第104話 霊苑攻略

 やれやれ、まさか【赤間霊苑】までもがダンジョン化していたなんて思ってもいなかった。


 その可能性はあったものの、実際にこの目で見て放置することはできないと判断する。




 何せここには俺の両親たちが眠っているのだから。さすがに破壊されたら困る。


 その思いもあってか、俺は《ジェットブック》を急いで飛ばして霊苑まで向かった。




 そして霊苑の上空で《サーチペーパー》を回収し、その眼下を確認する。


 すると墓場で蹲っている人間たちと、その周辺にいるモンスターどもを発見。




「――イオルだ!?」




 空からヨーフェルが、イオルの姿を確認する。どうやらたった一人で目の前の中型モンスターと対峙しているようだ。無茶過ぎる。




 それを見たヨーフェルが《ジェットブック》から飛び降りた。その最中で矢を放ち命中させるのだから大した腕である。




 そして俺もソルとシキを引き連れて、もう片方にゾロゾロといるモンスターたちを一掃することにした。


 俺も《桜波姫》を手にして落下し、その勢いのままに中型モンスターの頭を貫いてやったのである。




 ソルとシキに指示を出し、あとは奴らに任せていればいいと判断したその時だ。




「――トリしゃんのおにいちゃぁぁぁん!」




 ……聞き覚えのある声が背後からした。




 いや、まさかそんな……。




 そう思いながらゆっくりと振り向くと、俺に向かって走ってくる小さな子供がいた。


 そのまま俺の足に抱き着き、にんまりとした笑顔で俺を見上げてくる。




「ま、まーちゃん……か?」


「うん! まーちゃんだよ! おにいちゃん! またたすけてくえたの?」


「え、えっと……」




 俺は冷や汗を浮かべながら、先程まで蹲っていた人間たちへと視線を向ける。




 そこには――。




「……坊地くん……」




 ……マジかぁ……。




 何でお前がここにいるんだよ――――十時。




 すると十時がゆっくりと距離を詰めてきて、その速度が徐々に早くなっていく。


 そのまま俺が立ち尽くしていると、彼女は速度を緩めることもなく俺に抱き着いてきた。




「ちょっ、お前何を……っ!?」


「怖かったぁ……怖かったよぉぉ……っ!?」




 そう言いながら泣きじゃくる十時。問答無用で引き剥がそうとした手を俺は溜息交じりに下ろす。




「…………耳元でギャーギャーうるせえよ」




 それだけを言うと、コイツが泣き止むまで何もしなかった。


 見ればヨーフェルもイオルを抱きしめて泣いている。どうやら弟も無事確保できたようだ。




 見慣れない女性が一人立っているが、どことなく十時に似ている。コイツの姉か親戚だろうか。さすがに母親……ではないと思うが。若過ぎるし。


 その女性がこちらに近づいてくると、




「もしかしてあなたが坊地くん、かしら?」




 と尋ねてきた。




「……まあそうですけど」




 ぶっきらぼうにそう答えると、その女性は苦笑交じりに十時に視線を向けて言う。




「こーら、恋音。それにまひなもそろそろ離れてあげなさい。坊地くんが困ってるわよ」


「!? ご、ごめんなさいっ!」




 自分が何をしているのかようやく気づいたのか、真っ赤な顔をして勢いよく離れる十時。




「やっ! まーちゃんはこうしてう!」




 だがまひなに関しては言うことを聞いてくれないようだ。




「もう、まひなったら……。ごめんなさいね、坊地くん」


「……いえ、ところであなたは?」


「あ、自己紹介がまだだったわね。私はこの子たちの姉の十時愛香よ。あなたのことは恋音から聞いているわ。改めて私からもお礼をさせて。まひなの命を救って頂き、本当にありがとうございました」




 ……やっぱ、まひなから情報が渡ったか。だから会いたくなかったんだけどな。




 しかしまさかこんな場所で再会し、しかも俺の力までも見られるとはさすがに考えが及ばなかった。恨むぞ、神様。




「たまたまですからお気になさらないでください。俺はただ、ムカつく奴がいたんで復讐しに行っただけですから」


「! ……王坂くんのこと、だよね? ……殺したの?」


「ああ、殺した。この俺の手でな」


「!? ……そう」




 俺は正直に答えた。十時の姉は険しそうな顔をしたが、十時は物悲し気な表情を浮かべる。


 これで俺なんかに関わらない方が良いと思ってくれると助かるんだがな。




 そういう想いを込めて俺は人殺しだと正直に話したのだ。




〝ご主人、コアを見つけたのですぅ!〟




 そこへすでにモンスターを一掃したソルからの連絡が入った。




「悪いが、少し用がある。まーちゃん、離れてくれないか?」


「……やだ」




 離すもんかって感じでしがみつかれている。子供を邪険にするのは性に合わないんだが……。




「こらまひな、あまりワガママ言ってると、お兄ちゃんに嫌われちゃうぞ?」


「うっ……おにいちゃん、またもどってきてくれう?」


「……ああ、ちょっと用事を済ましてくるだけだ」




 俺はまひなの頭を撫でると、彼女は「やくそくだからね!」と言って離れてくれた。




「ヨーフェル! ここを少し頼むぞ!」


「! ……了解したぞ、ボーチ!」




 ここを彼女に任せ、俺はソルの指示通りに、コアがある場所へと向かった。


 コアモンスターがいるのかと思ったが、山全体ではなく墓地エリアだけがダンジョン化していたようで、それほどの規模ではなかったようだ。




 俺はソルが見つけてくれたコアを破壊し、【赤間霊苑】の平和を取り戻すことができた。これで両親も安心して休んでくれるだろう。




 ……さて、できればこのままとんずらしたいんだけどな。




 だがさすがにこのままというわけにはいかないだろう。坊地日呂という姿で力を振るうところを見られてしまったし。


 相手が知らない奴らなら良かったが、まさか知り合いだったなんて思わなかったのだ。




 こんなことなら、相手が誰でも変身しておくべきだったと後悔している。


 まあでも、ソルを見られた時点でアウトのような気もするが。




 それにダンジョン化した公民館に忍び込み、まひなを単独で救った実績も知られているし、今更誤魔化しても仕方ないだろう。


 ただ一応口止めくらいはしておく必要があるし、ヨーフェルたちを放置もできない。




 俺は諦めてソルとシキを連れて十時たちが待つ場所へと戻っていった。






「――おにいちゃぁん!」






 またも俺の姿を先に見つけて駆け寄ってきたのはまひなだった。俺は彼女を優しく抱き止めると、




「だっこ!」




 と両手を伸ばしてきたので、苦笑を浮かべながらも言う通りにしてやった。




 ……ていうか何でこんなに懐かれてんだ俺?




〝それはやはり以前、殿に助けられたということが大きいのではありませんかな?〟




 頭の中にシキの声が飛んできた。




 そうなのだろうか。まあ子供に好かれること自体は嫌ではないが……元クラスメイトの妹じゃなかったら猶更だけどな。




「ボーチ! 本当に感謝する! 君のお蔭でこの子を――弟を助けることができた! 本当にありがとう!」




 ヨーフェルが弟の手を引きながら俺に近づき頭を下げてきた。


 その弟はというと、聞いていたところ人見知りらしく、姉の後ろで不安そうに俺を見ている。




 なるほど、確かに似ている。というかヨーフェルの弟としか思えないほどの見た目が。まるで映画やゲームから出てきたような愛らしいエルフの子供だ。


 こんな子が弟なら俺だって溺愛するだろう。ちょっと羨ましい。




 一応は自己紹介くらいしておこうか。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る