第112話 使い魔の事情

「――――っ!?」




 俺がこれまで食べていたのは…………豆腐じゃなかったのか?




 一瞬、そんなことを思ってしまうほどに、豆腐の存在感を口いっぱい、いや、全身に伝えてくる。


 これほどまでに濃厚な味と風味を持ち合わせた豆腐があっただろうか。




 しかもポン酢との相性が抜群で、いくらでも食べられる――食べたくなる。


 さらに野菜といっしょに食べると、また味が変わって美味い。特にネギや白菜とのコラボレーションは見事だ。滑らかさと歯応えが絶妙にマッチし、相乗効果で旨みを何倍にも膨らませている。




 見ればシキやイズも顔を綻ばせて夢中になっている。まあ隣ではソルはマッシュポテトに一心不乱ではあるが。本当にコイツはブレないなぁ。




「……どうだ、美味いかイオル?」


「! ……はい、ありがと……ございます、ヒロさま」


「別に敬語なんていいから。子供は遠慮せずに大いに楽しめ」


「……うん!」




 それでもヒロさま呼びはデフォルトのようで、そこだけは譲ってはくれなかった。


 あれほど作った鍋の材料も瞬く間に消化していき、残りは出汁だけとなった。




「ふぅ……まさかマスターがこれほどまでの料理の達人だったとは。私の見る目は確かだったというわけだな」




 いや、料理で見込まれてもなぁ。まあ嬉しいことは嬉しいが。




「もう満足か? けどヨーフェル、これからが後半戦だぞ?」


「む? もう出汁しか残ってないが?」


「その出汁が最大の目玉なんだよ」




 俺はシキと一緒に作ったうどんをキッチンから持ってくる。


 薬味なども一緒に放り込み、グツグツと煮込み始めた。




 それを見ていたヨーフェルとイオルは、すでに満腹そうだったのに、すぐに鍋を凝視して喉を鳴らす。


 当然だろう。この出汁が醸し出す香りと、柚子胡椒の柑橘系の香りが、再び食欲を刺激するのだから。




「よーし、最後にこの卵を溶いたものを入れて……出来上がり!」


「「「「おお~!」」」」




 全員が仕上がった最後の料理を見て声を上げる。ソルもジャガイモ麺で作ったうどんは楽しみだったようで、同じように感動していた。




 そして皆で自分の皿にうどんをとりわけ、一斉に口に運ぶ。




 俺を含めた全員が、一口食べると、すぐに次へ次へ、うどんを胃袋の中に詰め込んでいく。


 喋るのも勿体無いほどの美味さだ。




 これは締めというよりは、最早メイン料理である。そこそこ腹が満たされていたにもかかわらず、どんどん胃の中へと注ぎ込まれていく。




 モチモチとしたうどんの食感もそうだが、何よりもこの出汁だ。濃厚なスープでも飲んでいるかのような暴力的な旨みを持っている。


 恐らくこれは《仙人昆布》だけでは生まれなかった。野菜や豆腐からも出た旨みのお蔭で、ここまでの味に化けたのだろう。




 そして濃厚さだけでは重くなりがちだが、柚子胡椒の生み出すサッパリ感が見事に中和させて良い具合に味を調えている。




「これは素晴らしい! うむ、これは素晴らしい! うむうむ、これは素晴らしいぞ!」




 麺にはうるさいシキも大満足の一品に仕上がっているようだ。




 ソルもチュルチュルと器用に一本ずつすすって、それをおかずにマッシュポテトを食べるという訳の分からない食べ方をしているが、まあ本人が喜んでいるので良しとしよう。


 他の連中も俺と同じように、言葉を発さずともその表情だけで満足しているのは明らか。




 ……作って良かったな。




 こうして締めのうどんもまた、短期間で完食に至ったのであった。


 食べ終わったあとは、皆が恍惚そうにぐったりとしている。




「マスター……あなたは神だったのだな」




 いえ、違いますけど……。さすがに言い過ぎだからね。




「ヒロさま……かみさま」




 こらこら、弟にも伝染してるじゃねえか。


 ただまあツッコむのも面倒なので、俺は皆と一緒に料理の余韻を楽しんでいた。




 そしてしばらくして洗い物に立とうとしたが、さすがにそれくらいはさせてほしいと、ヨーフェルとイオルが席を立つ。


 じゃあ任せるということで、二人仲良く洗い場へと向かい食器などを洗浄し始める。




 それが終わると席へ戻ってきて、エルフ特製という《ロス茶》というものを淹れてくれた。


 飲んでみると、これは……風味はジャスミン茶っぽい。食後にはちょうど良い。




 全員でまったりしながら茶を飲んでいると、イオルがウトウトし始めた。


 俺がヨーフェルとイオル用の部屋を案内し、そこでイオルを寝かせる。




 そのままリビングへと戻ってきて、ヨーフェルと話をすることにした。




「明日からのことだが、ヨーフェルには主にダンジョン攻略をしてもらうことにする」


「うむ、任されよう」




 彼女ならばコアを破壊できるから、ソルと組んで攻略に向かってもらえば、俺とシキで、また別のダンジョン攻略ができる。作業効率が一気に二倍になるのだ。




「それとヨーフェルにはこれを渡しておく」




 俺は《翻訳ピアス》を彼女に渡す。これで他の人間たちとも対話をすることが可能になった。起きたらイオルにも渡しておくつもりだ。




「そういえばマスターは、何か成し遂げたい目的などはあるのか?」


「目的? そうだなぁ……悠々自適な暮らし?」


「すでに現在している気がするのだが……」


「まあ、な。けどまだまだこの島を発展させてえし、もしかしたら何者かに襲撃を受けるかもしれねえだろ?」


「それは……そうだな」


「そのためにもまずは潤沢な資金力を得る」


「そういえばマスターのスキルは金がありきのものであったな」


「ああ。だから他の人間たちに向けて商売をしてるんだよ。金を稼ぐためにな。金さえあれば、どんなものだって購入することができる。この島も……コイツらだって守ることができる」




 俺の膝の上でスヤスヤと眠っているソルの身体を撫でる。それを妬ましそうに見ているイズがいるが、さすがに起こそうとまではしないようだ。




「マスターにとっては《使い魔》は大切な家族なのだな。……珍しい人だ」


「? どういうことだ?」


「我らの世界での《使い魔》の扱いは、決して恵まれているとは言えないだろうな」


「そうなのか?」


「そうですわよ、主様」


「イズ……」


「元々私たちの世界では、モンスターという存在は忌むべきものという考えが強いのです。つまり《使い魔》である私たちもそう」


「だけどイズみたいに重宝されたりもするんだろ?」


「ワイズクロウなどの貴重な存在に関しては別だな。凶暴ではないし、手元におくメリットが高いという点もある」




 ヨーフェルの説明で、確かにイズはその知識量からいって、求められるのも分かる。




「しかし基本的に《使い魔》という存在は、戦に対しての消耗品と考えてもらっても構いませんですわ」




 続けてイズの説明が入り、異世界での《使い魔》事情が明らかになる。


 モンスターは忌むべき存在。つまりは人間とは相容れぬものだということ。




 しかしその戦力において利用できないかと考えられ、《使い魔》のシステムが生まれた。




 モンスターを捕縛し、スキルやアーティファクトによって隷属化させる。その上で無理矢理戦争に投入し、敵国の人間やモンスターなどの相手をさせているのだ。


 中にはモンスターの実態を調査するということで、《使い魔》を実験台にするケースも多い。




「異世界に住む人々にとって、我々はただの使い捨ての駒でしかないのですわ。主様のような厚い待遇をされるのは本当に極僅かなのです」


「そうなのか……」




 知らなかった。まさかそこまで異世界の《使い魔》事情が劣悪だったとは……。










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