第91話 鳥本への追及
「鳥本くん、少し話があるのだがいいかね?」
「はい、構いませんよ」
ちょうど良い。俺も彼には話があったから。
部屋の中に招き入れ、以前彼に飲ませてやった《オーロラティー》を入れて、互いにテーブルに着く。
「今日は確か病院ではありませんでしたか?」
「日中に会っておきたい人物がいてね。今日は夜勤に変更してもらったのだよ」
「そうでしたか」
朝から出掛けたから、てっきり病院で働いているものとばかり思っていたが、どうやら人に会っていたらしい。
もうすぐ夕方になるが、どんな事情があって訪ねてきたのか。
「実は君に相談したくてね」
「相談……ですか」
「うむ。実は市内に【王坂高等学校】という学校があるんだがね」
「! ……はい」
「そこで先日、奇妙なものが見つかったんだよ」
「奇妙なもの……ですか?」
「何といっていいのか……分かりやすくいえば、腐食した遺体だね。しかも大量にだよ」
「……へぇ」
そういえばダンジョン化したあの学校を攻略したのはいいが、ゾンビ化した遺体はモンスターみたいに消失したりはしないので、そりゃあの場に残っているはずだ。
「あそこは少し前までダンジョンだったんだ。それがつい先日、モンスターの気配がなくなったとかで調査の手が入ったのだが、そこで見つかったのが……」
「腐乱死体というわけですね」
「そういうことだ。実はあそこは以前にも、生徒や教師たちを救出するために警察が動いた場所なんだけどね、その時には一体足りとも腐乱死体は見かけていないと言っていたらしいんだよ」
「……取り残されていた生徒たちのものでは?」
「いいや、どの遺体も成人していたよ。それに教師にしては数が多過ぎる」
なるほど。どうやら司法解剖でもされたようだ。
「ならバカな連中が押し入って返り討ちに遭ったとか」
「その可能性は否定できないが、だとしても量が多過ぎる気がする。あそこに棲息していたモンスターに食われた様子もないし、まるで突然あの場に湧いたかのような感じだ」
良い勘している。確かにたった数時間で出現したゾンビどもなので、新鮮という言い方は適さないかもしれないが、いきなり現れたという印象は間違っていない。
「ダンジョンには謎が多いですからね。そういう理解不能な事態が引き起こることだって有り得るのではないですか?」
「そうだね。そういう可能性はもちろんある。ただ……あの場である人物が目撃されているのだよ」
「ある人物?」
「最近話題になっている袴姿の刀使いと呼ばれる女性のことさ」
「……ほう」
丈一郎さんがジッと俺の目を見つめ、何か探るような雰囲気を察した。
……ああ、なるほど。
「福沢先生。言いたいことがあるのでしたら、どうぞご遠慮なく申し出てください」
「っ……では単刀直入に聞くよ。君はその女性と関わりがあるね?」
「……ええ、ありますよ」
実際に崩原や流堂にもバレていたし、俺も繋がりを隠そうとはしていなかった。
《コピードール》を使って、二人でいることもあったし。それを見ていた者たちも必ずいるはず。そう仕向けたのも俺なのだから。
「! ……彼女は一体何者なのかね?」
「それはどういう意味でですか?」
「彼女がダンジョン化した【王坂高等学校】を元に戻した。違うかい?」
「それが彼女の仕事ですからね」
「警察でさえ手に負えないとして放置したほどのダンジョンだよ? それを……」
「他に仲間がいたのでは?」
「確かにいたという噂も聞いた。しかも僅か数人だと。たった数人で、怪獣にも思えるモンスターたちを討伐したというのが信じられないのだ」
「確か『平和の使徒』と呼ばれる組織だって、ダンジョン攻略をしているはずですが?」
「しかしあれは組織だ。何十人、何百人規模の言ってみれば軍隊のようなもの。それに一人一人が強力な武器を携えている。だが袴姿の女性が所持しているのは刀一本だというじゃないか」
「……何が仰りたいので?」
「彼女は本当に人間なのかい?」
「少なくとも俺にはそうとしか見えませんが」
「彼女がモンスターを操っていたという情報もあるのだが」
……そういうことか。だから丈一郎さんは、虎門が人間でないという推察をしたわけだな。
モンスターは今じゃ人間の天敵だ。駆逐すべき存在。そんな奴らを使役しているとなれば、とても人間だとは考えられないだろう。
「その情報は確かなんですか?」
「実際にその女性と会って、勇敢にも戦ったという者たちが病院に運ばれてきた」
……ふむ。どうにも記憶にはそれらしい奴が浮かんで…………あ、そういやいたな。
俺の……というか虎門の能力を知り、なおかつ自分たちを勇敢なる戦士みたいな言い方をするような奴ら。
脳裏に浮かんできたのは、流堂の手駒だった【王坂高等学校】の同級生である高須と天川だ。
間違いなくアイツらからの情報だろう。
あの場で死んでない人間で、虎門の情報を簡単に喋るような連中は彼らしかいない。
病院に運ばれたというのも、俺が大怪我をさせたし間違いない。
「その者たちが言うには、袴姿の女性はモンスターを使って人間を殺す凶悪な存在らしい。実際に自分たちの怪我も彼女の仕業で、仲間も何人も彼女に殺されたと。それに例の腐乱死体も、ゾンビとして操っていたと言っていた」
あのクソ野郎ども、都合の良いように情報を捻じ曲げやがって。やっぱりあの時、殺しておけば良かったかもな。
まだ人殺しをしていないから、せめて命だけは奪わないでいたが。
まあ放置して、近くを徘徊するモンスターにでも食われればそれでいいとも思っていたのだけれど、そう上手くはいかなかったようだ。
「その者たちの言葉が正しいと?」
「いいや。一方的な話を信じるつもりはない。だからこそこうして君の話を聞きに来たのだから」
「もし彼女が本当に危険な存在だとしたらどうするおつもりです?」
「当然警察に……と言いたいところだが、今の状況でそれはできないことも分かっている。だからせめて君だけでも彼女と手を切ってほしいのだ」
「…………」
「君には感謝してもし切れないほどの恩がある。命の危険があるような者の傍にはいてほしくないのだ」
なるほど。どうやら俺のことを慮っての相談だったらしい。
「大丈夫ですよ。彼女――虎門シイナは金にはがめつい人ですけど、問答無用に人を殺すことなんてしません。正真正銘人間でもありますからね」
「それは本当なのかい?」
「ええ。彼女とは一族同士で少し接点がありましてね。虎門の一族も、少し変わった力を持つ異端者たちなんですよ」
「君の家のように……?」
「はい。詳しくは彼女のプライベートに関わることなので言えませんが。ただ彼女にゾンビを使役するような力はありませんよ」
「……しかしモンスターを使役していないとは言わないのだね?」
俺はその質問に関してだけは黙秘権を行使した。別に言ってもいいが、ここは彼の判断に任せておく。
「……分かった。君の言っていることを信じよう」
「いいんですか?」
「正直、袴姿の女性に関しての噂はどれも信憑性がなくてね。それに良い話だってたくさんある。彼女に救われたという人だって実際にいるらしいからね。だから私が信じるのは、恩人である君だけにしておくよ」
「嘘を言っているかもしれませんよ?」
「だったとしても、無暗に人を傷つけるような嘘ではないだろ? 短期間ではあるが、こうしてともに過ごしてきて、君がどういう人間なのかは少しくらい理解しているつもりさ」
丈一郎さんは本当に良い人だ。悪いところなんて見当たらないほどに。
こんな怪しさ爆発な鳥本でさえ、自分の家の一室を貸し与えているのだから。
さすがは『赤ひげ先生』の再来と呼ばれる人格者である。人間力に関して、彼に勝てる者を俺は知らない。
とても俺にはできない生き方ではあるが。
「……信じてくれて感謝します。それと、今の流れでこんな話をするのはどうかと思うんですが」
「? 逆に君が私に相談事かな?」
「……実は、そろそろ旅に戻ろうかと思うんです」
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