第103話 思いがけぬ再会

「ま、まさか……!?」




 わたしは恐怖に支配されながらも、当たってほしくない予想を胸に抱き天井を見上げている。




 すると車の天井からフロントガラスを覗き込むようにして〝ナニカ〟が顔を見せた。


 さすがにお姉ちゃんもソレを見て、何が起こっているのか理解したようだ。




「モ、モンスターッ!?」




 お姉ちゃんが咄嗟にブレーキを踏む。




「きゃあぁぁぁぁっ!?」




 わたしは悲鳴を上げつつ、身体に食い込むシートベルトの痛みに顔を歪める。




 そして急ブレーキをかけたせいか、天井にいたモンスターは前方へと吹き飛び地面を転がった。


 車が停まり、わたしは隣に座っている子供たちを見る。




「まひな……イオルちゃん……無事?」


「おねえちゃぁん……ビックリしたよぉ」




 泣きそうなまひなではあるが、どうやら怪我とかはないようだ。イオルちゃんも突然のことに驚いている様子だが、同様に無事のようでホッとした。




「はあはあはあ……! う、噓でしょ……!?」




 お姉ちゃんがバックミラーを確認して、サッと後ろを振り向き真っ青な顔色を浮かべる。


 わたしも釣られて後ろを見てギョッとした。




 舗装された道路の上にいるわたしたちのところへ、山から次々とモンスターが下りてきていたのだ。




「お、お姉ちゃんっ、前からも!」




 見れば転がったモンスターも立ち上がり、その奥の山から他のモンスターたちが姿を見せる。




「じょ、冗談じゃないわよっ!」




 アクセルを勢いよく踏み車を走らせるお姉ちゃん。




「お、お姉ちゃん、どうするの!? 逃げなきゃ!」


「分かってるわよ! でも後ろは塞がってるし、とりあえずこのまま駐車場へと向かうしかないでしょ!」




 確かに。本当はUターンをして、街へと逃げ出したいが、道幅も狭いのでそれができない。一度広い場所へと出る必要があるのだ。




 そうして最後の山道のカーブを曲がると、目の前には霊苑の入口が見えてきた。


 そのまま広々とした駐車場へと入る。そしてすぐに方向転換をして、来た道を戻ろうとするが……。




「……ヤバイってもんじゃないわね」




 車が向かう方角には、すでにモンスターの壁が出来上がっていた。中には大型のモンスターもいて、たとえ車で突っ込んでもそのまま停止させられそうだ。




「ど、どうするのお姉ちゃん!」




 しかしお姉ちゃんは、冷や汗を流しながら表情を強張らせているだけだ。いつも頼りになるお姉ちゃんだが、さすがにこの状況を打破する策は浮かんでいないらしい。




「…………とにかく車から出るわよ。このままじゃ囲まれてどうにもならないわ!」


「で、でもどこに逃げるの?」


「管理人が住んでる建物があったでしょう! そこに逃げ込むしかないわ! 急ぐわよ!」




 わたしたちはお姉ちゃんの言うことに従って、慌てながら車を降り、わたしはまひなを、そしてお姉ちゃんがイオルちゃんを抱いて走り出した。


 少し坂道になっている道を突き進むと、その先には管理人が住んでいる建物がある。




 そこでは仏花や菓子類などを購入することもできるのだ。


 それにコンクリートで建物は造られていたはずなので、そこに立てこもって今後の対策を立てるしかないだろう。




 わたしたちは急いで坂道を上っていき、そして――絶望する。


 何故ならそこにあったはずの建物は、無惨にも廃墟と化していたからだ。




 恐らくはここで生まれたモンスターによって破壊されたのだろう。まさかコンクリートの建物でさえシェルターにならないなんて、やはりモンスターとは人間が勝てるような相手ではないのだ。




「ど、どうしよう、お姉ちゃん!」




 そうわたしが発言した直後、廃墟と化した建物の影からのっそりと見たことのあるモンスターが姿を見せた。


 それはもうわたしのトラウマそのものの存在。




 間違いない。目の前に現れたのは、わたしのクラスメイトを虐殺したあの鬼だった。




「あ……あぁ……!」


「ちょ、どうしたのよ恋音!?」




 わたしがそのままペタリと座り込んだので、お姉ちゃんが心配して声をかけてきた。それにまひなも目の前の鬼の恐怖を煽ることしかない形相に怯えてわたしにしがみついている。




「くっ、逃げるわよ! 立ちなさいっ、恋音!」




 お姉ちゃんがわたしの手を引っ張って無理矢理立たせてくれる。


 だが鬼は金棒を持って近づいてきて、わたしの心を恐怖で締め付けてきた。あの時の光景が蘇り、身体が思うように動かない。




 しかし鬼がどういうわけか足を止める。


 見れば鬼の足元から伸びた草が絡みつき、鬼の進行を食い止めていたのだ。




「! ……イオル……ちゃん?」




 見れば、お姉ちゃんの腕の中で、イオルちゃんが鬼に向けて右手をかざしていた。


 あの凄まじい力を、この子は自在に操れるらしい。




 ……凄い!




「ゴルルルルルッ!?」




 身動きが取れず鬱陶しそうな顔でもがく鬼。




「恋音! 今のうちにっ!」




 お姉ちゃんの言葉でハッとなって、わたしは全力で両足に力を入れて立ち上がり、まひなと手を繋ぐ。


 そしてみんなと一緒に、お墓がある方へと走った。




 追ってくるモンスターたちを引き離しながら墓地の中を駆けていく。


 どうやらこのまま突っ切って、山の中へと逃げ込む作戦らしい。わたしもそれしかないと思う。




 駐車場はすでにモンスターに占領されているし、まだ手薄の山の中に入り、そのまま下っていくしかないと思う。もちろん舗装されている道路ではないし、急斜面になっているところもあって危険だが、モンスターを相手にするよりは幾分かマシだろう。




 わたしたちは急いで山の方へと向かおうをするが、目の前にある墓石が突然弾けたように吹き飛んだ。


 わたしたちは悲鳴を上げて身を竦める。




 そして前方を見て言葉を失った。


 そこにはまたもいたのだ。あの鬼が。


 どうも廃墟にいたモンスターとは別の個体のようだった。




「そ、そんな……!?」




 これじゃあ逃げ道がない。後ろを振り返ると、草の拘束を引き千切ったのか、ゆっくりと鬼がこちらへと近づいてきている。他のモンスターたちを引き連れてだ。




 そして目前にはわたしのトラウマの相手が立ち塞がっている。


 イオルちゃんが怯えているまひなを見て、怒ったような表情を浮かべると、またも先程と同じように鬼に向けて右手をかざす。




 だが次は鬼の方が動くのが速かった。金棒を地面に叩きつけ、その衝撃により発生した石礫や土の塊などがわたしたちへととんでくる。


 咄嗟にまひなを庇って背中を向ける。お姉ちゃんも同じようにイオルちゃんを守った。




 背中に幾つもの痛みが走ったが、どうやらまだ命までは取られていないらしい。


 しかし今の攻撃で、イオルちゃんの攻撃もキャンセルされてしまった。


 鬼がすぐに距離を詰めてきて、わたしたちに向かって金棒を高く振りかぶる。




 ……ああ、今度こそもうダメかもしれない。




 そこへ何を思ったのか、お姉ちゃんの腕の中から飛び出したイオルちゃんが、わたしたちの前に立って両腕を広げる。




 それはまるでわたしたちを守るように。しかしこんな小さな子が勇気を振り絞ったとしても、到底凶悪な一撃を防げるとは思えない。




「逃げてっ、イオルちゃんっ!」




 そうわたしが口にした直後、鬼の右目にグサッと何かが突き刺さったのである。




「グガァァァァァァァッ!?」




 鬼は金棒を落とし、自分の右目に触れて激痛にもがき苦しむ。




 そしてイオルちゃんの前に、人影が天から降り立つ。


 その人物は、イオルちゃんと同じような金髪を持ち、騎士のような凛とした佇まいをした女性だった。




 彼女は弓を手にしており、鬼に向かってさらなる追撃を放つ。


 放たれた矢は左目にも突き刺さり、鬼は堪らずに咆哮を上げながら両膝をつく。




 女性がさらに矢を引き、鬼に向けて真っ直ぐ放った。


 矢は鬼の眉間を貫き、そのまま勢いに負けて仰向けに倒れ込んだ。しばらく痙攣していたが、光の粒子となって空へと消えていった。




 助かった……と思った矢先、背後から足音が聞こえてくる。


 そうだ、まだもう一体鬼がいたのだ。それに他のモンスターも大勢いる。




 だがその時である。




 またも空から何かが降ってきたと思いきや、次々とモンスターたちを一掃していくのだ。


 神速のごとき速度で動く二つの影、それらがモンスターたちを一撃で粉砕していき、そして鬼の頭上へと降り立った一人の人物がいた。




 わたしはその人物の姿を見て驚愕する。


 その人物は、手に持っていた刀らしき武器で鬼の頭部を貫いていた。




 鬼はたった一撃で絶命したようで、そのまま前のめりに倒れると、先程の鬼と同じように光となって消えていった。




「ソル、シキ、そいつらを一掃したのち、ソルはコアを探しにいけ! シキは俺の護衛だ!」


「「了解っ!」」




 その人物は二つの影に指示を出した。


 間違いない。まだ横顔しか見えていないが、間違うはずもなかった。




「………………坊地……くん?」




 無意識にわたしは、その人物――元クラスメイトの名前を口にしていた。






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