第110話 マスターと従者
《テレポートクリスタル》を連続的に使用し過ぎていたので、節約のために、そのまま《ジェットブック》で無人島へと戻った俺たち。
そこで働いているモンスターたちを見て、イオルが驚いていたが、ヨーフェルからの説明で、ここにいるモンスターたちは危険ではないことを知りホッとしていた。
そしてヨーフェルたちの今後について話し合うために、家の中に入ろうとした俺を、ヨーフェルが止めたので、「どうした?」と尋ねる。
するとヨーフェルがいきなり俺の前で跪いてみせたのだ。
「――ボーチ、この度は本当に感謝してもし切れない」
「そんなことはいいから立て。対価ならこれからの労働力という契約がもうされてる」
「それもそうだが、話を聞いてもらいたい」
どうやら体勢を崩すつもりはないようだ。
「……はぁ。分かった。何だ?」
仕方なくこの状態で彼女の話を聞くことになった。他の者たちも、その光景を黙って見ている。
「我らエルフという種族は永き時を生きる種である」
それは聞いた。実際にエルフの長老と呼ばれる存在は、軽く一千年を生きているという。
「その長い人生の中、エルフの生き方は二つに別れるのだ」
「……ほう?」
「一つは天寿を全うするまで森に永住し、子を生み育てていく生き方」
別におかしいことではない。人間だって普通はそういう生き方だしな。
「そしてもう一つは、己のすべてを捧げられる主を見つけ、ともに生き、そして死ぬ。そういう生き方だ」
「……主?」
「そうだ。広い世界を旅し、己に見合う主を探し求める。そして仕えた主を未来永劫支え続けるのだ」
「……! お前まさか……」
話の流れで何となく分かったが……。
「ボーチ……いや、ボーチ・ヒロ様、どうか我がマスターになって頂けないか」
ほら、やっぱりそういう話だった。
「……つまり俺に仕えたいってわけか?」
「ああ。あなた様こそが、我がマスターに相応しいと感じた。どうだろうか?」
「とはいってもな。何で俺なんだ? 俺は偉人でもないし、何かを成したわけでもない。それにお前にとっては異世界人だぞ?」
「もちろん存じている。無論あなた様には弟を救って頂いた恩があるが、それだけで決めたわけではない。モンスターたちを使役するほどの力を持ち、自身もまた心根の強いお方であることを承知している。その何物にも屈しない王のごとき気質に惚れたのだ」
「王って……俺はただ納得できないことには従わないってだけだ」
それが親父から譲り受けた信念でもあるし、自分の美学でもある。
「それにもう一つ。私が住む村の長老から、私は幼い頃に予言を与えてもらっていたのだ」
「予言?」
内容を聞くと、彼女はすらすらとその言葉を口にした。
『遥か遠き彼の地により、お主は生涯をともにする者と邂逅を果たすであろう。その者は怪異を従う、強き心を持つ孤島の王。お主はその者に救われ、永遠を誓うことになる』
確かに今の状況に当てはまるし、まんま俺のことを言っているような気もしないが、少し都合が良過ぎる展開じゃないだろうか……?
「故にこの場に連れて来られた時に、私はその予言を思い出し、不躾ながらもあなた様を観察させて頂いたのだ。そして間違いなくあなた様こそ、我が生涯の主だと断定した」
「……気のせいかもしれないぞ?」
「ならばここで斬って捨ててほしい」
「きっ!? は、はあ!? お前、いきなり何言ってやがる!?」
「エルフは生涯ただ一人に仕える種族でもある。そしてもし、主に仕えられないのであれば、その人生をそこで途絶えさせ、来世に臨むことが旅に出たエルフの義務なのだ」
おい誰だよ、そんな物騒な義務を作ったのは!
「あ、あのな、お前は別に旅をしてたわけじゃねえだろ? 突然〝光隠し〟にあって、仕方なくこの地に飛ばされただけだ」
「それもまた時空の旅ともいえる。本来出会うことのなかったはずの私とあなた様。しかし運命の輪は回り、こうして邂逅を果たすことができたのだ。予言は正しかった。私はこの機会を逃したくはない」
……正直、忠誠を使ってくれるのであれば問題はない。エルフというのも興味深い存在だし、短い付き合いながらも、コイツが誓いを遵守する奴なのは分かっている。
言うなれば『使い魔』がもう一人増えるのと同じだ。だから別に構わないのだが……。
…………何かちょっと重い。
確かにソルたちも十分過ぎるほどの忠誠を誓ってくれている。しかしこれはあくまでも『使い魔』としてのシステムがそうさせているはずだ。
対してヨーフェルは違う。自分で考え、自分で選択ができた中で俺を選んだ。
しかもこの目……。
一ミリも揺らぎのない真っ直ぐな瞳。まるで俺のことしか見ていないような、ちょっと危うささえ感じる。
一途と言えば聞こえは良いが、少し間違ったらストーカー行為に走ってしまう気がして若干身震いをしてしまう。
まあそれだけ忠誠心が強いってことなのだろうが、こんな人間……ではなく、人型生物と接するのは初めてなので戸惑う。
ただ……コイツなら俺を裏切るようなことはないのかもしれない。そう思わせてはくれる。
「…………分かった」
「!? 真か、マスターよ! 本当にこれから私のマスターになってくれるのだな! マスターよっ!」
「いや、すでにマスターって呼んでるからね……」
ちょっと興奮し過ぎじゃないだろうか。
「当然興奮もするというものだ! 主を求めるエルフにとっては人生を決める大事な分岐点なのだ! それに旅に出たからといって、確実に自身の求める主と出会えるとは限らない! 志半ばで散るエルフだって大勢いるのだ! その中で私はこうして劇的な運命を迎えている! これが喜ばずにいられるだろうか!」
「あ、ああ、分かった分かった! ちょっと圧が強過ぎだっつうの!」
それにしても予言なんて不確かなものを信じるなんて……。
そういえばヨーフェルが初めてこの島に来た時も、それらしいことを言っていたような気がする。
あの時から俺との出会いが予言に繋がっていることに気づいていたのかもしれない。それで確証を得るために、俺をずっと観察していたようだ。
「では改めて名乗りを上げさせてほしい」
ヨーフェルが跪いたままで、自分の弓を両手で持って俺に捧げてくる。
俺は何となくその弓を手に取ると、ヨーフェルが掌を差し出してほしいと言ってきたので言う通りにしてやった。
するとヨーフェルは自身の親指を噛み血を流す。その指を俺の掌へと擦りつけた。
思わず手を引っ込めそうになったが、そういう儀式なんだろうと思い我慢する。
「我が名はヨーフェル・サンブラウン。マスターの弓。この命尽きるまで、あなた様に付き従うことを誓う」
直後、俺の掌に塗られた血が発光し、まるで沁み込むように消えていく。
「これで血の盟約は完了した。これから弟ともどもよろしく頼む、マスター」
「……別に楽にしていい。肩肘張ってても窮屈なだけだしな」
「それは命令か?」
「……命令だ」
どうせこの流れではそう言った方が話がスムーズに進むだろうと予見してのことだ。
「承知した。しかし態度はともかく言葉遣いくらいはやはり変えた方が良いだろうか?」
「それも好きにしてくれ。他の《使い魔》たちだって自由に接してきてるしな」
「おっと、そうだったな。我らが諸先輩方には改めて挨拶をせねば。ソル殿、シキ殿、イズ殿、此度マスターの従者となったヨーフェルだ。今後ともよろしく頼む」
「お~! お仲間さんが増えたのですぅ!」
「うむ、互いに殿を守るために精進致そうぞ」
「ふふ、《使い魔》ではないけれど、エルフの従者はきっと主様のお役に立つはずですわ。歓迎致しますわよ」
どうやら三人とも、ヨーフェルを受け入れることに不満はないようだ。
「あ、でもでもぉ、イオルくんはどうするのですぅ? イオルくんもご主人をご主人にするですかぁ?」
ソルが俺も気になっていたことをヨーフェルに聞いた。
「いや、この子にはまだ早い。まだ五歳でもあるしな。エルフが主探しの旅に出るのを許されるのは十歳になってからなのだ。だからマスターに忠誠を誓うのは無理なのだが……この子をここに置いてもらってもいいのだろうか?」
「別に構わんぞ」
「おお! さすがはマスター! 心が広い!」
いや、ただ無邪気な子供は歓迎だということだ。それにヨーフェルの弟なのだから、さすがに無下にはできない。
しかし嬉しい誤算になったものだ。ヨーフェルの労働力だけを期待しての依頼だったが、まさか彼女の忠誠そのものを得ることができるとは喜ばしいことである。
今回、モンスターと戦うヨーフェルの実力も分かった。シキほどではないが、Bランクのモンスター相手なら単独でも戦えるほどの実力を有しているだろう。
いや、彼女のスキルである《幻術》を駆使すれば、それ以上のランクを持つモンスター相手でも立ち回ることができるはずだ。
これでダンジョン攻略などもスムーズに行うことができるようになる。
「イズ、ヨーフェルとイオルにはこの島の案内をしてやってくれ」
「畏まりましたわ。ではどうぞお二人とも、ご案内致しますわよ」
二人はイズと一緒に離れていった。
「ご主人、これからどうするですか? 商売に戻るです?」
「いや、この島に新しい仲間が増えたことだしな。今日は歓迎会でも開こう」
「わぁ! じゃあ今日もご主人がたっくさんお料理作ってくれるですかぁ!」
「はは、そうだな。その予定だよ」
「やったーなのですぅ! ご主人ご主人! ソルはマッシュポテトが食べたいのですぅ!」
お前、本当にそればっかだな……。
まあ喜んでくれるなら別にいいが。安上がりでもあるしな。
俺はヨーフェルたちの歓迎会を祝して料理を作るために家の中へと入っていった。
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