第95話 言葉が通じない者

 ――数日後。




 無人島から再び日本へ戻ってきた俺は、訪問販売とダンジョン攻略請負人としての仕事をこなし、それなりの金を稼ぎ回っていた。




 そして本日、とある場所へと向かっていたのだ。


 それは以前『平和の使徒』と取引をした埠頭である。




 そこにある第四倉庫に入ると、《コピードール》を使って円条ユーリに化けさせ、そのまま彼には第三倉庫へと向かってもらった。


 俺はその様子を、モニターを使い確認する。




 何故ここに来たのか。それは『平和の使徒』のリーダーである大鷹さんから、また新たに取引がしたいという願い出があったからだ。




 しばらく円条ユーリが第三倉庫で待っていると、どこからか車が走る音が聞こえてきて、第三倉庫の手前で数台の車が停まった。


 そこから出てきた連中が、円条ユーリの前に姿を現す。




「やぁ、お久しぶりですねぇ、『平和の使徒』の皆さん」


「そうだな円条。取引に応じてくれて感謝する」


「いえいえ。あなた方はお得意様ですから。それに先日の件ではお世話になったので」




 先日の件とは、【王坂高等学校】の攻略の際、外側で少し彼らには働いてもらっていたのである。




「いいや、お前がくれた情報のお蔭で、この街で悪さをしていた組織を潰せたしな。攫われた女性たちも救出することもできた。……手遅れだった者もいたがな」




 『イノチシラズ』のリーダーである崩原才斗の相棒にチャケという男がいる。その男には彼女がいて、その女が俺たちが敵対していた流堂に監禁されていた。


 その他にも流堂は、自分の欲望の赴くままに、大勢の女性たちを拉致し囲っていたのである。




 流堂に最大のざまぁをお見舞いするために、こっそりと救出を大鷹さんに依頼したわけだ。


 まだ誰にも手を付けられていなかった女性たちは無傷で救出できたが、中にはすでに暴行された者たちもいたらしい。そして酷い者は自殺をしたり、心を壊したりしていた。




「それでも手遅れにならなかった者たちがいる。そう割り切るしかありませんよ」


「……そんな簡単なもんじゃねえよ」




 まあ、正義感の強い彼にとっちゃそうかもしれないけどな。




「そんなことより、また武器を見繕ってほしいっていう依頼ですか?」


「ああ。それと……」




 大鷹さんが一人の人物を促すように、円条の前に出した。




 ……誰だ?




 何やら灰色のローブを纏い、フードで顔まで隠していて、一見して不審者みたいだが……。




「……コイツに関して少し、な」


「……新しいメンバーですか?」


「いや、そういうわけじゃ……」




 何だろうか。大鷹さんの、この奥歯に物が挟まったような様子は。




「とりあえず紹介するぜ、コイツは……」




 大鷹さんがそう言おうとした直後、ローブの人物がサッと手を上げ、大鷹さんの言葉を途中で止めさせた。自分で自己紹介をするつもりだろうか。




 そいつは、そのままおもむろにフードを取ると、そこから思わず黄金が溢れてきたのかと思うほど美しい金髪が姿を見せた。


 それだけなら別におかしくはない。今時金髪の日本人なんて珍しくはないからだ。




 だが俺はその人物のある部分を見て驚愕してしまう。


 何故ならこの地球に住む人種では、有り得ない形をしていたからだ。


 言葉にすると簡単だ。




 ――横に長く尖った耳。




 しかしそんな耳の持ち主はこの世にいないはず。無論無理矢理整形したなら別だが。


 ただ煌びやかな髪に、神々しささえ感じるほどの美貌。そして吸い込まれるような紺碧の瞳に、違和感のある耳。




 そのパーツを合わせた存在については、知識だけはあった。




 それは――。




「――――エルフ?」




 モニターを見ながら、俺は無意識に呟いてしまっていた。




 い、いやいや待て待て! エルフなんているわけがないだろ! コスプレ? あれは付け耳とかっていうオチなんじゃ……!




 混乱している俺をよそに、その人物は少し不安そうな表情で口を開く。


 しかし……。




「#$GY&FXBJ?#$……」




 ……何を喋っているのかまったく分からない。




 必死に何かを訴えかけている感じだが、その真意を掴むことができないのだ。


 英語でもフランス語でもない……。




 円条が言葉を理解できていないことが分かったのか、ガッカリとした様子で肩を落とすエルフっぽい人。




「見ての通りだ。何かこう……言葉が通じなくてよぉ。お前さんならもしかして分かるかもって連れてきたんだが」


「……彼女とはどこで?」


「俺たちが実地訓練をしてる森があるんだけどよ。そこで……拾った?」


「拾った?」


「まあウロウロと彷徨ってたみてえでな。話を聞こうにもこんな感じだし、とりあえず飯を食わせてから、仲間たちにもいろいろ聞いてみたけど、誰も通訳できなくてな」


「それで僕のところを連れてきたと」


「ああ。お前さんは世界を股にかけてる商人だろ? だったら意思疎通くらいできるんじゃねえかってよ」




 なるほど……それにしても森で彷徨ってた? たった一人で?しかも言葉が通じない。




 ……不自然過ぎる。何で言葉も通じない国に一人で森なんかにいたのか。しかもコスプレしながら。




「……あの、大鷹さん。彼女の外見、おかしいとは思いませんか?」


「あ? あー……あの耳だろ? 仲間の奴らも驚いてたな。エルフだ、エルフが現れたぞってよ! ところでエルフって何だ?」




 どうやら大鷹さんはそういった造詣に深くはないようだ。




「あの耳は本物なんですか?」


「一応相手は女だし、うちの仲間にいる女たちに確かめてもらったけどな……」


「……本物、でしたか」


「……信じられねえけどな」




 大鷹さんの表情を見て分かった。まあ誰だってまずは調べたくなるだろうし、やっぱり大鷹さんもちゃんと確認していたようだ。




「エルフは空想上の生き物ですよ。もちろん地球には存在しないはずの、ね」


「……アイツらも漫画とかゲームに出てくるとか言ってたが、マジなのかよ……。あ、ちなみに名前はヨーフェっていうらしいんだけどよ……多分」




 これは一体どういうことだろうか。




 あの耳が本物だということは、やはりエルフ?


 仮に本物だとして、何故この地球に?




 いや、それについては仮説はもう立っている。


 この地球は現在、異世界のようなダンジョンが次々と出現していた。そして地球上に存在し得ないはずのモンスターも現れている。




 つまりダンジョンやモンスターだけじゃなく、異世界に元々住んでいた者たちもまた、こちらにやってきている可能性がある。


 考えなかったわけじゃない。異世界には俺たちみたいな人種だっているかもしれない。




 もし地球と異世界が、何らかの要因で融合しつつあって、そのせいで今のような状況になっているのなら、いずれ異世界に住んでいる者たちも、こちら側にやってくるのではと推察はしていたのだ。




 しかし一ヶ月以上経っても、そういう節は見当たらなかったので、異世界には人種はいないか、それとも異世界と融合という考え方が間違っているのかと思っていた。




「……だがこうなったら考えを修正する必要があるみてえだな」




 まだ本物だと断定するのは早計かもしれないが、一応本物だとして動こう。


 俺は《ショップ》スキルを発動させ、検索ワードで〝翻訳〟という文字を入れる。 




 すると幾つかこの場に相応しい商品が表示された。


 その中の《翻訳ピアス》というアクセサリーを購入し、さっそくその青いピアスを右耳につける。




 そしてモニター越しに、ブツブツと呟いているエルフの言葉に耳を傾けた。




「あぁ……どうすればいい。やはり言葉が通じない。私は一刻も早くあの子を見つけなければいけないというのに……!」




 問題なく翻訳は成功しているようだ。


 それよりも気になるのは、彼女の発言だ。




 ……あの子?




 どうもこのエルフは誰かを探しているようだが……。










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