第93話 イズの力
「――お帰りなさいませ、主様」
家の玄関前に転移した俺を、さっそくイズが出迎えてくれた。
事前にこの時間帯に戻るという報告をしていたのだ。
「ぷぅ? この方が新しい『使い魔』なのですね、ご主人!」
「そうだソル。紹介するよ。彼女はイズ。この島の管理を任せている子だよ」
「初めましてですぅ、ソルはソルっていいますです!」
「……イズですわ」
「わぁ~、同じ鳥型なんて嬉しいのですよぉ!」
俺の肩の上で、嬉しそうに翼をパタパタとはためかせ喜ぶソル。
だがその時である。
「おほん! ソル……さん? いつまでそのように主様に慣れ慣れしく触れてらっしゃるのですか?」
「ふぇ?」
ソルがキョトンとしたが、俺も「え?」となってしまった。
「あなたは『使い魔』なのですわよ? もう少し立場というものを弁えたらいかがかしら?」
「え、えと……イズ?」
「気安く主様がわたくしのために考えに考え抜いた名を口にするのは止めてくださる?」
いや、別に考え抜いたっていうか、モンスター名から分かりやすく抜粋しただけなんだけど……。実際にソルやシキだってそうだし。
「わたくしのことはイズ様と呼ぶことを許可します」
「な、何でソルがイズのことを様付けしなきゃならないんですかぁ!」
「それはわたくしが、あなたよりも主様の信頼を得ているからですわ!」
「そ、そんなことないですもん! ソルだってご主人のお役に立っているです!」
「ふふふ、早く飛ぶことしかできないのに?」
「んな!? そ、それだけじゃないですもん! 火だって吹けるし!」
「ま、乱暴な。それにシキ殿から聞きましたわよ。あなた、その身体に似合わずに大食らいだと。何でも羨ましくも主様の手料理を、主様の分まで平らげたことがあったらしいですわね?」
「そ、それは……」
ああ、確かにあったなぁ。まだ食べてる途中の俺の料理を見て欲しそうにしてたから、ソルに上げたんだっけ?
「恥知らずな。我々『使い魔』が主様のものにまで手を付けるなどと嘆かわしいですわ」
「う……うぅ……」
「そんなことよりもさっさと主様から離れなさい。御身に堂々と触れるようなそんな羨ま……不躾な振る舞いはわたくしが許しませんよ?」
あれ? 今羨ましいとか言いそうになってなかった?
「ぷぅ! 別にご主人が嫌がってないからいいのですぅ!」
「主様はお優しいですから口になさらないだけです。そんな毛むくじゃらの臭そうな身体を擦りつけて主様を穢さないで頂きたいですわね」
「け、毛むくじゃらって! そんなこと言うならイズだってそうじゃないですかぁ!」
「だからわたくしの名前を気安く呼ばないでくださいな。それにあなたと一緒にしないでください。わたくしの羽毛は一枚一枚宝石のように美しいのですから」
確かにイズの純白の羽毛は光沢をも放っていて美麗だ。佇まいだけで絵になるといっても過言ではない。
「かつてワイズクロウは存在そのものが芸術品だとされ、多くの著名な芸術家にも愛でられたことを知らないのですか? この羽毛一枚ですら高値で取引されたことがあるくらいです。対してあなたはどうです? ソニックオウル……早く飛べるだけのフクロウではないですか」
「むぅぅぅぅぅ~!」
あらら、ソルの奴、頬を目一杯膨らませてハリセンボンみたいになってる。
どうやら口ではイズには勝てないらしい。
ていうかまさか、ここまで仲違いをするとは思わなかった。同じ鳥同士なので同族嫌悪といった感じだろうか。
「ソルだってぇ! ソルだって――可愛いってご主人に言われてますもんっ!」
「お可哀相に……それが主様の同情であることも知らずに」
「ぷぅぅぅぅぅ~っ!」
……やれやれ、そろそろ割って入ってやるか。
「こーら、そこらへんにしとけ二人とも」
「申し訳ありませんでした主様。自重しますわ」
「ぷぅ! だってご主人!」
「あら、主様の命令は絶対ですわよ。抗弁するなんて、『使い魔』の資格があるのかしら?」
「ほらぁ、これぇ、ムッとくるですぅ! もうっ、もうっ、もうっ!」
いや、イライラするのは分かるが、俺の肩の上でバタバタしないでくれない? 爪が当たって結構痛いんですけど……。
「……はぁ。お主ら、そこまでにしておけ。殿の貴重な時間をこれ以上無駄に費やすことこそ『使い魔』失格だぞ」
「……そうでしたわね。わたくしとしたことが……ご忠告痛み要りますわ、シキ殿」
「ぷぅ……分かったのですぅ」
さすがは大人なシキ。本当にお前は頼りになる奴だな。
「ま、人間同士だって性格が合わない奴はいる。別に無理矢理仲良くしろなんて言わないが、周りに迷惑をかけるような諍いだけはしてくれるなよ」
俺だって他の人間と仲良くしろと言われても反発心しか湧かないし、自分ができないことをコイツらに押し付けようとも思わない。
ただ同じ仲間で敵ではないということだけは理解してもらっておく必要がある。
まあ、簡単に言えば距離感を保ちつつ上手くやれってことだ。
「じゃあさっそく報告を聞こうか、イズ」
「はい。現在、村作りのための整地が終了し、畑作りと水路開設を行っております」
「ふむふむ……って、もう整地したのか!?」
「こちらです。どうぞご覧くださいませ」
イズに案内され、高台の上から覗き込むと、そこには綺麗に整地された広場があり、そこではゴブリンやコボルトなどの人型モンスターが畑作りを行っていた。
しかも簡易的とはいえ、草木で作られたテントも設置されている。
「たった一日で……イズ、ちゃんと休ませてるのか?」
「もちろんでございます。睡眠時間は貴重な労働力の要になりますから。それにわたくしの能力をお忘れですか?」
「……ああ、そうだったな。お前にはアレがあったか」
イズは「はい」と返事をすると、す~っと息を吸い込み、そして――歌い始めた。
「――《活力のワルツ》」
オペラ歌手のような透き通るような響く声音が島中へと流れていく。
するとどうしたことだろうか。その歌を耳にしたモンスターたちが、疲れを忘れたかのような動きを見せ始めたのだ。
これこそがイズの〝歌〟による効果だ。
今彼女が使用した《活力のワルツ》は、聞く者の肉体を活性化し、精神的にも元気にさせてくれる効力を持つ。
他にも様々な効力を持つ歌があり、彼女はこれらを駆使し時には癒しを、時には活力を、時には眠りを与えてくれる。
彼女が多くの者たちに愛されたのは、この力もあってのことだ。
「ふむ、さすがはワイズクロウ。戦闘力こそ秀でたものはないが、仲間を支援する能力に関しては他に類を見ない存在であるな」
そう、だからこそ彼女を『使い魔』として、そして無人島の管理人代理として選んだ理由だ。
「ぷぅ……ソルだって歌くらいできるのです! ら~らんららばんばんばん!」
「ぶほぉっ!? ちょ、や、止めてくださいますか、おチビさん!?」
綺麗な歌声を披露していたイズが、吹き出したあとに、物凄い形相でソルに詰め寄っていく。
「えぇー、一緒に歌った方が楽しいですよ?」
「あなたのような音痴が歌ったら、わたくしの歌が穢れますわよ!」
「そこまで下手じゃないですぅ! ねえ、ご主人?」
「え? あーまあ、そうだな」
……実際、超絶下手なんだが……。
「主様……お優しいのは美徳なのですが、時には真実を告げて差し上げるのも本人のためですわ」
「いやまあ……ははは」
「もう! ご主人はソルの歌が好きなの! 見てるですよぉ……んんっ! ら~ららんぶるんぶるんららら~べんべんべん」
「だ~か~ら~、ただのノイズでしかないですわよ!」
「えぇー」
「いいですか! あなたはまず発声がなっていませんの。よくお聞きなさい。ら~ららら~」
「ら~らんららんら」
「何でそうなりますの! だからこうですわよ! ら~ららら~らら~ららら」
「ら~ららら~」
「もっと喉を開くイメージで!」
「? ら~ららんげっほげっほ!」
「むせた!? ああもう、しっかりなさい!」
教えながら咳き込むソルの背中を擦っているイズ。
何だ……上手くやれそうじゃねえか。
俺は二人の姿を見てホッと胸を撫で下ろした。
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