第101話 イオルを追え

「――植物を操る、か」


「それがそんなに危険なのです?」




 俺の呟きに対し、ソルが小首を傾げながら尋ねてきた。


 しかしそれに答えたのはイズである。




「当然でしょう。植物とは自然の恵み。つまりは自然そのものを操作できるということですわ。その気になれば大地を崩壊させ、いえ、文明そのものを壊滅させることだって可能になるでしょうね」




 ソルが「ほぇ~」と感心するように声を上げている。


 俺もイズの意見に賛同だ。




 単に植物を操ると聞いてピンとこないかもしれないが、植物の種類はそれこそ多岐に渡る。中には人間に害を及ぼすものだって多い。




 もしそのようなものまで自在に生み出せるとしたら、イズの言ったように人間が作り上げてきた文明なんて簡単に侵食されてしまうだろう。




「しかも五歳児、ということは能力の制御もままならないでしょうし。もしその力が何らかの要因で暴走してしまえば、地図を書き換えないといけないほどの被害が出ますわね」


「その通りだ、イズ……といったか、君はとても賢いのだな」




 ヨーフェルもイズの知識には感嘆しているようだ。




「当然ですわ。伊達にワイズクロウではありませんし」


「ワ、ワイズクロウ!? 君がそうだったのか!? ……初めて見た」


「エルフでもワイズクロウって珍しいのか?」


「当然だよ、ボーチ。ワイズクロウといえば、今では絶滅危惧種とされている稀少種なのだからな。昔はたくさんいたが、その知識と見た目の美しさから乱獲され数が減ったのだ。だから私も生きていて初めて見たぞ」




 モテる女は罪ですわね、と言わんばかりに胸を張っているイズ。




「とにかく彼女が言ったように、暴走すると危険な能力をイオルは有している。というよりあの子はまだスキルを制御できていない。当然だ。まだ五歳なのだからな」


「なるほど。だから早く確保したいというわけか」




 その子自身ももちろん心配だが、暴走が起きて周りに甚大な被害をもたらすのを止めたいという。




「なら急いだ方が良さそうだな」




 俺は《ショップ》スキルを用い、捜索に適したアイテムがないか検索し始めた。




「…………あった」


「!? 本当か、ボーチ!」


「ああ。今購入するからちょっと待ってろ」




 俺は選択したものを購入し、《ボックス》からソレを取り出した。




「……紙?」




 ヨーフェルが、俺が取り出したソレを見て眉をひそめながら口にした。


 確かに見た目は、ただのA4用紙にしか見えない。




「ま、ただの紙じゃねえけどな。これは《サーチペーパー》といって、ここに捜索したいもののプロフィールを記入することで、そいつのところへ案内してくれる優れモノだ」


「こ、このような紙がか? 案内ってどうやって……?」


「とりあえず騙されたと思って、ここに弟の情報をいろいろ書いてみな」




 半信半疑なヨーフェルに紙とペンを渡し、イオルの情報を書き込ませる。


 この情報は細かであればあるほど良い。まあ、今地球上にいる五歳児のエルフと書き込むだけでも、十分に絞れるだろう。他にエルフがこっちへ来ていなかったらの話ではあるが。




「おお、ずいぶん丁寧に書き込んだな。これなら問題ないだろう」




 名前、性別、出身地、年齢、趣味、外見などなど、探偵でも困らないような描写が刻まれていた。




「一体これをどうするというのだ?」


「まあ見てりゃ分かる」




 俺は紙から手を放す。普通はそのままヒラヒラと地面に落ちるだろうが、紙はそのまま宙に浮かぶとひとりでに形を変えていく。


 その造形は、まさに紙ヒコーキだ。




 すると紙ヒコーキは、ゆっくりと上空へ昇っていき、結構な高さまで上がるとピタリと止まった。


 そしてその場から一瞬にして消えた。




「き、消えた!?」


「いいや、ただ高速で飛んでっただけだ」


「と、飛んで行っただと?」


「ああ。あの紙ヒコーキは、刻まれた情報に該当するモノのところへ音速を超える速度で向かってくれるんだよ。地球上のどこにいるか分からんが、すぐに見つけてくれるさ」


「音速を……だ、だから消えたように見えたのか……! いや待て、アレを追いかけないといけなくはないか?」


「ああ、それも大丈夫」




 俺はもう一枚の紙を《ボックス》から取り出す。




「《サーチペーパー》は元々二枚で1セット。飛ばしたのは《捜索・情報送信用》で、こっちは《情報受信用》」


「情報……受信?」


「つまりはさっきの紙ヒコーキが探し物を見つけると、この受信用の紙にそいつの居場所の情報が勝手に刻み込まれてくるって寸法だ」


「お、おお……そのようなことが……! 私が知るアーティファクトでもそのようなものはなかったはず。まるで失われた古代アーティファクトのようなものだな」


「古代アーティファクト?」


「主様、僭越ながらわたくしがご説明申し上げます。古代アーティファクトとは、我らの世界で遥か昔に栄華を極めていた王国が造り上げたとされる錬金具のことですわ」




 イズが名乗りを上げて説明をしてくれた。




「錬金具? それも初めて聞いたな」


「今はもう失われた古代のスキル――それが《錬金術》なのですわ。かつてその王国には、大勢の錬金術師が存在し、《サーチペーパー》のような便利な道具を次々と生み出し、国を栄えさせていたのです。しかし王国は滅び、《錬金術》もまた過去の遺物として埋もれいきましたの。ただ彼らが造ったアーティファクトは、いまだに遺っており、それらを古代アーティファクトと呼び、国宝や世界遺産として保管されているのですわ」




 へぇ、そんな話がイズたちがいた世界にはあったのか。




 ということは俺のこのスキルで購入できるファンタジーアイテムは、もしかしたら古代アーティファクトもたくさんあるのかもしれない。




「実際にどうなんだ? 《サーチペーパー》ってのは古代アーティファクトなのか?」


「申し訳ございません、主様。わたくしも幾つか古代アーティファクトを知ってはおりますが、《サーチペーパー》についての知識はございません。不甲斐ないわたくしをどうかお許しくださいませ」


「いやいや、別に知らないならいいって。だからそんなに畏まるな。それにお前の知識にはいつも助けられてるしな、ありがとイズ」


「!? な、何とありがたきお言葉……! このイズ、歓喜で心が満たされておりますわ!」




 相変わらず大げさな奴だ。というかイズって俺のこと好きすきじゃね?




 しかしイズだってすべてを知っているわけじゃない。それでも彼女の古代アーティファクトの説明は興味を持った。あとでいろいろ聞いておこう。




「でもそんなすげえ王国が何で滅んだんだろうな」


「一説には大災害に見舞われたと言われておりますが、詳しいことは判明しておりません」




 イズが知らないならどうしようもないか。まあ過去のことだし俺には関係ないが。


 ただ《サーチペーパー》のようなものを次々と造り出せるなら、大災害だって何とか乗り越えられるような気もするけどな。




「……お、どうやらもう見つけたみたいだぞ」


「本当かっ!? 見せてくれ! …………読めん」


「あー日本語だしなぁ」




 齧りつくように紙を確認するヨーフェルだったが、当然のように言語が違うので分からないようだ。


 仕方なく俺が読んで教えることになったのだが……。




「……ん?」


「ど、どうしたのだボーチ!? ま、まさかあの子に何かあったのか!?」


「い、いや、ただ……思った以上に近場だったんでな」


「近場!? この無人島の近くにいるのか!? どこだ! どこにイオルはいるのだ!」


「落ち着けって。俺が近いって言ったのは、俺とお前が出会った場所からそう遠くない場所にいるってことだ」


「出会った……場所?」


「そう、つまりは日本の……俺が住んでた街だ」






 再び《テレポートクリスタル》で日本へと戻ってきた俺たちは、《サーチペーパー》に刻まれた情報をもとに、そこへ向かっていた。




 何でもイオルは現在三人の人間と一緒にいるとのこと。人間と聞いて不安になっていたヨーフェルだったが、《サーチペーパー》による見解では、その人間たちはイオルのことを大事にしてくれているらしく、それを聞いてヨーフェルはホッとしていた。




 三人とも女性で、会話の流れから恐らくは姉妹だということ。




 《サーチペーパー》は、俺たちが回収するまでは、探し人を常に監視し続けるので、その周囲の情報なども送ってくれるのだ。高性能マイクがあるみたいに、小さな声もちゃんと拾い上げるので、離れていても対象やその周囲の会話を情報としてこちらに送ることができるのである。




 今、イオル含めた四人は、車で移動中だという。


 どこに向かうかは、会話の中から判断できないらしい。まだそういう話題がされていないのだろう。


 俺たちは、《ジェットブック》に乗りながら、遥か上空から目的である車を追っていた。




「ん~……この方角は……【赤間霊苑】か?」


「アカマレイエン? そこはどんなとこなのだ、ボーチ?」


「墓地だよ。多くの人の墓がそこにあるんだ」




 そして俺にとっても無関係の場所じゃない。


 そこには親父とお袋の墓があるからである。




 もしかしたらその姉妹らしい連中は墓参りに行く途中なのかもしれない。


 霊苑は山道を登っていった先にあり、やはりというべきか霊苑に続く山を登り始めたようだ。十中八九目的地は霊苑だろう。




 だがその時である。紙に刻まれた文字を見て、俺は表情を強張らせた。




「……マズイ」


「は? どうかしたのか、ボーチ」


「ちょっと急ぐぞ」


「ボーチ……?」




 俺は真剣な顔を、【赤間霊苑】がある山へと向けながら口を開いた。




「イオルが乗った車が、モンスターに襲われてる」


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