第109話 《リンク》スキル
「ぼ、坊地くん……どうしよう?」
不安そうに俺に助けを求めてくる十時。
「どうしようたって、別に結構なことじゃねえか。妹に力があったってことなんだし」
「で、でも……どんな力なんだろう」
それは俺も気になった。しかしこればかりは本人から直接聞かなければ分からない。
……いや、《鑑定鏡》を使えばあるいは……。
そう思い、俺は常々からポケットに入れている《鑑定鏡》を取り出した。
「坊地くん、それは?」
「これはある商人から大金で買い取ったものだ」
「商人?」
「そいつは不思議な道具を売ってる奴でな。金次第で便利なものを手にすることができる。これは《鑑定鏡》といって、こいつを通して見ればモンスターの名前やランクなどの強さが分かるんだよ。もちろんモンスターだけじゃなくて人間にも有効だ」
「そ、そんなものが地球にあるのかしら?」
まあ当然の疑問だわな。
「その商人はスキル持ちなんでしょうね。こういう不思議な道具を作ったりできるような」
「! なるほど、そういう考え方もあるのね」
「そっか。じゃああの空飛ぶ本もそうなんだね!」
これで納得してくれたかな?
俺は静かになったところで、《鑑定鏡》を通してまひなを見た。
「…………なるほどな」
「ぼ、坊地くん、何か分かったの?」
「ああ、まーちゃんは間違いなくスキル持ちだ」
俺の言葉に十時姉妹は息を飲む。何故ならもしかしてが確証へと変わったのだから。
「……教えてくれるかしら、坊地くん」
妹のことだ。知りたいのは当然だろう。俺もここで黙っているようなことはしない。
「スキル名は――《リンク》」
「リンク……? それって繋がるとかそういう意味の?」
「多分な」
俺は皆がまひなに注目している隙に、《ショップ》スキルで、商品として加えられていた《リンク》の説明を詳しく確認した。
そこで何故まひながイオルたちと意思疎通が図れたのか、その理由が明らかになったのである。
「あ、あの坊地くん?」
「ん? 何だ?」
「わたしにもそれ、覗かせてくれない?」
「……ほらよ」
「ありがと。……わ、ほんとに書いてる」
「本当? 私にもいいかしら坊地くん」
俺は「どうぞ」と許可を出した。
「……本当ね。それに対象の状態とかも分かるのね。こんな便利なものがあるなんて……」
常識がどんどん崩されていっているからか、十時の姉は軽い目眩を覚えているような表情をしている。逆の立場なら俺だってそうなっているだろう。
「多分この《リンク》ってスキルは、相手と文字通り繋がって意思疎通が図れるような能力を持ってるんだろうな」
「だからイオルちゃんたちの言葉が分かったんだね!」
「というよりはイオルが暴走した時、まひなが無意識にスキルを使っていたからこそ、イオルにはまひなが敵じゃないって伝わり、この子には攻撃を仕掛けなかったんじゃないか?」
「あーなるほどぉ……あれ? でもまひな、スキルって今取得したんじゃないの?」
「これは俺の推測でしかないが、世界が変貌した瞬間、もうその時点でスキル持ちはスキルを使えてたはずだ。あくまでもスキルという言葉で、取得したと知らせたのは、本人に自覚を促すためのものなんだろうな」
そうでなかったら、まひなの能力に説明がつかないからだ。
世界が変貌した直後、スキルを与えられた人間がいる。しかしそれではいつまで経っても自覚はできないだろう。まひなのようにスキルなんて言葉すら知らない存在だっているのだから。
だからわざわざ君にはスキルがありますよ、と自覚を促すシステムを作ったのだ。
それだったら最初から知らせておけと思うが、そのあたりの事情はさすがに分からない。そもそもこのスキルを誰が与えているのかすら分からないのだから。
とりあえず今は、そういうものだと理解しておくだけでいいだろう。
「えと、とにかくまひなの能力は、どんな人たちとも話すことができるってことかな?」
「まあ、そんな感じじゃねえか?」
〝SHOP〟の説明にはそう書かれていた。ただもちろんそれだけじゃない。
この《リンク》スキルを極めていけば、驚くことにモンスターとも意思疎通を図り、相手の五感すら共有することができるらしい。
つまりはまひながここにいるのに、遠く離れた者が見ている景色やニオイなども感じ取ることが可能なのだ。
戦闘スキルではないものの、使いようによっては強力な支援能力になる。
「それだけを聞くと、あまり強いスキルとは言えないわね。通訳にはもってこいだけど」
「う~ん、でもお姉ちゃん、それでいいんじゃない? まひなに戦闘能力があっても、さ」
「そうね、その通りだわ。それに人懐っこいまひならしい能力だしね」
《リンク》スキルか……手元にあったら便利な能力ではあるな。使い魔と五感を共有すれば、諜報役のソルが見ている光景を俺も見ることができるようになる。
これならわざわざ《カメラマーカー》を使ってモニターを確認せずとも、《コピードール》の使い方にも幅が広がるし、できれば取得したいスキルの一つだ。
でもやっぱ高いんだよな。……五億するし。
どうやら普通のスキルは基本的には五億らしい。ユニークスキルはその三倍の十五億。
なかなか簡単には手が出せない。もっと稼がなければ。
そうだ。こんなところで油を売っているわけにはいかないのだ。それにヨーフェルたちの今後についても話し合う必要があるのだから。
「そろそろ俺たちはお暇させてもらうぞ」
「え? ……もう帰っちゃうんだ」
残念そうな声音を漏らす十時。
しかしいつまでもここにいてもメリットがないのだ。まあ、まひなのスキルが得られたのは嬉しい誤算ではあったが。
「あ、あの坊地くん、また……会えるよね?」
「さあな。俺もいろいろ忙しいからな」
「忙しい? 何かしてるの?」
「当然だ。こんな世界だぞ? 生きるためにはしなきゃならないことが山ほどある」
「そっか……そう、だよね」
「お前も、死にたくないなら……まーちゃんたちを守りたいなら、必死に知恵を絞ることだな。それはまあ、そっちにも言えることだが」
俺は視線を十時の姉へと向ける。
「そうね。今回のは軽率な行動だったわ。反省しなきゃね」
墓参りがしたいという気持ちは分からないでもない。いつ死ぬか分からないこの状況で、せめて一度くらいはと思うのも当然だろうから。
俺だって何の力がなくても、墓参りをしに来た可能性だってある。
「えぇー、おにいちゃんたちもうかえっちゃうの! いや! もっといてよー!」
「悪いな、まーちゃん。お兄ちゃんたちはそろそろ帰らねえと」
「うぅ……いーちゃん!」
俺に言ってもダメだと分かったのか、今度はイオルへ飛び込んでいく。
「ごめん、ね? でもまた……あえるから」
「……ほんと? またきてくえう?」
「うん、やくそく。……そうだ、これをあげる」
イオルが自分の髪に手を入れてゴソゴソと何かを探るような仕草をする。
そうして手を取り出し開いて見せると、そこには一つの種があった。
「なぁに、これ?」
「ほう、イオルがそれを託すとはな。まひなよ、それは《プラモンシード》といってな、育てるときっと良いことが起こるぞ」
「ぷらもんしーど?」
「うむ。弟からのプレゼントだ。是非受け取ってやってくれ」
「うん! あいあと、いーちゃん!」
ニッコリと向日葵が咲いたような笑顔を見せるまひなに、少し照れ臭そうに頬を染めて「うん」と頷くイオル。
二人のこういう純粋なやり取りを見ていると心が和む。やはり子供は無邪気で良い。
俺たちは玄関外まで見送られ、そこから《ジェットブック》に乗る。
「あ、坊地くん!」
「ん? 何だ?」
「えと……その……また、ね」
「…………まーちゃんを守ってやれよ」
「うん、約束する」
「坊地くん、いろいろ失礼なことを言ったけれど、あなたには感謝しているわ。本当にありがとう」
「いえ、気にしないでください。それじゃ」
俺は軽く会釈をすると、ヨーフェルとイオルとともに十時家をあとにした。
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