第107話 十時の家
十時が住む一軒家に辿り着くと同時に、思わずその外観に唖然としてしまった。
「……お前の家って、ずいぶん斬新な見た目をしてるんだな」
「ち、違うからね、坊地くん! この植物たちはその……イオルちゃんの力でこうなっただけだからぁ!」
「……ああ、やっぱりそうなのか」
家の敷地内の草や花などがアマゾンかってくらいに伸び切っている。しかもそれらが壁や家にも絡みついて、まるで長年放置された廃墟でも見ているみたいだ。
「すまない! すぐにイオルに元に戻させるから!」
そう言いながら頭を下げたのはヨーフェルだ。しかし当然、十時たちはまひな以外、彼女の言っていることは伝わっていないが。
「ヨーフェル、そんなことできるのか?」
「あ、ああ。イオル、お前の友達を元に戻してやるんだ。できるな?」
「おねえちゃん……うん、やってみる」
イオルが両手を前に突き出すような仕草をする。
するとひとりでに植物たちが動き出し、地面の中に引きずられていくような感じで短くなっていく。
すげえな、これが《プラント》スキルの力か……!
まだこの程度で収まって良かったが、その気になればここら一体の地面を砕き、植物王国を作り上げることができるという。
一瞬にしてジャングルの出来上がりとなるわけだ。
環境そのものを作り変える能力ってわけか。さすがはユニークスキルだな。
流堂の《腐道》もそうだったが、やはりユニークスキルは規格外の力を備えているようだ。
しばらくすると十時たちの家は植物の拘束から解放された。
掃除をしなくて良いということで、十時やその姉は凄く喜んでいる。
そして俺たちは十時の案内で家の中へと入ることになった。
前に母親は海外にいるという話を聞いたが、いまだに戻ってきていないらしい。
つまり今は三人でこの家に住んでいるというわけだ。
リビングに通され、ソファに腰を落ち着かせる客である俺たち。
イオルとまひなは、二人でスケッチブックに絵を描いて遊んでいる。それを微笑ましそうにヨーフェルが見ていた。
そこへ十時が「こんなものしかなくてごめんね」と言って、常温の麦茶と市販品であろうクッキーを皿に入れて持ってきた。
「飲料水も食料も貴重なんだ。無理しなくてもいい」
「うん、ありがと。でもこれくらいはさせてほしいな」
なら麦茶だけでもと一口飲む。……ぬるい。
まあ冷蔵庫が機能しないだろうし、仕方ないといえば仕方ない。今の世では麦茶が飲めることだけでもありがたい状況なのだから。
「その、坊地くん、良かったらイオルちゃんやその方のお話を聞かせてほしいんだけど」
まあ、当然気になるわな。何と言っても見た目からして日本人……いや、地球人には見えないのだから。
別に秘匿するつもりもないし、恐らくは今後、こういった事例が増えるだろうと予測もしているから教えてやってもいいと判断した。
「俺も詳しくは知らん。だが……まず間違いなくコイツらは異世界の住人だ」
「異世界……? それほんと?」
十時だけじゃなく、その姉もまた信じられないといった面持ちだ。
「まず見た目からして、こんな耳を持つ人種はいねえ」
「それは……そう、だよね。イオルちゃんもだし……」
「無理矢理身体を変形させるような部族は地球にもいる。カヤンっていう民族の女性は首長族としても有名だしな」
「あ、知ってる。前にテレビで観たこともあるよ。確か金属の輪っかを生まれた時からつけてるんだっけ?」
「正しくは真鍮のコイルだな。幼少時から首に装着し、それを徐々に増やしていく過程で、首が長く見えるようになるんだ」
「見えるように? 実際に長くはなってないの?」
「あれはコイルの重さで鎖骨を沈下させてる結果だな。そのせいで肩の位置が極端に下がって、究極のなで肩になってしまう。そこで真鍮リングを纏うから首が長く際立って見えるんだ」
「へぇ……」
「他にも頭蓋を変形させる民族だっていたりする。それにインプラント……いわゆる身体改造をする連中もいるしな。皮膚の下に器具などを埋め込んで、無理矢理身体の形を変えるんだ」
「……い、痛くないのかな?」
「さあな。けどそういう連中だって、最初からそうだったわけじゃねえ。人工的に外部から刺激を与えて変形させてるんだ。しかしコイツらは違う。この特徴的な耳は紛うことなき天然ものだしな。そんな種族は地球にはいねえ」
「……だから異世界人ってこと?」
「それだけじゃねえよ。実際にコイツ――ヨーフェルからいろいろな話を聞いて判断した結果だ。住んでいる場所、周囲に存在するもの、世界情勢なんかもな。そのどれもが地球には当てはまらない」
「……嘘を言っている可能性とか、は?」
「ねえな。嘘を言うメリットがねえ。世界がこんなことになっちまってるのに、わざわざおかしな人物として振る舞う利点がどこにあるってんだ?」
「それは……確かに」
大切な弟を探しているのに、異世界人だと吹聴し頭のおかしい人物像を他人に植え付けるなんて考えられない。味方を得たいのに、そんなことをするわけがないのだ。
「けれど異世界人って……さすがにはいどうですかって信じられないわね」
「間違いないですよ。コイツとイオルは、ファンタジーでも有名なあの『エルフ』らしいですし」
「「エルフ!?」」
十時と姉が同時に声を上げた瞬間に、ヨーフェルとイオルがビクッとして二人を見つめた。
「ぼ、坊地くん! エ、エルフってあのエルフ?」
「お前の言うエルフがどのことを言ってるのか知らねえけど、多分合ってるとは思うぞ」
エルフと聞いて思い浮かぶのは、大体みんな同じだろうから。
「そっかぁ……エルフってすっごく美形に描かれるし、こうして見ると、やっぱり綺麗だもんね。ヨーフェルさんもイオルちゃんも」
「けれど恋音、本当にエルフって信じられる? 架空の存在のはずよ?」
「お姉ちゃん、でも架空のモンスターがこの世界にはいるよ?」
「あ……それもそうね」
そうなのだ。だからこそ俺もすんなりと受け入れられている。
もうすでにこの世界はファンタジーそのものと化しているのだ。故に今更エルフやドワーフとか、地球人ではない種族が現れても不思議ではない。
「でもどうしてエルフ……というか異世界人が地球に?」
俺は十時の疑問に、以前ヨーフェルが話してくれた〝光隠し〟について教えてやった。
「じゃあ過去にも、この地球に異世界人がやってきたって可能性もあるってこと?」
「可能性としてはな。探せば今も生きてるんじゃねえの? もしくはどっかの政府に囚われ実験室行きにされてるってこともあるがな」
「う……それは嫌だよね。想像したくない」
とは言うが、実際に異世界人を見つけたのが権力者だったらどうだろうか? その知識、能力、身体の作り、そのすべてを調べようとするのではなかろうか?
何せ地球人とは異なった身体を持つ種族だ。ヨーフェルに聞いたが、エルフは長命種ということもあって、権力者が不老長寿の仕組みを手に入れたいという流れは、今も昔も変わらないだろうから。
「だから言葉も通じなかったんだね。けど……どうしてまひなや坊地くんには分かるんだろ?」
「……さあな。それこそ偶然じゃねえか? まーちゃんだって言葉が分かる理由が分からないんだろ? 俺もたまたまってことだと思うぞ」
「……そっかぁ」
十時はそれで納得しそうになっているが、彼女の姉の方が俺を疑わしそうに見ているのが分かる。
まあ俺だってこんな言い訳をされて簡単に、はいそうですかってことにはならないしな。
ただまひなという存在がいる以上は、そういう奇妙な現象が起こり得るという事実にも繋がり、俺の言っていることだって納得せざるを得ないだろう。
「……ボーチ、何故本当のことを言わないんだ?」
隣に座っているヨーフェルから、小声でそんな言葉が届く。
俺は言葉を発さず、目だけを向けて意思を伝える。「これでいいんだよ」、と。
彼女もそれを察してか、ここでの追及はしないでくれた。
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