第102話 墓参り

 いつの間にか庭にあった大きな蕾から誕生したイオルちゃんから話を聞くために、わたしたちの住む家に上げたのはいいが、まだ眠かったのかすぐに寝てしまったのである。




 しかもまひなとギュッと手を繋いだまま。そうして見ると、顔立ちは違うものの姉弟のように見えた。




 弟も欲しかったわたしにとっては、何だかラッキーな出来事ではあるが、本当にこの子は何者なのだろうか。




 お姉ちゃんは、悪い子じゃないし、まひなも懐いているから大丈夫とは言うけれど、だったらあの植物を操った力は一体何なのか……。




「そういえば今日お父さんの命日でしょ? お墓参りはどうする?」




 お姉ちゃんが聞いてきたが、「どうしよっか……?」と逆に聞き返してしまった。




 毎年家族みんなでお墓参りは欠かしていない。世界がこんなことになって、お母さんがなかなか帰ってこれないようだけど、せっかく三人が集まったのだから、やっぱりお父さんのところに行きたいという気持ちもある。




 でもイオルちゃんのこともあるし……。




「じゃあイオルちゃんも連れてけばいいんじゃない?」


「え? いいのそれで?」


「だって置いとくわけにはいかないでしょ? それともお墓参りは中止する?」


「お墓参りは……したい。でも外は危険じゃない?」


「じゃあ……やっぱ止めとく? 母さんもいないし」




 そうして今年のお墓参りを断念する方向に傾いたその時、




「おはかまいり、いきたい!」




 まひなが話に割り込んできた。


 さて、我が家の末娘がそんなことを言ってきたぞ。




「ど、どうするお姉ちゃん?」


「ん~……この子の保護者も、もしかしたら外で探し回っているかもしれないもんね」




 あ、そうだ。イオルちゃんはお姉さんを探していた。きっと眠る前には一緒にいたのだろう。




 ならこの街のどこかにいる可能性だってある。


 もし今も探し回っているとしたら、すぐに会わせてあげたい。




「……そうだね。お墓参りがてら、この子のお姉さんを探してあげよっか」


「OK。そうと決まればさっそく準備して行くわよ」




 そうしてわたしたちは、お姉ちゃんの車に乗って、父の墓がある【赤間霊苑】へと向かったのである。


 車に乗って移動している時に、イオルちゃんが目を覚ましたので、いろいろ質問して答えてもらうことにした。




「ねえイオルちゃん、イオルちゃんのお姉さんってどんな人?」




 わたしの質問に対し、イオルちゃんはまひなの手を握りながら、若干不安そうではあるが答えてくれる。もちろんまひなの通訳を通してではあるが。




「んとね、おこったらこわいって」




 まひながイオルちゃんの解答を伝えてくれた。




「そっかぁ。優しくないの?」


「……とっても、やさしいって。ほかのひとたちにもにんきらしいよ。とくにおとこのひとたちにだって」




 男の人たちに人気? ということは……。




「へぇ、じゃあ美人さんなんだねぇ。お姉さんは何歳くらい?」




 今度はお姉ちゃんが質問を投げかけた。




 すると「ん」とお姉ちゃんを指差すイオルちゃん。




「あら? もしかして私くらいってこと?」




 バックミラーをチラチラ見つつ、自分を指差されたことに気づいたお姉ちゃんが笑顔で聞くと、まひなから話を聞いてイオルちゃんはコクリと小さな頭を動かした。




 そうやって質問していくと、いろいろ分かってきた。


 どうやらイオルちゃんのお姉さんは二十代前半くらいの年齢らしい。間違いなく大人でホッとした。




 実は双子の姉とか、そうでなくともまだ十代前半くらいの少女かもしれないと思っていたのだ。もしそんな小さな子が、一人で街中を探し回っていたとしたら危険である。




 だからせめて大人であってほしいという願いは叶えてもらえたようだ。


次にわたしが「お母さんとお父さんは?」と聞くと、イオルちゃんは「いっしょにすんでる」と答えてくれた。




 ただ両親よりもお姉ちゃんっ子らしく、いつも傍にいたのだという。




 ちなみにお姉ちゃんの名前はヨーフェルというらしく、日本人ではないことは明らかだった。


 それに日本という言葉も聞いたことがないらしく、自分たちが住んでいたのは【フェミルの森】という場所らしい。




 そこで毎日行っている山菜取りをしていたが、気づけば家の庭にいたとのこと。


 わたしは質問をしながらも、窓の外に広がる景色を見ていた。




 イオルちゃんに似ている大人の女性を探すためだ。しかし残念ながら、それらしき人物は見当たらない。


 お姉ちゃんも運転をしながら探しているようだが空振りに終わっている様子。




 住んでいる場所は分かったので、そこへ連れて行ければいいのだが……。




「お姉ちゃん、【フェミルの森】ってどこか知ってる?」


「初めて聞いたわよ。それに森に住んでるってことは、多分外国でこの子はどこかの部族の子ってことじゃない? ほら、マサイ族とかそういう」


「あーなるほど」






 じゃあ日本には観光で来た? ……いや、そもそもついさっきまで家の周辺で山菜取りをしていたらしいし……あれ? じゃあどういうこと?




 観光で来たなら、何かしらの乗り物には乗ったはず。飛行機、船、そのどちらもまったく乗った覚えがないのはおかしい。




 それに山菜取りをしていたのだったら猶更だ。もしかしてその時に誰かに襲われて気絶し、その間に日本に連れて来られた?


 だったとしても何故家の庭に? という疑問が浮かぶ。それにあんな大きな蕾に隠すだろうか?




 考えれば考えるほど混乱してくる。お姉ちゃんにも聞いてみたが、まったくもってイオルちゃんの素性は分からないという。




 どうやって日本に来たのか、何故家の庭にいたのか、【フェミルの森】がどこにあるのかなど、どれも解明できていない。




「う~ん、とりあえずはこの子のお姉さん探しね。それで何か分かるかもしれないし」




 お姉ちゃんの言う通りだ。今は少ない情報を集めて、イオルちゃんのお姉さんを探すだけ。


 イオルちゃんみたいに綺麗な女性だったら、きっと見かけた人が絶対覚えているだろうから。




 しかしこうして車の中から見ていると、本当に人気が無い。いや、霊苑がある山の中へと入っているので益々といったところだ。




 霊苑には管理をしている人たちもいるので、彼らにダメ元でイオルちゃんのお姉さんのことを聞いても良いかもしれない。


 そうこうしているうちに、もうすぐ霊苑の駐車場へと到着する。




 だがその時だった。




 ――バコォンッ!




「ひゃあっ!?」




 突然天井から大きな音がすると同時に、べコリと天井が凹んだのである。




 な、何かが落ちてきたのだろうか……?




「ちょ、ちょっとちょっと今の何の音!?」




 お姉ちゃんは、天井の様子に気づいていないようだ。




 わたしが天井が凹んでいることを伝えようとしたが――バコンッ、バコンッ、バコンッ!




 またも立て続けに天井から音がして、どんどん凹んでくる。




 そして――。




「グギャァァァァァァッ!」




 その咆哮を聞いて、わたしは背筋が凍った。


 何故ならその声音は、かつて自分がダンジョン化した学校で隠れていた時に聞こえてきていた声とおなじだったから。


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