。




 だがそれも王坂藍人という人間と接触してからすべてがガラリと変わった。


 理事長の孫であり、誰も逆らえない権力を振りかざす王坂に対し、学校で俺だけが歯向かう者となる。




 それからは学校中が敵になり、友人だった者も、クラスメイトも、教師も、全員が俺に背を向けた。誰も……手を差し伸べようとしなかった。


 だから俺は人間に期待するのを止めた。期待するだけ、裏切られた時が辛いから。苦しいから。悲しいから。




「俺は……信頼って言葉を信用できなくなった。だから……って、お前ら、何泣いてんだよ」




 見ればイズとヨーフェルが、顔を隠しながら嗚咽していた。




 そしてシキはというと……。




「くっ! それがしは悔しい! 何故そのような者たちに、我が殿が蔑まれぬといけない! 殿が一体何をしたというのだっ!」




 血が出るほど拳を固く震わせていた。




「そうっ……ですわ! どうして主様がそのような……酷い扱いを……っ!」


「ああ、許せん! 何故誰もマスターに手を差し伸べなかったのだ! 学校というのは集団としてのあるべき姿を学ぶための場所ではないのか! それなのに……っ!」




 俺はシキたちの俺を想う姿を見て苦笑を浮かべる。




「……人間ってのは弱い生き物だからな。自分を守るために他を切り捨てるのは仕方ねえよ」


「ですが! ですが殿! 殿は……ご友人にも裏切られたのでしょう! 友情とは、絆とは、決してそんなもので切れてよいものではありませぬっ!」


「そうですわ主様! 一度結ばれた絆は未来永劫繋げ続けていくものです! 悪に背を向け、悪に断ち切られるようでは、そのようなものは絆とは呼べませんわ!」


「イズの言う通りだ! エルフとは縁を何よりも大切にする種だ! マスターを傷つけた者たちは、縁をバカにしているとしか思えない!」




 縁……か。




「……まあ、中には怯えながらも縁を必死に保とうとした奴もいたがな」


「!? そのような輩がいたのですか、殿?」


「シキ、お前やヨーフェルは直に見てるよ。ついさっきまでな」


「「……!」」




 二人がほぼ同時にその人物の顔を思い浮かべたのだろう。まさかという表情をしている。




「そう、十時だよ。アイツとはクラスメイトだったんだ」


「何と……!」


「まさかあの者が……マスターの……?」




 十時のことを知らないイズにも、俺が分かりやすくどんな奴だったのかを説明してやった。


 しかしイズの不機嫌さは消えることはない。




「確かにその者は多少マシかもしれませんが、あくまでも多少というところですわ。わたくしがお傍にいたなら、その王坂に何をされたところで主様から離れないというのに……」




 それはお前が《使い魔》というシステムに縛られているから、だと思うけどな。




「……マスターの言う通り、人間というのは心の弱い生き物なのだな。イオルを見て、排除せずに守ってくれた者でさえ、強き者には屈してしまっていたのか」




 十時にはイオルを救ってくれた恩があるから複雑な気持ちなのだろう。




「今となっちゃどうでもいい話だ。俺にはもうお前らがいてくれるしな。それに……人間に思い入れが無い方が良い。単純に損得勘定で見ることができるからだ。その方が商売もし易いしな」




 商売に感情は禁物だ。時に冷酷に判断し利益のために行動するのが、儲けるための常套手段だと俺は思う。




 無論情がすべて無意味だとは言わない。その情すらも利用することが大切だということだ。




「ま、そんなわけで今の俺がいる。今後も人間に期待することはないだろう。奴らはただの商売相手だからな」


「……了解した。私はマスターの弓だ。あなたの利のために全力を尽くす」


「それがしは元々殿の思うがままに行動してくださればよいと思っております故」


「わたくしもですわ。ただ御心のままに――」




 三人が礼を尽くす。




「ああ、これからもよろしくな」




 少し恥ずかしい話にもなったが、シキたちの想いを聞くこともでき、さらに親密度が高まった気がした。






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