第105話 両親の墓

「初めましてだな。俺は坊地日呂だ。よろしくな」


「!? ……まーちゃんといっしょ?」


「は? まーちゃんと……一緒?」




 何でここでまひなが出てくるのか思わず小首を傾げてしまう。




「坊地くん、もしかしてその子の言葉が分かるの?」




 そこへ話しかけてきたのは十時だ。


 あ、しまった。そっか、コイツらはヨーフェルたちの言葉は通じないんだった。




「えへへ~、おにいちゃんとまーちゃんはいっしょだよ、いーちゃん!」


「……まーちゃん?」


「あのね、まーちゃんね、いーちゃんがおはなししてることわかうの!」


「え……」




 何だって? ……何で?




 俺だって最初は分からなかった。何故ならヨーフェルとイオルは異世界人だからだ。扱う言語が違うのは当然で、言葉が通じないからこそ俺は《翻訳ピアス》を購入したのである。




 それなのに地球人であるはずのまひなが何故意思疎通が図れるのか……。




「まーちゃん、本当にヨーフェル……このお姉さんのことが言っていることが分かるのか?」


「うん! わかうよ!」


「………」




 一体どういうことだろうか。ヨーフェルも驚いている様子だ。




「あはは、坊地くんも驚くよね。でもわたしたちだって驚きだよ。坊地くんだって会話できてるし」


「……まあ俺のことはどうでもいいだろ」


「っ……そう、だよね。ごめんね」




 俺に突き放され、目が泳いでしまう十時。そこへ取り繕うように彼女の姉が割って入ってきた。




「ところでそちらの方がイオルちゃんのお姉さんでいいのかしら?」


「……はい、そうです。イオルの姉のヨーフェルですよ」


「そう。良かったわ、イオルちゃんのお姉さんが見つかって。そうよね、恋音?」


「う、うん、そうだね!」




 イオルにとって、最初に出会えたのが十時たちで運が良かったのだろう。聞けば家の庭に見慣れない蕾があって、その中からイオルが出てきたらしい。


 もう彼女たちも、イオルやヨーフェルが普通の人間じゃないことは理解しているだろう。




 それにイオルの暴走に巻き込まれてしまったこともあったようだ。そのことを聞くと、ヨーフェルが彼女たちに必死に頭を下げていた。




 しかしそんな目にあってもなお、イオルを保護してくれる人はそうはいない。だから十時たちに拾われたことは、イオルにとっては幸運だったのは事実だ。




「坊地くんは……その、イオルちゃんを探しにここまで来たんだよね?」


「ああ、お前らは……墓参りか?」


「うん。お父さんの……ね」




 まさか霊苑まで一緒だとは、つくづくコイツとは縁があるらしい。




「恋音、まひな、またモンスターが出てきたら危ないし、お墓参りは今日は断念しておきましょう」


「ああ、大丈夫ですよ。ここらにはもうモンスターはいませんから」


「え? そうなの、坊地くん? もしかして君が?」


「ええ、どうやらここはダンジョン化していたようですから。でも今はもう安全ですよ」


「……凄いのね、君は」




 感嘆しているようだが、どことなく警戒しているふうにも取れる。


 ただまひなが懐いていることからも、俺を少なからず信用しているということだろう。




 まあ警戒している理由は、俺がさっきした発言によるものだろうが。




「じゃあ二人とも、せっかくだから今のうちにお墓参りを済ませましょう。……ねえ坊地くん、良かったらそれまでの間、護衛してくれたら嬉しいんだけど」




 ……そんな義理はないと突き放すことは簡単だが……。




「おにいちゃんもいっしょ! やったー!」




 腕の中で喜んでいる女の子を無下にするのは困難だった。




「はぁ……実は俺の両親の墓もここにあるんで。ついでだから墓参りしますよ」




 まだ命日は先だが、ここまで来たのだから墓石磨きや草むしりくらいはしておこう。


 俺は廃墟に置かれていたバケツと柄杓を借り、その傍にある井戸から水を入れる。十時たちも同様にだ。




 そうして互いの墓がある場所まで進むのだが……。




「いやいや、もういいって……」


「? どうしたの坊地くん? 何がいいの?」




 俺が無意識に呟いたことを拾った十時が尋ねてきた。




「それにしても偶然だね。まさかお隣さんだったなんて」




 そう、それなのだ。俺がもうそんな偶然いいって言ったのは。




 …………はぁぁぁ。




 いや、もう気にするのは止めよう。何だか気にするだけ無駄のような気がしてきたし。


 十時たちが「使って」と言って線香を手渡してきたので、ありがたく頂いておいた。




 ヨーフェルとイオルも、掃除などを手伝ってくれて墓石周りを綺麗にしてくれる。


 掃除がすべて終わったあとに、線香を上げて手を合わせた。




 ……親父、お袋。多分信じられねえかもしんないけど、世界はとんでもないことになっちまったよ。




 そう報告しながら、そういえばこうして報告するのは初めてだなと思った。


 けど運の良いことに、俺には妙な能力があってさ、そのお蔭でそれなりに楽しい日々を送ってる。




 ソルやシキたちのことを思い浮かべ、不意に頬が緩む。彼女たちがいることで、きっと俺は救われているのだと感じている。




 親父……親父に言われた信念も貫いてるよ。




 納得できないものに背を向けるダサい生き方だけはしない。


 だからこそ、イジメられていても決して膝を屈しなかったし、どんな逆境にあろうと諦めたりはしなかった。




 お袋、ちょっと無駄遣いしてるっぽいが、そこは許してくれ。生きるためなんだよ。




 生前、お袋は節制癖のある人だった。特にお金に関しては厳しい。将来のために貯蓄し、その上で俺たちが窮屈な思いをしないようにやりくりをしてくれていた。


 俺はそんな両親を誰よりも誇りに思うし尊敬している。




 両親ともに正義感が強く、困っている人たちを見捨てられない人たちだから、今の俺の生き方を知ればきっと怒るだろう。


 もう俺は両親のような生き方はできないだろうから。




 でも両親に言われたことくらいは胸に刻み、間違うことのないように生きようと思う。


 だから精一杯生きるよ。バカな息子だけど、最後まで見守っててくれ。


 見ればヨーフェルも手を合わせてくれていた。




「ヨーフェル?」


「ん……いや、ボーチを生んでくれたご両親にお礼を言っていた。君がいてくれたお蔭で、この子を守れたのだからな」


「……そっか」




 後ろを見ればイオルとまひなは揃って手を繋いで仲睦まじく話している。




 マジで会話が成立してるんだな……。




「さて、んじゃそろそろ帰りましょうか」




 十時の姉がそう言い、一緒に駐車場まで向かった。


 だが……。




「やっ! いーちゃんもおにいちゃんもいっしょ!」




 ここで別れるということになって、まひなが駄々をこね始めた。


 俺とイオルの手を握って絶対に離さないって感じだ。




 イオルはそうでもないが、ヨーフェルは何だか困っている様子である。




「こらまひな! お兄ちゃんたちが困ってるでしょ!」




 十時の姉が、まひなを引き離そうとするが、「やーやー!」と叫びながら暴れている。




「……ね、ねえ坊地くん?」


「あん? 何だ十時?」


「その……た、助けてくれたお礼もしたいし、良かったら家に寄っていかない……かな?」


「……いや、今回のはたまたまだ。別に礼なんていい」


「…………あのね、わたし……坊地くんと話したいことがあって」


「前にまーちゃんを助けたことか? だったらそれも偶然だ。さっきも言ったろ、そこに王坂がいるって聞いて、復讐するために向かったら、たまたままーちゃんがいただけなんだよ」


「それは……うん、分かってる。でも話したいことは別にあるの」




 ……別? 他に何か俺に言いたいことがあるのか?




 ただ聞く義理もないし、そんなことに時間を費やすのも勘弁だ。




「恋音、あなたも無理なことばかり言わないの」


「! お姉ちゃん……?」




 注意を受けたが、十時は姉を「え?」という表情で見つめていた。擁護してくれるとでも思っていたのかもしれない。


 しかし姉の方が常識があったようだ。こちらとしては助かる。




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