第79話 裏切り

「ならまずはお前からそれを奪うまでだ!」


 俺は駆け出し、ブラックオーガよりもまず先に流堂を倒すことにした。

 しかし流堂を守るように、ゾンビが出現し行く手を阻んでくる。


「お、お前ら……!」


 しかもそいつらはかつての仲間だった奴らだ。


「ククク、どうぞ元仲間をぶち殺せるならなぁ?」


 相変わらずやり方がえぐい奴である。

 だがその時、ゾンビたちの顔が吹き飛ぶ。


「――悪いですが、ソルには関係ないのです!」


 ソルだった。確かに彼女にしてみれば、初対面でありただの敵でしかない。

 ありがたいとは言い辛いが、それでも道は開けた。


「流堂ぉぉぉぉっ!」

「ちぃっ、来るなら気やがれぇ!」


 俺が奴に向かって右拳を突き出すと、奴もまた同じように拳を突き出してきた。

 ――拳同士が衝突し、周囲に衝撃波が広がる。


「くっ……互角か!」

「いつまでもお前だけがケンカが強えなんて思うんじゃねえぞ、崩原ぁ!」


 単純な力なら俺の方が強かったが、コイツもまた鍛え続けていたらしい。


「それに、だ。俺にはこの力がある――」


 奴の拳が触れている部分に、突如激痛が走り、反射的に身を引いてしまった。

 何事かと思い拳を見てみると、触れていた部分が焼け爛れていた。


「クハハ! 今までと同じように俺に触れられると思うなよ崩原ぁ。俺は――『腐食の王』だからなぁ」


 人をゾンビ化させるだけではなく、触れた部分をも腐食させることができるスキル。これが奴の力。


 ったく、とんでもねえ力をコイツに持たせやがって。


 もし神が与えたっていうなら、その神をぶっ飛ばしてやりたいところだ。


「才斗さん! 後ろっ!」


 不意にチャケの声がしたと思ったら、後ろからゾンビが迫って来ていた。

 俺は舌打ちをしつつ飛び退きながら《空波》を放ってゾンビをぶっ飛ばす。


「クク、その衝撃を操るスキル。かなり強力だが下手に近づかなければどうということはねえ。さっきはフクロウのせいで不意を突かれちまったがなぁ」


 今度はそうはいかないとばかりに、自分の周りに大量のゾンビの壁を作り始める。


「本来ならこの立場はお前のものになるはずだったよなぁ?」

「……?」

「群れるのが好きなお前だ。仲間とともに俺一人に立ち向かう。まるで物語の主人公みたいになぁ。けどこの状況を見ろ。この俺には数の力があり、お前はたった一人でそこに立っている。どんな気分だぁ? 仲間を奪われ、傭兵のような奴しか頼ることができない気持ちってのは」


 優越感を含めた笑みをこちらに向けてくる。


「……お前のやり口はもう分かってる」

「あん?」

「そうやって俺から何もかも奪い、俺の心を折るつもりなんだろ?」

「…………」

「けど残念だったな。俺にはまだチャケが傍にいてくれるし、虎門も信頼できる奴だ。俺は……一人じゃねえ」

「…………ああ、そうかよ」


 それでも奴は俺の返答を想定していたように驚きを見せることはない。それどころか笑みが深くなったようにさえ思えた。


「本当に…………本当に虎門シイナはお前の味方か?」

「……は?」


 いきなり何を言い始めやがったんだコイツは?


「分かってねえな、崩原ぁ。俺が不安要素をそのままにしておくとでも思ってたのかぁ?」

「…………! ま……まさか……!」


 嫌な考えが脳裏を過ぎる。そんなわけがないと思いつつも、コイツなら有り得るかもしれないという思考が払拭できない。


「ククク、そうだ。虎門シイナは、最初からこの俺が用意した手駒だ」

「!? ち、違う! そんなわけがねえ!」

「信じたい気持ちは分かるがな。奴はしょせん報酬で動く人間だ。よりメリットのある話を与えれば、容易にこちら側に引き込むことだってできる」

「だ、だが……!」

「思い出してみろ。お前は仲間だった連中に裏切られてんだぜ? なのに何故、傭兵が裏切らないと言える?」

「そ、それは……」


 それを言われてしまえば言葉に詰まってしまう。

 俺は虎門と直に接触し、彼女なら信頼できると踏んだ。しかし確かにそれは仲間たちも同じだ。実際に会って話し、そしてコイツらならと仲間にしたのである。


 しかし結果的に俺の元を離れていってしまった。


「そ、そうだ! ソル! ソルに確かめれば!」

「無駄だ。フクロウには予め俺に何を言われても敵対する態度を取るように虎門に命令してある。さっきのゾンビの頭を破壊するのはさすがにやり過ぎだったがなぁ。まあしょうがねえ。しょせんはモンスターだ。人間の思うように動くわけがねえ」

「くっ……ソル! 虎門は裏切ってねえ! そうだよな!」


 空に浮かび、静かにこちらを見下ろしているソルに向かって尋ねる。


「ソルがここで何を言ったところで証明できるものはありませんです。結局は人間であるあなたが判断すべきことなのですよ」


 それはそうかもしれないが、できればしっかり流堂の話を否定してほしかった。

 ざわざわと、胸の奥から靄のようなものが溢れてくる。

 信じたいという気持ちが、その靄によって覆い隠されていくようだ。


「ククク、だから言ったろ? お前は一人だってよぉ」

「……!? 俺は……俺は一人じゃねえ! 俺にはまだ信頼できる仲間がここにいる!」


 そうだ。たとえ虎門が本当に向こう側だったとしても、俺にはまだ昔からつるんできた大事な相棒が傍にいる。


「…………チャケ」


 俺じゃない。彼の名前を呼んだのは流堂だった。

 何故ここでチャケの名をコイツが呼んだのか……。

 次の瞬間、愕然とするべき光景を目にすることになった。


「――はい」


 居住まいを正したチャケが、どういうわけか無機質な声で返事をし、あろうことかゆっくりと流堂の方へ歩いて行く。


 嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だっ!


 チャケを背後に控えさせた流堂は、ニヤリと悪魔のような表情を浮かべて言う。


「これが――真実だ」


 心臓に楔を打ち込まれたような衝撃と痛みが走る。

 認めたくない現実が幻痛となって襲ってきたのだ。


「チャ……チャケ? う、噓……だよな? 違うよな? お前は……俺の……」

「…………すみません、才斗さん」


 その言葉を聞いた直後、俺の中で何かがキレてしまった。


「流堂ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ! てめえぇっ、チャケに何しやがったぁぁぁっ!」

「クハハハハハハハ! いい、いいぜ! いいぜその顔! その顔が見たかったぁ!」

「答えやがれ流堂ぉぉっ!」


 頭の中が沸騰している。怒りに塗れ、敵意が圧倒的な殺意へと変わっていくのが分かった。

 チャケが望んで裏切るわけがない。いや、他の仲間たちだってそうだ。


 この男が卑怯な手を駆使し、彼らの自由を奪っているに過ぎないのだから。

 俺の親友まで……その手にかけて。だからもう我慢できなかった。


「死ねっ、《空波》ぁっ!」


 その場から全力で衝撃波を放つ。だが流堂を庇うようにチャケが奴の前に立った。

 当然衝撃波はそのままチャケに向かって突き進む。


「――マズイッ!」


 俺は咄嗟に突き出した右手を上空へ上げる。すると衝撃波もまたクイッと方向転換して上方へ飛んで行った。


「ほぉ、衝撃波をある程度コントロールもできるみてえだな。良かったな崩原ぁ、大事な友人をその手にかけなくて」


 やられた。今の技はまだ流堂にバレていない手だった。隙を見て奴にぶつけてやろうと思っていたのに。


「チャケ……お前……!」

「すみません、才斗さん。俺は……この人を守らねえといけないんです」

「何でだよ……何でそんな奴を……!」

「……ある子を…………守るためです」

「ある子……?」


 一体誰のことを言っているのか一瞬分からなかった。

 だがそこへ流堂が揚々とこちらの疑問に答えてくれる。


「チャケェ、言ってやれよ。愛する彼女が人質に取られてますってよぉ」

「!? ……な、何だと……てめえ流堂、お前どこまで……!」


 やはりそうだった。何もなくチャケが俺を裏切るわけがない。何かしらの理由があるのは確実だったが、流堂は最近できたというチャケの彼女を盾にしていたのだ。


「俺は……彼女を失いたくないんです。……本当に、心から愛してるから!」


 悲痛な心からの叫び。それだけでチャケが彼女に対し、どれだけの想いを持っているかが伝わってくる。


「だから……だから…………すみまっ……せん……!」


 涙を流すチャケ。俺と彼女の板挟みになりながらも、結果的にチャケは彼女を取ることを選んだ。

 俺はそれを聞いて、どこかホッとする気持ちがあった。


「……はは、んだよチャケ。男じゃねえか」

「!? 才斗……さん?」

「そう……だよな。男なら……好きな女のために動くべきだ」


 かつて俺はそれができなかった。咄嗟のこととはいえ、アイツを……巴を守ることができなかったのだ。


「チャケ、お前はそれでいい。それが……正しい」

「才斗さんっ……!」

「はーいはいはい。感動的なシーンに悪いが、状況は何一つ良くなってねえぞ、崩原ぁ?」


 相変わらず空気をぶち壊すのが得意らしい。


「これでお前は正真正銘たった一人。どうだ? すべてを奪われた気分は? 崩原才斗さんよぉ」


 どんな手段だろうが、確かに俺はコイツの掌で踊っていただけの男だ。結果的に見れば、誰一人として俺の傍にいなくなった。


 孤独――今の俺は、まさにその言葉を体現した存在だろう。

 本当に悔しい。大切なものを次々と奪っていく流堂が許せない。許せるわけがない。


「流堂ぉ……」

「クク、これがあの時、俺が味わった屈辱だぁ」


 あの時……俺がコイツの約束を守れなかった時だろう。流堂にとって仲間といえる者は、俺と巴くらいだった。


 巴を失い、信頼していた俺の裏切りで、コイツは心の支えだった存在を一気に失ったのだ。

 今の俺のように、残酷な孤独を味わうことになった。


 俺が……コイツをこんなふうにしてしまったのである。


「ここで一つ提案だ、崩原ぁ」

「提案……?」

「ああ。ここで負けを認め、生涯忠誠を誓え。そうすれば……コイツは解放してやる。もちろんコイツの女もなぁ」

「チャケを……」

「二度とコイツに関わらないという約束だってしてやる。さあどうする? もしこの提案を飲まねえんなら、コイツと女の人生は永遠に俺の手の中だぁ」


 …………決まっている。


 俺は振り上げた拳をスッと力なく下げた。


「才斗さん……?」


 不安そうにチャケが俺の名を呼ぶ。

 そんな顔するなよチャケ。安心しろ。お前だけは……お前の人生だけは守るからよぉ。


 それが、たった一人で刑務所に入った俺を待ち続け、今まで支えてくれたお前への恩返しだから。


「…………分かった。俺はお前に服従――」


 その時、俺と流堂の間に、グサッと何かが突き刺さった。

 それは見覚えのある一振りの刀。



「――――やれやれ。仲間を想うあなたの気持ちは立派だけれど、少々考えなし過ぎるわよ」



 カツ、カツ、カツと一歩、また一歩とこちらに近づいてくる人物がいた。

 歩く度に煌びやかな袴を揺らせ、凛とした佇まいでその場に現れる。


「待たせたわね、崩原さん」

「――虎門っ!?」


 袴姿の刀使い――虎門シイナの登場だった。




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