第94話 ご褒美グルメ

「――なるほどな。この湖から水路を敷いているわけか」




 歌のレッスンが一通り終わったところで、俺はイズに水路開設の説明を受けていた。


 無人島にはそこそこ大きな湖があり、そこから村へと水路を築くつもりらしい。




 水路が開設できたら、いよいよ本格的な農業を行うようだ。




「それで主様、栽培される食物の種などを頂ければ嬉しいのですが」


「おっと、そうだったな。まだ渡してなかったっけか?」




 一日で整地が終わって畑作りまで漕ぎつけるとは思ってなかったので、種はあとで渡そうと考えていたのである。




 俺は〝SHOP〟で購入した幾つかの種をイズに渡しておく。


 どんな植え方をすれば実が成るのかなどの知識は、俺が説明せずとも最初からイズが知っているということなので楽だ。さすがは『空飛ぶ図書館』である。




「あ、そうだイズ。夕食時になったら、みんなを俺の家の前に集めてくれ。一日頑張ってくれた褒美に、今日は俺が美味いもんを御馳走するからな」


「まあ、それは彼らも狂喜乱舞することでしょう! 承知致しましたわ」


「じゃあさっそく俺は調理に入るか。シキ、ソル、二人も手伝ってくれ」


「はいなのです!」


「何なりとお申しつけください」




 俺は二人を連れて家の前へと戻ると、〝SHOP〟に入って食材を購入する。




「モンスターの数もかなり多いしな。巨大な鍋でシチューでも作るか」




 幸い〝SHOP〟には、五右衛門風呂よりも大きな鍋が売っている。




 この鍋のように、普通使わないだろうと思うような巨大かまどもあって、それも購入し大地に設置して火を焚いて、その上に鍋を設置した。


 そうして次々とシチュー作りの手順を行っていく。




 食材を炒めるだけでも大変だが、シキたちと一緒に鍋に入れた具材などを、これまた大きな棒を使って炒めていく。


 肉に関しては好物な連中ばかりなので、野菜よりも大量に放り込む。




 そして極めつけはトマトジュースである。これも牛乳と一緒に大量投入した。


 すべての手順が終わったあとは、コトコトと煮込むだけ。




「よしー、シチューに関してはこれでいいとして、次は大型モンスターのためにステーキでも作るかねぇ」




 これまた《ショップ》スキルを使って、マンガ肉のようなデカイ肉があったので購入し、ステーキ用の焼き台を使って炭火焼きをしていく。


 ちょっと手が足りないので、《コピードール》で自分を作って手伝わせることにした。




 簡単にご馳走を作るとは言ったが、やはりかなり大変な作業になってしまったが、料理自体は好きなので楽しんでできている。


 ソルやシキも文句一つ言わずに手伝ってくれていた。




 そうして初めて使うような調理器具を駆使しながら、外で調理をし続け、気づけば夕食の時間がやってきてしまった。


 そこへゾロゾロとモンスターたちが姿を見せ、一様に鼻をヒクヒクとさせながら涎を口から零している。




「よーし、最後の追い込みだ! みんな頑張るぞ!」




 俺の言葉に、ソルたちもラストスパートで一気に駆け抜けていく。


 そして何とかすべての料理は完成した。




 辺りには腹の虫を刺激するような良い香りが充満しているので、モンスターはもう待ち切れないといったような様子だ。




「あなたたち! 今日は特別な日よ! 主様がわたくしたちのために、自ら食事を御用意してくださったわ! まずはそのことに感謝致しなさい!」


「「「「グオォォォォォォッ!」」」」


「もっと大きな声が出せないのかぁっ!」


「「「「グオォォォォォォオオオオオオオオッ!」」」」


「まだまだぁっ!」


「「「「グオォォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオ」」」」




 イズの合図で、言われずとも隊列を整えたモンスターたちが、声を上げながら頭を下げている。よく訓練された軍人を見ているようだ。ていうかちょっとうるせえ。




「そ、そこらへんでいいよイズ。料理はあったかいうちに食うのが一番だ。ほら、皿を取った奴らから、好きに料理を取ってけ。ただし、割り込んだり独り占めは無しだ。ケンカしたりするんじゃねえぞ!」


「主様から許可を頂きましたわ! では皆さん、解散!」




 テーブルに陳列された食器を各々が手に取り、次々と料理を皿に乗せていく。


 当然モンスターたちの大きさに合わせての皿も用意している。




 特に一番大きなブラックオーガについては、特別に専用の窯を用意して、そこにシチューを作ってやった。




 モンスターたちは酒も飲むということで、巨大ダルの中に大量のビールを用意してやり、そこから自由にコップに注げるようにした。


 料理や飲み物を確保した者たちが、次々と好きな場所で腰を下ろす。




 そして俺たちも自分の分を取って席へ着く。




「では主様、よろしければお一言を」


「分かった。えーイズの言ってたように今日は特別に料理を用意させてもらった。初めての作業でのお疲れ様会ってことでな。これからはお前らは森や漁に出てゲットした食材や、農作業で育てた作物、そして俺の差し入れ食材などを、自分たちで調理していくように。調理の仕方もイズが教えてくれるはずだ」




 まあ実際、コイツらはダンジョンのモンスターで、飢えで死んでもリスポーンするから俺としては食べさせなくても問題はないが、飢えで仲間割れなどされたり、いざここを襲撃された時に腹が減って力が出ませんでしたでは話にならない。




 それにこうして知識をつけていくことで、きっと戦い方にも幅が出てくるだろうから、その分確実に強くなるはず。だからコイツらにはいろいろなことを経験させるつもりだ。




「今日は大いに食べ、酔って、楽しめ! 明日からまた頼んだぞ! じゃあ、いただきます!」


「「「「グルオォォォォォォォォォッ!」」」」




 一斉に食事を始めたモンスターたち。余程美味いのか、誰も脇目も振らずに料理を口に掻っ込んでいる。




 しかも早くも食べ終わり、おかわりの列が並んでいるのだから凄い食欲だ。喜んでもらえているようで、作った俺としても満足な光景である。


 じゃあ俺もと思い、まずはシチューに手を付けた。




「あむ……ん~、やっぱ《トマトクリームシチュー》にして正解だよなぁ。このトマトの酸味が何とも食欲をそそるし」


「はい。それに身体も温まりますし、ニンジンやジャガイモも柔らかくてとても美味ですな。あと何といってもこの肉。口に入れただけでホロホロ崩れて旨みが広がっていきます」




 シキも絶賛のこのシチューに入っている具材は、どれもただの食材ではない。


 いわゆるファンタジー食材だ。その中でも肉は、少し奮発して《サウザンドボアの肉》を使用している。




 コイツは千年生きていると言われている猪で、長い年月で培われた肉は、とてもジューシーで旨みがグッと凝縮しているのだ。臭みもなく王宮でも祝宴で度々振る舞われる極上の食材らしい。




 この肉とトマトの相性が抜群で、一緒に煮込むことでとてつもなく柔らかい仕上がりになるのだ。しかもコラーゲンもたっぷり含まれているようで、女性にとっても嬉しい食材である。




「はぁん……さすがは主様。これほどのものを頂いてしまったら、他のものが作った料理など食べられないではありませんかぁ」




 恍惚な表情でシチューを口にしているイズ。そこまでの評価は行き過ぎだと思うが、悪くない気分だ。




「ぷぅ~! ソルはこのマッシュポテトが一番なのですぅ!」




 ……ソル、お前そればっかだな。




 コイツ用に作ってやったが、シチューやその他の料理よりも、やはり大好物の方が彼女にとっては一番らしい。




「おチビさん? マッシュポテトだけではなく、他のものも食べなさいな。せっかく主様がお作りになられたのですから」


「ちゃんと食べてますもん!」


「……一口だけね。それにロールキャベツにはまったく口をつけていないではないですか」


「ぷぅ……だって熱いし……」


「フクロウなのに猫舌ですか? ほら、零してますわよ、レディがはしたない」




 そう言いながら、テーブルを布巾で拭いてやるイズ。


 やはり仲が悪いというよりは、手のかかる妹を教育する姉のような関係だ。




 ソルも文句を言いつつも従っているので、こうして見ていると微笑ましい。




「ふむ、確かにこのロールキャベツは熱いですが……はふ……はふはふ……んぐ。このコリコリとした食感がたまりませんなぁ」


「そうだろシキ。そいつは《サウザンドボアの軟骨》を使ったつくね団子を《ピリカラキャベツ》で巻いたもんだしな」




 だからコリコリするのは軟骨の食感なのだ。それに巻かれた《ピリカラキャベツ》は、その名の通り、元々ピリ辛成分が混じっていて、食欲を刺激する効果がある。


 少し辛めの料理が好きな奴にとっては、ご飯が大いに進む料理だ。




 ブラックオーガをチラリと見ると、《サウザンドボアの丸焼き》を頬張っていた。一体二t以上もあるそいつを美味そうに食っている姿を見てると、とても以前命がけで戦っていた相手とは思えない。




 そうして賑やかな食事パーティも終わりの時間がやってくる。


 腹が膨らんで満足した奴らが、こぞってそのまま横になって眠っていた。




「はぁ……まったく、だらしのない光景ですわね」


「はは、幸せそうで何よりじゃねえか。だろ、イズ?」


「主様がそう仰るなら。それで主様、これからはここを拠点として活動なさっていくのですよね?」


「おう、そのつもりだ。福沢家からは出たからな」




 それでも《テレポートクリスタル》を毎回使うには効率が悪いので、ここに戻ってくるのは数日に一度くらいだと思うが。




「明日にはさっそくまた向こうで商売だ。ここの管理は任せたぞ、イズ」


「お任せを。……ですが」


「ん?」




 イズが顔を背けてモジモジとし始める。




「その……で、できればでよろしいんですが……」


「何だ? 何かしてほしいことでもあるのか? 別にいいぞ。お前にはこれからも迷惑をかけるからな」


「ホントでございますか! で、ではその、か、か、肩の上に乗ってもよろしいでしょうか!」


「は? か、肩? 俺の……だよな?」




 コクコクと素早く頭を振ってくる。




「……別にいいが、そんなんでいいのか?」


「よいのですわ!」




 何故そんなに興奮しているのか分からんが、俺はあっさりと許可を出してやった。


 するとイズは満面の笑みを浮かべて、俺の肩の上に飛び乗ってくる。




「はぁぁぁぁうぅぅん……! 幸せですわぁ……」




 本当によく分からないが、どうやら満足してくれているようで何よりだ。




 そういえばソルが俺の肩に乗ってた時に、コイツ……怒ってたよな?


 馴れ馴れしいとか何とか言って。あれってもしかして……自分もやりたかったからか?




 今も俺の肩に乗って、嬉しそうにハミングをしている。その歌声は安らぎを与え、寝ている者たちの表情が穏やかになっていく。




 確かこれは《安眠のノクターン》だっけか?




 聞くと眠くなり、寝ている間は自然回復力が増して、一時間ほどで数倍の安眠効果を得られるという。


 そうして俺も彼女の歌声を聞きながら、静かに夜を過ごしていったのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る