第98話 ヨーフェルのスキル
俺はヨーフェルを連れて、拠点である無人島へと舞い戻っていた。
久々の帰還ということで、真っ先に俺の存在に気づいたイズが飛んできたのだが、当然見慣れぬ者の姿を見て訝しむような顔を見せる。
そしてすぐにヨーフェルがエルフだと見抜き、俺は彼女についての話をイズに聞かせた。
「なるほど。まさかこの世界にエルフまでやってきているとは思っていませんでしたわ」
「それでヨーフェルには労働力を対価に、弟を探し出してやる約束をした」
「ふむ、それは良い考えかと。エルフのその多くはスキル持ちで、戦闘能力が高い種族でもありますから、きっと主様のお役に立つはずですわ」
イズのお墨付きなら問題ないだろう。
「それにエルフが誓いを重要視しているのも事実ですわ。一方的に誓いを破ったりはしないでしょう。約束や誓いを何よりも重んじる種族ですから」
本当にイズの知識は助かる。これでヨーフェルへの警戒もさらに下がった。
ヨーフェルを見ると、そこから見えるモンスターたちの集落を見て驚いた様子で、何か考え事のようなものをしていたので、「ヨーフェル?」と尋ねてみる。
「……遥か彼方にある地……モンスターたちを統べる人物……まさかあの予言が……?」
「予言? 何言ってるんだ、ヨーフェル?」
「! あ、いや、何でもない。少し気になったことがあっただけだ。すまないな。それで、何か?」
何やら気になることを口にした彼女だが、とりあえず優先的に聞くべきことを聞く。
「そういえばヨーフェル、お前はどんなスキルを持ってるんだ?」
「私が有しているのは《幻術》だ」
「幻術? ってことは、相手に幻を見せたりできるってことか?」
「解りにくいならやってみせよう。――《幻炎》」
突如ヨーフェルがサッと上げた右手から炎が出現した。
「火? それって触れても大丈夫ってことか?」
「ああ、今は幻術強度を下げているから触れても熱くはない」
「幻術強度?」
「それも含めて説明する。まずは触れてみてほしい」
俺は言われた通り、恐る恐る触れようとするが、
「殿! いけませぬ! 何事もまずは我らが毒見役をしたあとでなくては!」
いきなりシキから叱責が飛んできた。
いやまあ、確かにその気遣いはとてもありがたいんだが……。
「大丈夫だろ。ここで俺に何かするようなら、ヨーフェルはお前らに殺されて終わる。弟探しだってできなくなるし。それにイズが言ったように、一度交わした誓いを破るような種族じゃねえんだろ?」
「その通りですわ、主様。ですがそれとは別で、
「……そっか。お前らが俺のためを思って行動してくれているのも分かってる。ならシキ、お前に任せるぞ」
「はっ、お任せください」
そう言うと、シキが炎へと触れた。
「ふむ。何も感じませんな」
「そうだろうな。先程も言ったように幻術強度を下げているからな。今はただ炎の映像がそこに映し出されているようにしか感じないはずだ。しかし強度を上げると」
「……むっ!?」
慌ててシキが炎から手を引いた。そして自分の手を見ながら眉をひそめている。
俺が「どうしたんだ、シキ?」と尋ねると、
「……熱さを感じました。それこそ本物の炎のような。しかし実際には手は熱くなっておりませぬし、焦げた痕も見当たりませぬ」
「へぇ、つまり幻術強度を上げることによって、より本物のように錯覚させることができるってことか?」
「おぉ、ボーチは賢いな。その通りだ。ちなみに最初に見せた幻術強度はレベル1。これをレベル2に上げると炎の熱さを感じさせることができる。レベル3になると実際に身体に直接的な害を及ぼすくらいにまで発展させられる」
「幻術でそこまで? さすがに有り得ぬのではないか?」
シキの言い分はこうだ。いくら錯覚させても、実際に火傷を負わせたりそれ以上のダメージを与えることなどはできないと。
だが彼の言葉を否定したのはイズだった。
「脳というのは複雑でいて、単純なものでもありますわ。シキ殿、炎という事象を見て何をイメージしますか?」
「何を……イメージ? ふむ……熱いとか燃える……などか?」
「では肉体が炎に触れると?」
「それは火傷を負ってしまうであろうな」
「そう、そのイメージが錯覚をより強くさせてしまうのですわ」
「む?」
「幻とは脳が錯覚している状況を示す。そしてより強い錯覚は、幻を現実化してしまうことだってあるのですよ」
「どういうことだ?」
「こういう事例がありますわ。催眠で何の変哲もない鉄の棒を、熱した火の棒だと錯覚させ皮膚に棒を触れさせたら、実際に火傷を負ったのです」
「!? それは誠なのか?」
確かにそういう話は幾つもある。脳が認識するものが正しくて、それが肉体へと影響を及ぼすのだ。
イズが言ったような催眠が良い例だろう。実際にそこにあるわけでもないのに、あるように見えたり、酸っぱいものを甘いと感じさせたり、脳にそう思い込ませることで、それが真実として植え付けることができるのだ。
つまり幻とは、そういった思い込みによって形作られているということ。
「私の《幻術》は、相手の五感を刺激し、より錯覚しやすいようにさせることで、幻に現象力を与えているのだ」
「つまりヨーフェルはやろうと思えば、今すぐにここを火の海に変えることもできるし、美しい花々が咲き乱れる庭園にすることだってできる。だろ?」
「あくまでも本物ではないがな」
だが強力なスキルだ。応用範囲だって広いし、戦闘でも十二分に活かせる力でもある。
これは良い拾い物をしたかもしれない。
「ただ残念ながら《幻術》にも制限があってな。この程度の炎ならば長時間維持できるが、大規模なものになると維持するのが難しくなる。それに対象は私の姿を見ている者に限られるしな」
まあ、どんな力だって大きくなればなるほど要求されるものも多いだろう。リスクや制限があって然るべきだ。
それでも彼女の持つ力は十分役に立つだろう。
「これが私のスキルだ。ただ……ボーチのスキルは一体どういったものなのだ? モンスターを使役したり、奇妙な道具を何もないところから取り出したり、それにボーチ自身も十分に強い。有り得ないことだが、もしかして複数のスキルでも持っているのか?」
当然全部ショップスキルの恩恵ではあるのだが、ここで彼女に説明するかどうかは悩む。
誓いを裏切らないとはいっても、あくまでもそれは弟を見つけるまでの間だ。一応俺の能力を他言しないように誓わせることもできるが、さてさて……。
「……俺の力を絶対に他言しないって誓えるか?」
「自分の力ならいざ知らず、他人のことをベラベラと喋るような愚か者ではないぞ私は。それに私の言葉はこの世界の者には通じないしな」
……あ、そうだったな。いわゆる異世界語を喋るんだった。
「まあとにかく、俺のことを無暗にバラさないと約束できるなら教える。実際にその力でお前の弟も探すことだしな」
「ならば当然誓う。私にとって弟はすべてだ。あの子を探してくれる者の信を裏切るようなことはしない」
俺はそういうことならと、ヨーフェルに自分のスキルのことを伝えた。
ただ事細かに説明したのではなく、金さえあればいろいろなものを手にできるということだけを教えた。
「そうか。ならこの《コアの欠片》も自由に使ってくれ」
「いいのか?」
「それで少しでも弟を助け出す糧にしてもらいたい」
俺は遠慮なく、彼女から幾つもの《コアの欠片》をゲットすることができた。これだけでも売却すれば、結構な額になるので嬉しい。
「しかし《ショップ》スキルとはまた奇妙な……初めて聞いたな」
「ヨーフェルが住んでたとこでも、俺みたいな奴はいなかったのか?」
「いない。そもそもユニークスキルなのだろう? 同じスキルは存在しない。それに普通のスキルと違って、ユニークスキル持ちは百万人に一人いるかいないからしいからな。私が知っている中でも、ユニークスキル持ちは一人だけだった」
やはりユニークスキルは稀少らしい。エルフの長い歴史でも僅か数人程度で、彼女が住んでいたところでも一人しかいなかったという。
「ボーチ、君のその力で弟を探してくれるというわけだな?」
「まあな。捜索に有効なアイテムだって幾つかあるし」
「ならできるだけ早く頼みたい。きっとあの子は一人だ……心細い思いをしているだろう。それに……危険もあるしな」
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