第78話 Aランクの奥の手
ソルのお蔭で正気に戻り、俺は声に従って距離を取ろうとする。
「――ワグラァァァァァァァァッ!」
「っつぁぁぁっ、痛ってぇぇぇぇっ!」
思わず耳を押さえてしまうほどの咆哮が、ブラックオーガとやらから発せられた。
その音の衝撃は凄まじく、大地や壁に亀裂が走るほど。
刹那、ブラックオーガが金棒を振り被り、力任せに大地へと叩き落した。
そこにミサイルでも落ちたかのような爆発とともに、物凄い風圧が俺たちを襲う。
俺の身体は簡単にその場から吹き飛ばされるが、またもソルが背後について受け止めてくれた。
「っ……ソルか、ありがとな」
「気にしないでいいのです。あなたを守ることがご主人からの命なので」
「そっか……! 流堂は!?」
アイツは一体どうしたのかと思い見回してみると、奴は地面に開いた大きな穴に潜り込んでいた。
穴? 一体どうやってあんな穴を作り出しやがったんだ……?
あれもまたアイツの能力なのだろうか。とすれば、まだまだ奴の力については未知数のようだ。
しかし今は流堂よりも、突如誕生した謎の怪物のことである。
「にしてもあの黒いのは一体……」
「あれはブラックオーガと呼ばれるAランクのモンスターなのです」
「Aランク……!」
つまりここにいるソルよりもランクが上ということ。
虎門に聞いたが、ワンランク違うだけでその実力の差はとてつもないという。
特に高ランクの差は激しく、BからSにかけて天と地の開きがあると教えられた。
「やっぱ……強えんだろうな」
「強いなんてもんじゃないのです。かつてブラックオーガがたった一体で一国を潰したという話があるほどなのですから」
「一国を? ……はは、とんでもねえなそりゃ」
それこそがAランクの強さ。たった一体で一つの国を滅ぼせる力を持つ。まさに兵器そのものである。
「けど何でいきなり現れたんだ? 何かコアみてえなヤツに吸い込まれたみてえだったが」
「ソルもよく分かりませんです。ただあのコアの力によって、二体のジャイアントオーガが融合したように見えましたです」
確かに俺にもそう見えた。だがコアにそのような力があるなんて今まで見たことも聞いたこともなかった。
赤いジャイアントオーガはソルに倒されようとした瞬間の出来事。まるでコアがジャイアントオーガを守るために、自分の意思で動き出したように見えた。
……コアには意識があるってことなのか?
そして攻略されることを望んでいない。だからこそ敵である俺らを排除するために、ジャイアントオーガを融合させ守ろうとしている?
「だとしたらまったくもって厄介なことだよな」
まさかこんな現象まで起きるとは、ダンジョンというのは本当に何が起こるか分かったものではない。
ソルも知らなかったとすると、虎門もこの状況は想定外のはず。
さて、どうしたものか……。
さすがにあんな怪物相手に立ち回れるほどの力は俺にはない。かといって……。
「ソル、アイツと戦って勝てるか?」
「……悔しいですが、今のソルでは単独討伐は無理そうなのです」
十分過ぎるほどの強さを持つソルでも無理となると、俺なんてもっと厳しい。
となれば俺と同等の力しか持たないはずの流堂だって同じだろうが……。
「ククク……ハーッハッハッハッハッハ! いい! いいぜぇ! お前だ! お前に決めよう!」
いつの間にか穴から這い出ていた流堂は、気が触れたかのように高笑いをしながらブラックオーガを見つめていた。
「さあ手駒ども! 俺の役に立つが良い!」
その言葉に呼応するかのように、流堂の周りの地面がボコボコッと盛り上がり、そこからゾンビ化した人間たちが出てきた。
「っ!? アイツらまで……!」
ほんの数時間前まで、傍にいたはずの連中が変わり果てた姿でそこに大勢立っていた。
裏切られたといっても、やはり仲間だった連中のこんな姿は見たくなかった。
するとゾンビたちは、流堂の指示を受けて、次々とブラックオーガへと向かっていく。
当然ブラックオーガもジッとはしておらず、手に持っている金棒を振り回し迎撃し始める。
金棒が振られる度に、ゾンビが一撃のもと砕かれていく。
思わず目を逸らしてしまいたくなる光景だが、グチャグチャになったゾンビだが、徐々に元の状態に再生し、また襲い掛かっていくのだ。
まさに不死身の軍団を流堂はその手にしている。
これが流堂が自信満々だった理由だろう。死んでも死なない、倒すこともできないゾンビを使役する力を持っているからこそ、俺に負けないという絶対の自信があるのだ。
「どんな怪物でも体力の底はある。動き続ければ疲弊し、いずれ隙を生む。俺は高みからその状態を見極め、最後の一手を入れるだけだ。さあ……踊ってもらうぜ、俺の掌でなぁ」
どんどん集まって来るゾンビたちの群れ。その全員がブラックオーガへと津波のように迫っていく。
ブラックオーガはその度に攻撃し、急襲にものともしていないが、四方八方からわらわら湧き出てくるゾンビたち全員に対処できるはずもなく、次第に組みつかれてしまう。
ただゾンビ程度の攻撃は知れたもので、噛みつかれようが殴られようが大したダメージにはなっていない。
しかしよく見ると、ゾンビに噛まれた部位が腐食しているようだ。
「個人で勝てずとも、数の暴力で押し切れば突破口は開く。ただ暴力を振り回すことしかできねえモンスターが、この俺の知略に勝てると思わねえことだぁ」
これが数の力。軍としての強さなのだろうか。
徐々に、本当に徐々にではあるが、少しずつゾンビたちの攻撃によってブラックオーガにダメージが蓄積していっているように見える。
事実、腐食している部分も増えているから目に見えても理解できた。
もしあのゾンビたちのすべてを俺らに向けられたらと思うとゾッとする。殴っても蹴っても死なずに永遠に襲い掛かってくる存在だ。対してこっちは噛まれたら終わりだろう。
最初は遠ざけられていても、流堂の言うようにいずれは体力が尽き殺される。何て恐ろしい戦略だろうか。
「本当にこのままブラックオーガが倒されちまうんじゃ……」
これは由々しき事態だ。それだとイコール、俺の敗北が決定してしまうからだ。
コアと融合したということは、あのブラックオーガこそがコアモンスターという存在。奴を倒すことでダンジョンを攻略することができるのだ。
今のままだとそれを流堂に先を越されてしまう。
しかしそこへソルが怪訝な表情を浮かべながら口を開く。
「そうなのでしょうか?」
「……ソル?」
「確かにあの男の戦略は大したものなのです。生半可なモンスターだと十分に通じるものでしょう。しかし相手はAランク……理外にある怪物なのですよ?」
その言葉を証明するかのように、次の瞬間、驚くべきことが起きた。
突然、ブラックオーガの身体から炎のようなものが噴出したのである。しかしその炎は、その身体と同じく漆黒に彩られていた。
黒炎に触れたゾンビたちが、次々と刹那的に跡形もなく燃え尽きていく。
「! 何だと……っ!?」
さすがの流堂も愕然と声を上げた。
「……ブラックフレイム」
「ブラックフレイム? そりゃ何だソル?」
「その名の通り、奴が操る黒い炎のことなのです。その炎に触れたものは、すべてが一瞬のうちに焼却されてしまうと聞くです」
「さすがのゾンビも一片の欠片もなく消滅させられたら再生はできねえってことか」
意外な弱点ではあるが、そもそも一瞬でゾンビを消滅させられる能力が凄い。
これがAランクが持つ理外の力というわけなのだろう。
「クソッたれがっ! せっかくコレを使える相手を見つけたというのにぃ!」
悔しそうに身体を震わせる流堂を見ると、その右手には何かが握られていた。
それは魚のような細長い形をしていたが、よく見れば巨大な種のようにも思える。
不気味なオーラを醸し出す青紫色の塊。一体それが何なのかは分からない。
ただろくでもない代物だということだけは直観できた。
「流堂! その手に持ってるもんは何だ!」
ここは正直に聞いてみることにした。話してくれるか分からないが、ダメで元々というやつである。
だが流堂は不貞腐れたような表情のまま、予想外にも説明をしてくれた。
「聞いて驚けボンクラどもぉ。コイツこそが俺のスキルである《腐道》の奥の手――《腐怪の種》」
「ふかい……の種?」
「クク、今はたった一つしかねえが、これで十分。コイツさえあれば、どんなモンスターでも思うがままにゾンビ化させて俺の手駒にすることができる」
「何だとっ!?」
もしそんなことになれば、あの凶悪な怪物が流堂の武器になってしまう。そうなれば益々勝ち目がなくなる。というよりあの暴力を流堂が手に入れたら、この世が地獄になりかねない。それだけは絶対に阻止するべきことだ。
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