第81話 最強の手駒
「あ……ああ……っ」
その光景を見た崩原が、両膝をついて絶望した表情を浮かべる。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
頭を抱え悲痛な叫び声を上げた。
大事な相棒を目の前で失ったのだ。無理もない。
しかもチャケに聞いたところ、愛する恋人も同じように目の前で死んだ。
今、崩原を襲っている悲しみと痛みは想像を絶することだろう。加えて何もできなかった無力感に押し潰されそうになっているかもしれない。
だがその時だ――。
「クハハ……隙、見ぃーっけたぁ」
その声を発したのは間違いなく流堂だった。
近くにいた奴が、いつの間にか姿を消してどこにいたのかというと……。
アイツ、ブラックオーガの背後を……!
恐らく皆が……ブラックオーガですらチャケに意識を集中させていた隙を突き、すかさず距離を詰めて背後を取ったのだろう。
ブラックオーガもそこで初めて流堂の存在に気づき対処しようと振り向こうとするが、流堂はブラックオーガの背に向けて手を伸ばす。その手には小さなラグビーボールのようなものを握っていた。
ブラックオーガの身体は黒炎に覆われていて、それに触れるのは明らかな自殺行為だ。それなのに……。
「うっぐっ……あがぁぁぁぁぁぁぁっ!」
黒炎の中に手を突っ込むと、すぐに引き抜いた……が、
「ぐあぁぁぁぁぁぁっ!?」
いくら瞬間的なこととはいえ、黒炎に触れたせいで流堂の右腕が炎に飲まれてしまっている。当然激痛に顔を歪め、炎がそのまま腕を伝って流堂を包み込もうとした。
「や、やれぇぇぇっ!」
すると自分の傍にいた刀を持っているゾンビに指示を出し、あろうことか自分の右腕を切断させたのである。
だがそのお蔭で、炎は全身に回ることなく切断した腕だけを焼却しただけだった。
「フーッ、フーッ、フーッ」
脂汗を大量に噴き出させながらも、達成感のようなものを感じさせる表情を浮かべている流堂。
一体何をしたのかと疑問に思ったが、直後にブラックオーガが大したダメージを受けてもいないのにもかかわらず両膝をついて身動きを止めたのである。
「ご主人! ブラックオーガの背中に何かあるです!」
ソルの声を受け、言われた通りに背中に着目する。
そこには先程流堂が持っていた物体が、ブラックオーガの背に突き刺さっていたのだ。
その物体からは蔓のような伸び、それがブラックオーガの背にしがみつくように伸びている。
ああ、確かソルの情報だとモンスターを操ることができる種だったか?
その種が、徐々にブラックオーガの体内へと侵入していき、その度にブラックオーガの身体が痙攣しているかのように動く。
そして種が完全に姿を消したあと、ブラックオーガの身体が徐々に腐食し始めていく。
「……これはまさか」
嫌な予感を覚えたが……。
「クハハハッハア! いいぜ! いいぜオイ! コイツが手に入りゃ他には何もいらねえ! あの黒木でさえもう俺には必要ねえ!」
ゆっくりと立ち上がるブラックオーガが、先程まで自分を襲撃していたゾンビどもを連れ立って、流堂を庇うように彼の前に立つ。
やはりというべきか、ブラックオーガがゾンビ化して奴の手駒になってしまったようだ。
「一つ聞いておくけれど、今回の勝負はあなたと崩原さん、どちらかがコアを破壊すれば終わりのはず。それではあなたもコアを破壊することはできないのではなくて?」
奴のことだから、規格外の力を持つブラックオーガを永遠に手駒に持つだろう。俺でもそうする。それほどブラックオーガの力は魅力的だろうから。
だがそれだけダンジョンは攻略できず、勝敗がつかない結果となる。
「ククク、今更何を言ってやがる。勝負? 賭け? これは命がけの戦だぜ? 遊びじゃねえ。そんな勝負なんて最初からやる気はねえんだよぉ!」
「……なるほど。あなたは最初からダンジョンのラスボスを手に入れるつもりだったようね」
「へぇ、案外理解力があるなてめえ。そうだ。コアモンスターの存在を聞いてから、何が何でも手中に収めるつもりだった。最強の手駒。これで俺は――モンスターの王だ」
腐食の王だったりモンスターの王だったり、何でこういう奴らは王という立場にこだわるのか。ハッキリ言って厨二病だし、恥ずかしくねえの?
「にしてもずいぶんと無茶したみたいね」
「はんっ、なぁに、これだけの奴を手に入れるためだ。右腕一本の価値はある」
そこまで覚悟してのテイムだったというわけだ。
コイツのスキル、ちょっと強力過ぎだよな。これだけのゾンビを従えられるし、Aランクのモンスターもだ。それに触れるだけで対象物を腐食させる能力まで……。
「……あなた、その力――〝ユニークスキル〟じゃないかしら?」
「!? ……何のことだ?」
「今の反応で明らかになったわよ。なるほど。確かに強力みたいね」
「てめえ……まさか……!」
どうやら思った通り、コイツのスキルは崩原のような普通のスキルではなく、俺と同じユニークスキルだったようだ。
やっぱ俺以外でもいたか。ま、可能性としては考えてたがな。
しかしやはりユニークスキルともなると、そのスキルが持つ力が半端ない。
何でこんなどうしようもない奴に授けられたのかは定かではないが、俺の平穏のためにも、ここでコイツは始末しておいた方が良いと判断した。
コイツが生きている限り、目を付けられた俺――虎門は、恐らく一生涯流堂という障害に悩まされるだろう。
まあその時は姿を変えればいいだけだが、この虎門も気に入っているし、ソルも見られていることだ。コイツは確実にここで殺しておく必要がある。
「さあ、こっからは一方的な虐殺だぁ。精々楽しんでくれや」
まずはブラックオーガを温存するのか、人間ゾンビたちをけしかけてきた。
「――ソル、時間を稼ぎなさい!」
「はいなのです! ぷぅぅぅぅ~!」
ソルが口から火を吹きながら縦横無尽に飛び回りゾンビどもを一掃していく。
「ちぃっ、厄介なフクロウめ!」
これでいい。ある程度はソルで時間を費やしてもらおう。
俺はその間に……。
「いつまでそうやって消沈しているのかしら?」
「……っ」
「そうして嘆いていれば現状が変わるとでも思っているの?」
俺はいまだ頭を抱えたまま蹲っている崩原に声をかけた。
「そこであなたは立ち止まるのね。どうやら見込み違いだったようだわ。何が悪を背負うよ。その背中の悪一文字が泣いているわね」
「……何だと?」
「あなたは悪なのでしょう? 悪なら悪らしく、最後まで無様にでも足掻いてみなさい」
「虎門……」
「それにあなたに死なれたら誰が報酬を払うの? 私がこの世で一番嫌いなのはタダ働きよ。もしここで一方的に依頼を放棄するなら、私がこの場であなたを処断するわ。きっとその方がチャケさんも……巴さんもそれはもう喜んでくれるでしょうね。無様に死んで会いに来てくれたって」
「っ………………ばねえよ」
「はい?」
「巴は……チャケは……んなことで喜ばねえよ! 喜ぶわけがねえだろうがっ!」
声を上げながら立ち上がり、俺をギロリと睨みつけてくる。
「俺は! 俺はまだ死ぬわけにはいかねえ! 巴のことも……チャケのことも…………流堂のことだって何もできてねえのに、一人だけ楽な道を選ぶわけにはいかねえんだよっ!」
「……だったらどうするつもり?」
自分の両拳をガシッと突き合わせ、大きく深呼吸をしたのちに崩原は宣言する。
「――流堂を倒す!」
どうやら息を吹き返したようだ。
まったく、何でわざわざ俺がこんなことまで言わないといけないのか。精神的なフォローまでしろとは依頼にはなかったはずなのに。
これも報酬のためだ。我慢しよう。そして絶対に大金をせしめてやろう。
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