第111話 ファンタジー食材祭り

 俺は購入した食材をテーブルの上に並べていた。


 今日は前回みたいな大宴会というわけじゃないので量は少ないが、せっかくの新しい仲間ということもあって、それなりに振る舞うつもりだ。




「まずはコイツの下拵え、だな」




 俺が最初に手に取ったのは今日のメイン食材だった。


 しかしそいつは全体が金粉を纏っているかのように黄金色に染まっていて、神々しささえ感じる輝きを放っている。




「ご主人、その塊は何です? 見たことないのですよぉ」


「コイツは――《黄金豆腐》。名前の通り豆腐の一種だが、豆腐の中でも極めて稀少なものらしい」


「金ぴかなのですぅ。何でこんな色を?」


「四年に一度しか実らないってされてる《黄金大豆》から作ったからだろうなぁ」




 その大豆もまた全体が黄金に輝いているのだ。




「ほう……殿、それほど稀少ならば高値がつくのではありませぬか?」




 シキも気になったのか聞いてきたので正直に答えてやる。




「この豆腐一丁で何と――三万円だ」


「何と!? ……ずいぶん奮発しましたなぁ」


「俺も一度食ってみたかったしな。ちょうど良いタイミングだった」




 せっかく異世界の食材が食べられるのだから、金に余裕があるならいろいろ購入して食べてみたい。




「豆腐……ということは本日作られるのは……」


「ああ、野菜たっぷりの湯豆腐にしようと思ってる」




 イズからの情報だと、エルフというのはあまり肉は好まないらしい。山菜や果実などの優しい味を口にして生きているようだ。




 だからこその豆腐というわけである。それに鍋にすれば、自ずとそれをつつく者たちの親密度も上がるだろう。




「ご主人……マッシュポテト……は?」


「安心しろって、ソル。ちゃんと作ってやるから」




 鍋にマッシュポテトは絶対合わないと思うが、どうせソルしか食べないだろうから良しとする。




 俺は異世界において南国にしか存在しないという豆腐との相性がバッチリらしい《仙人昆布》で出汁を取る。何でもこの昆布は仙人と呼ばれた者が作ったものだと言われていて、喉越しの良いとても良い出汁ができるのだ。




「あとは野菜を手頃な大きさにカットするだけだな」




 野菜ももちろんファンタジー食材祭りである。




 《百年白菜》に《桜ネギ》、《クローバー人参》に《銀星シイタケ》。それらを鍋料理に相応しい形に切って皿に盛りつけていく。


 そして俺特製のポン酢を作って、下準備は完成した。




「けどこれだけじゃちょっと物足りないかもなぁ。よし、あれも作るか」


「あれって何なのです?」


「鍋って言えば最後は締めが必要だろ? せっかく良い出汁ができるんだし、最後はうどんでもぶち込もうって思ってな」


「おお、良いですなぁ。麺はやはり最強ですからな」




 実はシキ、麺類が好物なのである。




 前にカップラーメンを食べさせてやると感動し、それからはありとあらゆるカップラーメンを制覇したいと俺に申し出してきた。


 ソルもそうだが、俺の《使い魔》たちは何て安上がりなのだろうかと思ったほどだ。




「特に修練のあとのスーラータン麺は絶品ですな。あの酸っぱさはとても癖になります。ソル殿、お主もそうは思わぬか?」


「えぇー、ソルは麺よりポテトの方が好きなのですよぉ」


「ふむ、しかしポテトといえばジャガイモだが、ジャガイモで作った麺というのもあるのだぞ?」


「!? それはホントなのですかぁ!」




 確かにある。ジャガイモのデンプンを麺に練り込んだものとか、ジャガイモ粉末だけで作った麺とかな。


 俺も食べたことはある。意外にモチモチとした食感があって美味しいのだ。




「それは是非とも食べてみたいのですぅ!」


「そういうなら最後の締めはジャガイモ麺にでもするか?」


「わぁ! ご主人、それは嬉し過ぎなのですよぉ! ぷぅぅぅ~!」




 どれだけ嬉しいのか、部屋中を物凄い速度で飛び回り始めた。頼むから備品を壊すようなことはしないでくれよ。




「うむ、では殿、それがしも麺づくりには造詣があるのでお手伝いしましょうぞ」


「ああ。じゃあ麺はシキに頼むかな。俺は薬味を作っておくから」


「ソルもお手伝いするのですぅ!」




 そうして三人仲良く夕食作りに励んだのであった。














 イズの無人島案内が終わって、ヨーフェルたちが家へと戻ってきた。


 ちょうど夕食時だったことからも、恐らくはイズが気を利かせて、このタイミングで戻らせたのだろう。




 テーブルの上に置かれた料理を見て、俺が作ったことを知ると、マスターの手を煩わせてしまい申し訳ないと頭を下げてきたので、そこは気にするなと言っておいた。




 料理はただの趣味なので、これからも俺が作るというと、その時は自分も是非手伝わせてほしいと言うので、そこは妥協点として受け入れたのである。


 俺、ソル、シキ、イズ、ヨーフェル、イオルと、大分家で過ごす家族が増えたので賑やかになっている。




 まさかこの場にエルフが加わるとは思ってもいなかったが、初めての人型の部下ということもあって若干不思議な気がする。


 この食卓に、もう二度と自分以外の人間が座るなんて考えもしていなかったからだ。




 まあ、人間じゃないので、その考えはまだ継続されているような気もするが。




「じゃあ最初はヨーフェルとイオルから食べてみてくれ。あ、マスターよりも先に口にするわけにはいかないとかそういうのはいいからな」




 とまあ先に言いそうなことを潰してやると、「むっ」と少し困り顔を見せるヨーフェル。




「う、うむ。では頂こうか、イオル」


「う、うん。いただきます」




 ヨーフェルがイオルの分を鍋からよそってやり、次に自分の分をよそう。


 そして俺たちが見守る中、二人は俺特製のポン酢につけて、まずは野菜を口にした。




「「あむ…………っ!?」」




 直後、二人の表情が同時に驚きに満ちた。




「う、美味い!」




 ヨーフェルのあとに続くように、イオルも興奮気味にコクコクと頷いている。




「しかもこの独特な歯応えは《百年白菜》ではないか!?」




 《百年白菜》は、その名の通り百年間実り続ける白菜で、心地の良い歯応えはたとえ鍋にしても失われることがない。栄養も豊富で白菜の優しい風味は熟成されたようなソレで、癖になる味なのだ。




「それにこれは《桜ネギ》! 色鮮やかな桜色をしていて、東洋の島国にしか咲かないとされる桜の木の根にしか育たないネギだ! それに《クローバー人参》に《銀星シイタケ》まで……どれも稀少なものばかり。大盤振る舞いだなこれは……!」




 どうやらヨーフェルは食材に明るいらしい。さすがは日頃から山菜取りをしているだけある。


 ちなみに《クローバー人参》とは、その名の通り輪切りにすればクローバーの形になる人参で、糖度が普通の人参の数倍あるとされている。




 そして《銀星シイタケ》は、傘の部分が銀色に輝いていて、夜には発光することから、まるで銀色に輝く星だとその名がつけられた。


 ヨーフェルの言うように、どれも簡単には手に入らないとされる食材だ。当然美味い。




「どうだ? 結構美味いもんだろ?」


「結構なんてものではないぞマスター! 私はこれほどまでに贅沢な鍋を食べるのは初めてだ。それに……野菜の下に隠されたものを今見たが……衝撃を隠せない」




 おお、わざと野菜を多くして隠していたが、見つけられたか。




「この黄金色に輝く四角い物体……まさかとは思うが……?」


「ああ、《黄金豆腐》だ」


「何と!? やはりそうなのか! イオル、聞いたか? これが長老でさえも長い人生の中で一度しか口にしたことがないと言っていた《黄金豆腐》らしいぞ!」


「! ……たべたい」




 俺はそう言うと思い、豆腐をよそってやってイオルに渡してやった。




「熱いから気をつけろよ」




 ポン酢で冷ますことはできるが、豆腐はなかなか冷えてはくれないからな。




「ふーふー……あむ。はふ、はふ、はふ……んぐ。……ん~!」




 イオルがこれまで見せたことがないような幸せそうな表情を見せる。それを見たヨーフェルもゴクリと喉を鳴らし、《黄金豆腐》へと手を伸ばし口にした。




「~~~~~っ!?」




 ヨーフェルもまた頬を紅潮させながら感動に打ち震えたような顔をする。




「こ、これが《黄金豆腐》か! 何と滑らかで濃厚な大豆の味を蓄えた食材か!?」




 そう言われれば俺も食べてみたくなる。シキやイズも待ち切れない様子なので、俺が先に鍋をつつくと、彼らも同時に手を伸ばしてきた。




「あむ……んんぅぅ~!」




 ヨーフェルやイオルが得も言われぬ表情をするのが分かる。


 どの野菜も今まで食べた鍋の中で一番光っている。マジで美味い。




 そして気になるのはやはり《黄金豆腐》だ。


 胸を躍らせながら、ポン酢につけて熱いうちに口に放り込む。

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