第100話 まひなとイオル
まひなも、いきなり現れた子供を見てジッと固まっている。
「ちょっと、いきなり大声を出してどうしたのよ!」
そこへお姉ちゃんがキッチンの方から駆け寄ってきた。
「ん? どうしたの二人とも?」
「お、お姉ちゃん……あ、あれ……」
「あれ? 一体何があったって…………え?」
ようやくお姉ちゃんも、明らかに異常な花の中に眠る子供に気づく。
しばらく三人ともが押し黙った形で時間が流れる。
そんな中で、最初に口火を切ったのは――まひなだった。
「こんなとこでねてうと、かぜひくよー?」
寝ている子供の身体にトントントンと触りながら声をかけていた。
「……ん……ぁ」
すると寝ていた子供から目覚めの声が聞こえてくる。
パチパチと薄く開けた瞼を何度も開閉させると、ゆっくりと上半身を起こして、目元を小さな手でゴシゴシとかく。
そして思わず見惚れてしまいそうな紺碧の瞳が、わたしたちへと向けられる。
……可愛い……。
当然妹であるまひなだって可愛い。天使だと思っている。
でもまひなとはまた違ったベクトルというか、芸術品でも見ているかのような完璧に仕上げられた極地でも見ているような気分になった。
一本一本絹でできているようなサラサラとした金髪を持ち、肌は艶っぽくそれでいてモチモチと弾力がありそうだ。宝石のように透き通ったその瞳は見ている者を飽きさせない。そしてどこか儚げな印象すら感じるオーラを醸し出している。
可愛さと綺麗さ、それに品性が高いレベルで整った現実離れした至高の造形物。
テレビとかSNSで、本当に愛らしい子供やその写真がアップされることがあったが、その子たちと比べても明らかに格が違うほどの魅力を備えていた。
「……#$……&G……OI*?」
不意にその子供がキョロキョロと周囲を見回しながら口を開いた。
見た目だけじゃ男の子なのか女の子なのか分からない。けれどとても聞き心地の良い声音をしている。
ただ明らかに日本語ではない言語を喋っていた。
またよく見れば耳が横に尖って伸びている。明らかに普通の人間とは違うその耳が不思議で凝視してしまっていると……。
「……ふぇ」
キョトンとした表情が一変し、くしゃりと泣き顔に歪んだ。
無理もない。こんな小さな子が目覚めると、周りには誰も知らない人たちばかりなのだから。
わたしはすぐに安心させてあげるよう「あ、あのね……」と声を掛けようとしたその時だ。
「ふぇぇぇぇぇぇぇぇんっ!?」
甲高い泣き声が周囲に響き渡る。
ただそれだけなら別に問題はなかった。まひなもよく泣いてしまうこともあり、対処には慣れているつもりだったから。
しかしこれは一体どうしたことだろうか。
子供が泣き始めると、それに呼応するかのように周りの植物が急成長し始めたのだ。
「ちょ、ちょちょちょ、何よこれぇぇぇっ!?」
お姉ちゃんも驚愕とした様子で叫んでいる。
地面から伸びた草や蔓などが壁や家に絡みつき始め、
「お姉ちゃん!?」
お姉ちゃんの足も被害に遭い身動きを奪われてしまった。
いや、よく見ればわたしもすでに両足が草で拘束されていた。それが身体を伝ってきて、首をギュッと絞めつけてくる。凄い力でビクともしない。このままでは窒息してしまう。
わたしが育てていた枯れたはずの花々も、何故か息を吹き返したように咲き乱れ、茎が伸びて子供の周りに集まり、まるで子供を守るように盾となっている。
い、一体何が起きてるの!? これ、あの子が……!?
こんな不可思議なことができるということは、やはりあの子は人間ではなくモンスターなのかもしれない。
道理で人間離れした可愛さだと思ったその時、どういうわけかまひなだけは草や花などに襲撃を受けてなかった。
「ま……ひ……な……っ、ダ……メッ……!」
近づいたらこの訳の分からない力に殺されてしまう。
だがまひなを襲う植物たちはおらず、まひながそのまま子供の傍へと立ち、
「いいこ、いいこ」
子供の頭を優しく撫で始めたのだ。
「どっかいたいの? じゃあ、いたいのいたいのとんでけー」
まひながそう言うと、泣いていた子供がスッと泣き止み、まひなの顔をジッと見つめる。
そして……。
「……Y&?」
「まーちゃんはまーちゃんだよ!」
「まー……ちゃん?」
「うん! あなたはだーれ?」
「$S……$SH――イオル」
「いおる? いおるっておなまえなの? う~んと……じゃあ、いーちゃんだね!」
「いー……ちゃん……?」
ちょっと待って、何で意思疎通ができているの?
「ま、まひな? その子の言っていること、分かるの?」
「うん、わかるよー!」
……どういう原理でそうなっているのか分からない。ただ二人の間には言葉の壁などないように思えた。
「あのね、いーちゃんね、おねえちゃんをさがしてるみたいなの!」
「お姉ちゃん? この子にお姉ちゃんがいるの?」
「うん! ついさっきまでいたんだってー」
……なるほど。泣いたのは傍にお姉さんがいなかったからというのもあるようだ。
「いっしょにあそぼ、いーちゃん!」
まひなが両手をサッと子供――イオルちゃんの前に差し出すと、イオルちゃんも不安そうではあるが、ゆっくりとまひなの両手を掴んだ。
すると周囲を襲っていた植物の動きが止まり、わたしたちを拘束していた草たちも力が抜けたかのように地面に落ちた。
「はあはあ……た、助かったわ……」
お姉ちゃん、安心したのは分かるけど、股を広げて尻もちをついてる恰好は女子としてどうでしょうか?
けれど助かったのは事実だ。それもまひなのお蔭で。
わたしはそっとまひなの、イオルちゃんの傍に近づくと、イオルちゃんはわたしを見て怯えたようにまひなの背中に隠れる。
「だいじょーぶだよ、いーちゃん! まーちゃんのおねえちゃんだから!」
イオルちゃんが、まひなの言葉に対して何か尋ねると、
「うん! と~ってもやさしいよ!」
やっぱりイオルちゃんの言うことを理解しているようで、まひなが笑顔で応じた。
そこへお姉ちゃんも近づいてきて、わたしたちは膝を折って、イオルちゃんと目線を同じにする。
ハッキリ言うとちょっと怖い。間違いなくこの子は普通じゃないから。
けれどそれでも、今のこの子を見ていると、本当に寂しがる子供そのものにしか見えない。だから……。
「こんにちは、イオルちゃん。わたしは恋音っていうの。よろしくね」
通じるか分からないが、わたしは自分の胸に手を当てて「恋音」と強調して伝えた。
「こいね……?」
「そうそう。んで、私はこの子たちのお姉ちゃんの愛香っていうのよ」
お姉ちゃんもまた同じように、自分の名前を強調する。
「あいか……」
「こーちゃんにあーちゃんってよべばいいよ!」
まひながお姉ちゃん呼びではなく、たまにそうわたしたちのことを呼ぶ時がある。
「こーちゃん、あーちゃん……」
まひなの紹介により、少しだけ警戒を緩めてくれたようでホッとした。
「けど……あちゃあ……どうする、この状況?」
お姉ちゃんが周りを見ながら呆れたような声を出す。
草や蔓、そして花たちが伸び切って、まるで何百年も放置された庭園のような場所になってしまっていた。
「GR%……&XC」
自分がしたことだと認識しているのか、イオルちゃんはシュンとなっている。もしかしたら謝っているのかもしれない。
「あー大丈夫大丈夫! こう見えてお姉ちゃんたちは掃除が得意だから! ね、恋音!」
「へ? あ、ああそうそう! そうだよイオルちゃん! だから気にしないで!」
また泣かれて、植物たちが活性化したら手に負えなくなる。下手をすれば家が破壊されかねない。そう思えば本当にここにまひながいて良かったと心から思った。
恐らく同じ年頃の子供であるまひなだからこそ、イオルちゃんも心を開いてくれたのだろうから。
もしわたしとお姉ちゃんだけだったらと思うとゾッとする。
まひながイオルちゃんに、わたしたちがどう思っているのか伝えると、イオルちゃんもホッとしたような表情を浮かべてくれた。
「とりあえず掃除はあとにして、まずはイオルちゃんに話を聞いた方が良いわね。イオルちゃんもそれでいい?」
お姉ちゃんが尋ねると、またも不安気にまひなの服をキュッと掴むイオルちゃん。
まひなが「だいじょーぶだいじょーぶ」とイオルちゃんの頭を撫でると、安心して家の中へとついてきてくれた。
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