第80話 黒炎に死す
ソルから逐一何が起きていたのかを聞いていた。
それでここに辿り着いた際、ユニークな状況になっていたので、しばらく耳を澄まして崩原と流堂の会話を聞いていたのである。
最初は強気だった崩原だったが、チャケまで奪われてしまい本当の孤独になってしまったと思った崩原は、チャケの解放という条件を飲むことで流堂に服従を誓おうとしていた。
さすがにそれはちょっと待て、である。
それは崩原の敗北を意味し、せっかくの金ヅルを失うことになってしまう。ここ数日の準備や報酬を当てにした未来予想図が崩れてしまうではないか。
だから黙っていられずに、彼らの前に姿を見せた。
「お、お前……一人……なのか? 黒木って奴と、他の奴らは?」
「何を言っているのかしらね。私がここに来たということは、彼らという障害を乗り越えてきたことに他ならないと思うけれど?」
「いや……でも……」
崩原がチラリと流堂の方を見やる。流堂はまるでタイミングが悪いんだよと言わんばかりの目で俺を睨んでいた。
流堂が口八丁を駆使し、崩原の心を揺さぶっていたことも知っている。だから崩原は、俺が流堂の手先だと疑っているのだろう。
ここには黒木たちとともに姿を見せ、ともに自分を倒しにやってくると勘違いしているのだ。
単純バカな奴である。だとするならわざわざこんな危険な場所でネタバレをする必要なんてない。
後者の入口で会った時にでもバラして、崩原を四面楚歌に陥らせたら良い。しかしそれができなかった。
何故ならあの場でバラしても、俺は普通に流堂の味方なので、孤独を味わわせることなどできなかったからだ。
だから俺をとりあえず排除し、自分の手駒しかいない場所で崩原の心を折りにかかったというわけである。
そんなこと少し考えれば分かりそうなものだが、崩原の情の深さというか他人に対する思い入れが強過ぎるからこその失態であろう。
「私があなたを裏切ったとでも思っているのかしら。くだらないわね。もしそうならソルを使ってあなたを助けるわけがないでしょう?」
「!? ……そう、だな」
ようやく理解できたようでホッとした表情を浮かべる崩原。
俺はそのままブラックオーガとやらを観察する。
いまだにゾンビどもと格闘中ではあるが、明らかにゾンビの分が悪い。あの黒炎はとてつもなく厄介な特性を持っているらしい。
それにあの存在感は、さすがにAランクと位置づけされるほどのものだ。俺一人なら絶対に近づきたくない相手だろう。
こいつはマジに報酬を跳ね上げさせねえとなぁ。
「――おい女」
「ん? ……何かしらね、もう少しで崩原さんの心を折ることができたのに失敗してしまった流堂さん?」
不意に流堂が声をかけてきたので皮肉交じりに返事をしてやると、明らかに不機嫌そうに眉を吊り上げてきた。
「てめえ、黒木はどうした?」
「ここに私がいることで理解できない? だったらあなたのオツムも程度が知れるというものだけれど」
「ふざけんなっ! あの黒木が女のてめえなんかに後れを取るわけがねえだろうが! アイツはルール無用、殺しありの地下格闘技界で無敗を誇ったチャンプだぞ! この俺でさえ、スキル無しじゃ子供扱いだ!」
そうだろうな。俺だってファンタジーアイテムがなければそうだ。いや、子供というより赤子扱いくらい酷いものに違いない。
何せAランクのシキと真正面から戦い攻撃を当てるほどの存在なのだから。
もし彼に《パーフェクトリング》を渡していたら、文字通り霊長類最強だし、下手をすればシキともまともに戦えたかもしれない。
「なら何故ここには来ないの? もしかして……見捨てられたのかしらね?」
「んなわけがねえだろうが! アイツがこの俺から離れられるわけがねえ! 表の世界において、殺人者って呼ばれチャンプから降りざるを得なかった。それまでともにいた連中が全部離れていき、天涯孤独になったアイツに地下格闘技界っていう居場所を与えてやったのは俺だぞ!」
……なるほど。これで黒木が何故こんな奴の傍にいるのかがハッキリした。
彼も心から望んで、コイツの非道を認めているわけじゃなかっただろう。だがすべてに裏切られ表の世界から追いやられた黒木に唯一手を差し伸べたのが流堂だった。
そして闇世界とはいえ、再びリングに上がりチャンピオンになる道筋まで用意してくれた流堂に、黒木は恩義を感じていたのだろう。
居場所……か。
かつて俺が通っていた学校には、それが無かった。周りすべてが敵で、誰も信じられない世界だったのである。
もしその時、強引にでも俺に居場所を作ってくれた奴がいたなら、きっと俺はそいつを裏切るようなことはしなかったろう。
黒木は実直で義理堅い性格なのは戦い方を見ても分かる。こんなクソ野郎でも、アイツにとっては大恩ある人物なのだ。だからこそコイツのために力を尽くしていた。
「ああくそっ! どいつもこいつも役に立たねえ! 何故俺の指示通り動かねえんだ! そうすればすべてが上手くいくってのによぉ!」
自分の思い通りに事が運ばなければ気が済まない。こういう人間はどこにでもいるようだ。
この世の中、思い通りに事が運ぶ方が珍しい。誰もが理不尽や不条理という壁にぶつかり、中には挫折し心を折る者だっている。
そんな逆境に負けず、自分を奮い立たせて壁を乗り越えようとする者だっている。
人生なんてそんなものなのだ。こんなはずじゃなかったと、後悔しながら、二度と同じ間違いをしないように反省し、少しずつ前に進んでいく。
それが生きるってことだ。
「あなたは神にでもなったつもりかしら? 誰も彼も、あなたの掌の上にいるとは思わないことね」
「黙れっ! ……まあいい。てめえみてえな金に汚ねえ傭兵はともかく、そいつが仲間に裏切られたのは変わりねえ。さあどうすんだ崩原ぁ、コイツを解放しなくていいのか!」
まだチャケを盾にとって脅しにかかる流堂。
「くっ……!」
しかしそれでも崩原には選択肢がないのかもしれない。唯一無二ともいえる相棒の自由がかかっているのだ。
たとえここで素直に応じても、流堂が本当に約束を守るなんて保証はどこにもない。
けれどここでチャケを見捨てるような選択を、情に厚い崩原ができるわけがないのだ。
俺はそんな崩原の姿を見て溜息が出る。
よくもまあ血の繋がった家族でも何でもない他人をそこまで思いやることができるものだ。自分の人生を懸けてまで、何故そこまで他人の人生を守ろうとするのか理解できない。
人間はしょせん裏切る。信頼なんてするだけ無駄だし、友情も愛情も酷く薄っぺらいものだ。
そんな薄っぺらいものをどうしてここまで信じることができるのか……。
「……はぁ。崩原さん、あなたの目的は何だったかしら?」
「と、虎門……?」
「流堂との勝負に勝つこと。それがあなたの望みだったのではないかしら?」
「それは……けど……」
何ともまだ煮え切らない様子。
こうなったら仕方がない。やはり計画通りに進めるしかないようだ。
すると今まで黙っていたチャケが、一歩前に出て喋り始めた。
「才斗さん…………本当にすみません」
「チャケ……」
「俺は…………俺はあなたを裏切っちまった。はは……情けねえや。今までいっぱい世話になっちまったのに、こんなにあっさり手の平を返すなんて……男じゃねえよな」
ポツポツとチャケの両目から涙が流れ大地を濡らしていく。
「……もしここで才斗さんが流堂の奴隷になったり殺されたりしたら、いくら俺でも……生きていけねえよぉ」
「っ……チャケ……」
「そう……だよな。俺は……あんたに何も返せてねえ! ずっとずっと前に、あんたは俺を助けてくれたったのに!」
「チャケ、お前いきなり何言って……」
「だから!」
「!?」
「だから…………あんたの足手纏いになるのだけは……ゴメンなんだ」
「チャケ……?」
涙ながらに笑みを浮かべたチャケが、あろうことかブラックオーガに向かって走り出した。
「ま、待てチャケッ!」
「才斗さんっ! 俺は――俺はあんたの相棒だっ! だからっ、今の俺ができるのはこれくらいなんだよぉぉぉぉぉっ!」
ゾンビどもを掻い潜り、チャケはブラックオーガの足元まで辿り着くと、その足に向かって拳を突き出した。
しかし矮小な人間の攻撃など効くはずもない。
ブラックオーガは、チャケを右手で掴む。
そのままチャケは黒炎に包まれていく。
「……才斗……さん……」
「チャケェェェェェッ!」
すぐに彼を助けようと駆け出す崩原だったが……。
「勝って……くださいよ……」
無情にも黒炎はチャケの身体を一瞬で消し去ってしまった。文字通り骨も残さずに。
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