第90話 白い使い魔

「この度はわたくしを『使い魔』にして頂き、心から感謝致しますわ、主様」




 ――一羽のカラスだった。




 しかしその毛並みは一片の汚れもない美しい純白に包まれている。


 世にも珍しい白い羽毛を持つカラスだ。




 日本でもたまに話題に上がったりするが、当然この子はただのカラスではない。




 その名は――ワイズクロウ。




 とても賢く、膨大な知識を有している別名『空飛ぶ図書館』とも言われる存在だ。


 戦闘力はほとんど期待できないが、異世界でも珍しいモンスターの一種であり、賢者と呼ばれる者たちが生涯重宝し続けたとされる知識の鳥である。




「お前の名前は――イズだ」


「まあ、このような些末なわたくしに名を。謹んで頂戴致しますわ」




 何故彼女を購入したのかは、勘の良い者ならもう分かっているだろう。




「いいかイズ、今日からお前をこの無人島の管理人代理に命ずる。コイツらに知識を与え、この無人島の開拓に尽力しろ」


「あぁ……さっそくわたくしにお仕事をくださるとは。このイズ、全身全霊を持って、任務に従事致しますわ」




 恍惚な表情を浮かべていたイズだったが、俺から視線を切ると、ギロリと鋭い視線をモンスターたちに向けた。




「気をつけぇぇぇぇっ!」




 突然スイッチが入ったように雰囲気がガラリと変わったイズから発せられた怒声にも似た声。甲高くよく通る音である。


 思わず俺も気をつけの体勢を取ってしまいそうになった。




「そこぉっ、何故言われた通りしない! さっさと気をつけをなさいっ!はっ倒すわよっ!」


「「「ギギィッ!」」」




 注意を受けたゴブリンたちが、一様にシャキーンと綺麗な直立不動を見せた。




「さて、いいですか? あなたたちは主様の慈悲で生かしてもらっているだけの存在です。まずはそこを理解しなさい」




 あ、いや……別にそこまでの意識は俺にないんだけど……。




 ただそうツッコむ空気でもないので黙っている。




「生きたければ、美味しいものを食べたければ、それ相応の対価を払いなさい。簡単です。ただただ無心になって主様のためだけに働けば良いのです。主様は絶対! 我らが王! さあ復唱なさい!」




 とはいうものの……。




 当然人語を話せるわけじゃないので、モンスターたちは唸っているようにしか見えない。




「声が小さぁぁぁいっ! もう一度っ!」




 そんなやり取りが何度か繰り返されたあと、ようやく満足したのか、イズは再び説明をし始めた。




「安心なさい。主様は慈悲深いお方。役に立つ者には必ず見返りをくださります。そうでございますよね、主様?」


「え? あ、おう、もちろん!」




 いきなり振ってくんなよ、ちょっとビビったじゃねえかよ。




「聞いたでしょう! 何と心強いお言葉でしょう! たかがモンスターであるわたくしたちに、働くだけで生活を保障してくださるのです! さすがは我らが王! さあ、復唱!」




 あ、それまだするんだ。


 というかモンスターもノリが良いのか、それともすでに洗脳されてるのか、イズの言葉に従っている。




「このわたくしが、それぞれあなたたちに見合った知識を与えます。いいですか? 手を抜くことは許しません。そのようなものは我らが陣営には必要ありません。生き残りたければ必死に主様に尽くすのです。そうすれば必ず主様は我らに救いを与えてくださいます」




 ……これ何かの宗教かな? 知らず知らずに教祖にされてるんだけど俺……。




 ただシキは、ウンウンと頷きながら感心している様子。


 マジで『使い魔』って忠誠度高いよなぁ。イズはその中でもずば抜けてる感じだし。




「それでは今から種族ごとに分かれて縦列隊形になりなさい」




 イズの言葉に従い、モンスターたちは動いていく。




「そこぉっ、モタモタしない! 行動は常に速やかに! 私語は慎みなさいっ! おいこらそこっ、だからくっちゃべってないでさっさと動けっ、ぶち殺されたいのかぁっ!」




 怖い……怖いよこの子……!? 何、こんな性格の子だったの?




 まあそのキツイベクトルは俺に向くことはないので問題ないと言えばないが……。


 モンスターたちもさすがにぶち殺されたくはないようで、速やかに動き隊列を組んだ。




「……主様。開拓プランはございますか?」


「そ、そうだな……とりあえず自給自足ができる環境作りがまず第一だ。それに地下施設も作りたいと思ってる」


「畏まりました。ではそのようにプランを進めさせて頂きます」


「ああ、頼む。じゃあイズ、お前にはコレらを渡しておく」




 彼女に渡したのは、《念話用きびだんごS》だ。これはソルたちに上げたものよりランクが上がった代物で、最近アップロードされたものでもある。


 これさえ食べさせておけば、どこにいても《念話》することができるという優れものだ。




「ほら、シキも食え。あとでソルにも食わせてやらんとな」




 購入したままで、彼らに食べさせるのを忘れていたから、ここでシキにも渡しておく。


 シキは「頂戴致します」と言って、一口で飲み込む。




 そしてイズはというと……。




「まあ、感謝感激にございますわ。あ、あの……よろしかったら……主様に少々お願いしたいことがございますの」


「ん? 何だ?」


「そ、その…………そのきびだんごを、主様に食べさせて頂いてもよろしいでしょうか?」




 上目遣いで俺を見つめながら、そんな要望を口にした。




「何だ、そんなことか。別にいいぞ。ほら、アーン」


「!? ア、ア~ン」




 俺はイズの口にきびだんごを持っていき、食べさせてやった。


 するとイズは、蕩けたような表情になりながら身体をクネクネと動かし始める。




「あぁ……これが伝説のアーン。よもやわたくしの夢がこんなにも早く叶うなんてぇ……はぁぁぁ~、主様……好き」




 ……いきなり告白されたんだが……どうすりゃいいんだこれ?




「あ、あの……イズ?」


「……!? おほん! 失礼致しましたわ、少々取り乱しました。何でございましょうか、主様?」


「あー……あとは任せても大丈夫か?」


「はい! このイズ、見事にこの無人島を偉大なる王国にすると誓いますわ!」


「いや、そこまで……まあ、じゃあ頼むな」




 とても良い顔で「はい!」と返事をしたイズに後を託し、俺とシキは《テレポートクリスタル》を使って、福沢家へと戻ったのであった。












 福沢家へと戻ってくると、いつの間にか帰ってきていたソルが、俺の姿を見て泣きながら飛びついてきた。




「ご主じ~んっ!」


「わぷ!? ……どうしたんだよ、ソル?」


「どこ行ってたんですかぁ~! 《念話》しても声が届きませんですし、と~っても心配したのですぅ~!」




 あーなるほど。確かに無人島に居りゃ、絶対念話は届かねえよな。


 聞けば俺が何かのトラブルに巻き込まれたのではと、ここら辺りを捜索していたのだそうだ。しかし当然見つかるわけがない。




「悪い悪い。そのことで話があってよ。その前にほら、これ食え」




 俺はシキたちにも与えた《念話用きびだんごS》をソルにも与える。


 そしてそのあと、無人島に関しての話をソルに聞かせてやった。




「ぷぅ……ソルも連れて行ってほしかったのですぅ」


「悪かったよ。《念話》が届かない距離にいたからな。あとで説明するつもりだったんだ」


「いいえ、ソルもワガママを口にして申し訳ないのです」


「そんなことねえよ」




 この程度のワガママなら可愛いもんだしな。


 俺は悲しそうな顔をするソルの頭や身体を撫でてやると、ソルは気持ち良さそうに目を細めている。




「ところでご主人、その新しい『使い魔』はどんな方なのですか?」


「ん? 気になるか? ソルと同系統のモンスターだぞ」


「同系統……鳥型ということなのですか?」


「そういうこと」


「ぷぅ~! それはとっても会うのが楽しみなのですぅ!」




 シキとは相性が良く、すぐに仲良くなったので、今回もそうだとありがたい。




「……! 殿、こちらの部屋に何者かが近づいてきております」




 そう言いながらシキが影の中へと潜り込んだ。


 俺はすでに鳥本の恰好をしているので、このままでも問題はない。


 しかし部屋には鍵をかけているので、一応扉へと向かって鍵を外しておく。




 ――トントントン。




 ノックのあとに「どうぞ」と返事をする。


 扉が開き、そこから現れたのは、この屋敷の主人である福沢丈一郎さんだった。




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