第97話 交わす誓い

「カガク……スキルとは違うのだな」


「!? ちょっと待ってくれ、今スキルって言ったか?」


「え、ああ……」


「ヨーフェルの世界じゃ、スキルってのは当たり前に誰もが持っているものなのか?」


「そ、そうだな……少なくともユグドラシルの恩恵を受けている私たちエルフには備わっているものだ」


「……そのユグドラシルの恩恵って何だ?」


「ああ、そっか。ボーチは知らないのだったな。世界樹ユグドラシルというのは、天を突くほどに巨大な樹木で、大地に豊かな実りを捧げてくれるものだよ」


「豊かな実り? 具体的には?」


「大地を富ませ、森を育み、人々を活かせる。恩恵のもとにあれば、誰もが平和で豊かな暮らしができる」


「自然を守ってくれてるということか? ……人々を活かせるというのがよく分からんが」


「恩恵によって私たちは病気にはかからないし、怪我だってすぐに治る」


「へぇ、そりゃ何とも便利なことだな」


「それにさっき言ったスキルという力を与えてくれる」


「与えて……? ユグドラシルからスキルを受け取るってことか?」


「そう。ただ稀にユニークスキルっていう唯一無二のスキルを覚醒させる者もいるが」


「!? 覚醒って、それは与えられたわけじゃないのか?」


「ユニークスキルは、元々その人が持っている才能のようなものだ。ただ一人に対し一つのスキルしか持てないから、ユニークスキルの持ち主は普通のスキルは与えられないが」




 ……俺はそのユニークスキル持ちだ。そして確かに〝覚醒した〟という画面が表示されていた。




 覚醒とは元々自分の中にあった力が目覚めることを意味するので、若干違和感があったが、彼女の言葉により、やはり元々俺の中にあったものだということを知ることができたのだ。




 しかし俺は異世界出身じゃないし、そもそもこの世界にはユグドラシルなんてものはない。




 ……まあそこらへんの解明は別にいいか。




 とりあえず異世界人は、スキル持ちが多いということだ。




「……ヨーフェルの様子じゃ、自分の世界に戻る術なんて分からないってことだよな?」


「あ、ああ。それに……」


「それに?」


「……もしかしたら私と一緒に、ある子もこっちへ来てるかもしれないのだ」




 ……そういえば探し人がいるような発言をしていたな。




「頼む、ボーチ! 私の弟を一緒に探してほしい!」


「……弟?」




 ヨーフェルには自分より十以上も下の5歳の弟がいるという。ここへ来る前、その弟と一緒に山菜取りをしていたらしい。


 ずっと傍にいたのに、気づけば自分だけが見知らぬ土地に来ていたというわけだ。




「なら弟はこっちに来てなくて、元の世界に残ってる可能性だってあるだろ?」


「いいや……弟はこっちに来ている」


「何の根拠があってそう思うんだ?」


「この街のどこかから……あの子の存在を感じ取れるのだ」




 よくは分からないが、エルフというかこの少女の独特な感性が働いている結果らしい。




「私たちの世界ではな、時々〝光隠し〟が起きるってされているのだ」


「光……隠し?」


「うむ。突然眩い光に包まれると、気づけば知らない場所へ立っている。私も初めて体験したが、まさか本当にあったとは……」




 つまりここで言うところの神隠しと似たようなものらしい。


 それまでそこにいた人、いや、人だけじゃなくて建物や自然物など、様々なものが光に包まれて消失する現象が稀に起こるのだという。




「あの時、あの子も一緒に光に包まれた。だからきっと……」




 悲し気に目を伏せるヨーフェル。確かに身内が訳も分からない土地に飛ばされたのだとしたら心配だろう。何といってもまだ七歳なのだから。




「殿、どうなされますか?」




 俺が思案していると、シキが俺の解答を求めてくる。




「そうだな……」




 ハッキリ言って異世界の情報はこちらとしても十分実のあるものだ。まず間違いなく、彼女が住んでいた世界と地球が、何らかの要因で干渉し合っているのが分かった。




「シキ、ソルもユグドラシルのことは知ってたか?」


「ソルは聞いたことがあるくらいなのです」


「それがしも詳しくは。イズ殿ならば知っているやもしれませぬが」




 今まで異世界について深く考えてこなかったが、こういう状況が生まれた以上は、異世界の情報は知っておくべきなのかもしれない。




「お願いだ、ボーチ。私はこの世界のこと何も知らない。もちろん土地鑑だってない。言葉も通じないし、君に協力してほしいのだ!」




 さて、どうしたものか……。




 正直異世界人という存在には興味が湧いた。これでもファンタジーな物語は好きだし、エルフやその他の種族についても知りたい。


 それに今後、彼女のような存在がこちらの世界に来ないとも限らない。もしかしたら強力なスキル持ちが現れ対立する可能性だってある。




 そうなった時に、少しでも有利な立場で事を構えておきたい。


 ただヨーフェルに手を貸す義理もないし、直接的なメリットもない。




 ならば一応確かめてみてもいいかもしれないな。




「……悪いが俺はタダ働きはしない主義なんだよ」


「え……?」


「ギブアンドテイク。ヨーフェル、俺が君に力を貸す代わりに、君は俺に何を差し出す?」


「そんな……私に差し出せるものなんて……! だが弟を探してくれたら何だってする! 必要であればこの身体だって好きにしてくれていい!」


「おいこら、滅多なことを言うもんじゃねえよ。そもそもお前の身体に興味はない」


「っ……そう、か。これでも多くの男たちには求められたのだがな」


「……淫乱なのか?」


「し、失礼な! これでも私はまだ生娘だ!」




 ああ、求められたって言い寄られたってことか。紛らわしいんだよ。一瞬、俺が嫌いなビッチかと思いドン引きしたぞ。




「…………! ならばコレでどうだ!?」




 そう言って、彼女が腰に下げている袋から何かを取り出して見せてきた。


 それは手にチョコンと乗る程度の大きさの石だ。


 ただそれは俺にも見覚えがあるものだった。




「まさかこれは……ダンジョンコアの欠片か?」


「おお、良く知っているな! この世界にもダンジョンがあるのか?」




 やはり《コアの欠片》だったらしい。




「これを持っているということは、ヨーフェルはダンジョンを攻略できるのか?」


「こう見えてもエルフの中では腕利きだぞ。私の弓は蜂の眉間を射貫く」




 つまり彼女はダンジョンを攻略できるほどの実力を持っているということ。しかもコアを破壊し、欠片を手にすることも可能な存在だ。ここが『使い魔』たちと大きく違うところである。




 ちょっと待てよ。コイツを利用できれば、複数のダンジョンを攻略することもできるよな。


 《コアの欠片》は高額で売却できる。今までは俺しかコアを破壊できなかったが、ヨーフェルがいれば、より多くの欠片を手に入れることが可能になるのだ。




 しかし俺は人間に期待しない信頼することは……あれ? エルフってそもそも人間じゃねえよな?




「…………ヨーフェル」


「何だ?」


「俺は確かに君の力になれるだろう」


「う、うむ」


「しかし残念なことに、俺は過去の経験から人を信頼することができないんだ」


「そ、それは……?」


「君は、俺を決して裏切らないと誓えるか? もし誓えるなら、俺の手足となって動いてもらう。ああ、勘違いするなよ。俺が欲しいのは純粋な労働力だ。その代わり、君の弟は必ず見つけ出すと約束する」




 俺の言葉を受け、彼女はジッと俺の真意を探るように見てくる。


 そして身体に装着していた弓を取り、スッと片膝をつき弓を前に突き出す。




「我らエルフは、一度交わした誓いは決して違えることはしない。この弓にかけて、あなた様を裏切らないと宣言する。だから……私に力を貸してもらいたい」




 ただの言葉と態度でしかない。ここに説得力や強制力なんて微塵もない。


 だが相手はエルフだ。人間じゃない。いうなれば俺にとってソルやシキたちと同じような存在かもしれない。




 ……見極めてみるのもいいかもしれないな。




 エルフだってしょせんは人間と同じなのか、それとも一度口にした言葉を何が何でも貫くような存在なのか。




「……分かった。ならその身体、存分に俺のために尽くしてみろ」




 こうしてまだ完全には信用できないが、新たな仲間としてエルフを手に入れたのであった。




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