第77話 開く扉

 なるほど。だからゾンビが見当たらなかったのだ。もし出てくれば、視界を共有することができるゾンビを俺らが放置するわけがないと分かっていたから。

 どこまでいっても用意周到な奴だ。本当に昔から頭がよく回る。


「だが気になるのはあのフクロウとはここで合流してた。……どういうことだ? あの強さ……ありゃあモンスターだろ? 何故モンスターがお前と行動をともに……! そうか、あの女の仕業か?」


 一瞬で真実に辿り着く優れた推察力も舌を巻くばかりである。


「一体あの女は何者だぁ? 何度も調査したが、一向に素性が分からなかった」


 笑みを崩し、ソルを見つめながら不愉快そうに眉をひそめている。

 コイツにとってすべては予定調和であり、掌の上の出来事。相手を常にコントロールし、絶対的な勝利を得てきた。


 それは事前にあらゆる情報を手にし、どんなことが起きても対処できるようにしているからだ。

 だからコイツは戦う前から自分が勝つことを分かっている。いや、勝てなければ戦わないのだ。会った当初から、俺がコイツと戦略性のある戦いをして勝った試しがない。


 戦略もない、単純なステゴロならば俺の方が強いが、それは子供の時で、成長してからは無作為にケンカを売ってくることはなかった。


 そう考えれば、俺が完膚なきまでにコイツに勝ったといえば、巴との恋人争いくらいだろうか。

 そんな深謀遠慮を常に持つ流堂にとって、唯一の不安要素があるとするなら虎門たちだろう。


 俺がギリギリまで虎門を仲間にしようとしなかったのもこのためだ。

 虎門の噂を聞き、コイツならと当てにしてから俺一人でいろいろ虎門について調べた。仲間を頼らずチャケにも言わずにだ。


 ギリギリまで誰にも漏らさず、そしてタイムリミットが迫りつつある時期を狙って勧誘を仕掛けたのである。鳥本を捕まえられたのは運だったが、アイツのお蔭で交渉はスムーズにいった。

 これで流堂が虎門を調査する時間をできる限り短くすることに成功したのだ。


「モンスターを使役できるってことか? あの女……まさかスキル持ちか?」


 ソルから俺へと視線を戻す流堂に、俺は「さあな」と憮然とした態度で応じた。


「ちっ……まあいい。あのフクロウならともかく、多少強い程度の人間が黒木に勝てるわけがねえからな。それに見たところ、あのフクロウが俺に直接牙を剥くようなことはなさそうだ。あの強さだ。俺を殺すなら事前に殺せたはずだしなぁ」


 どこまでも見透かしてくる奴だ。その通り過ぎて反論できない。


「クソ甘えお前のことだ。俺を殺すのは自分の役目だから手を出すなとでも言ってんだろ、あの女によぉ」

「……だったら何だ?」

「いいや、ただの現状確認だよ。……相変わらず反吐が出るほど真面目でクソッたれなようで安心したって話だ」

「…………」

「んなことより、その背中の悪一文字。それはあれか? 悲劇の主人公気取りかおい?」

「…………俺の覚悟だ」

「クハッ! 覚悟ぉ? 覚悟ときたか! クハハッハッハッハ! 笑わせんじゃねえよ崩原ぁ! お前みてえな奴に悪が背負えるわけがねえだろうが」


 バカにするような笑いとともに流堂は続ける。


「欲しいものも守れず、ぬくぬくと家族ごっこの集団を作っては大した活動もしない。そんなものが悪であるはずがねえだろうが! お前は本物の悪ってのが分かってねえ!」

「……まるで自分がそうだって言いてえみてえだな」

「ククク、悪かぁ。まあ……そうだなぁ。正義か悪かどちらかで言や、俺は間違いなく悪側だわな。けどな……俺はいつかこういう時代が来ると思ってたんだぜぇ? 力こそが正義じゃなく、悪人こそが自由を掴めるそんな時代がよぉ。あ~まったく、良い時代になったもんだよな、崩原ぁ」


 確かにコイツにとっては、こんな崩れた世の中の方が過ごしやすいのだろう。無法地帯となった場所では、暴力こそがものを言う。

 悪そのもののようなコイツは、言うなれば時代に選ばれた存在なのかもしれない。


「……お前の言ってることは正しいかもしれねえ。でもよぉ……」

「あぁ?」

「……俺は今日、ケジメをつけにきたんだ」

「はぁ? ケジメェ?」

「お前をそんなふうに変えちまったのは俺のせいだ。お前……今まで何人の人間を殺してきた?」

「さあ……数えたことなんてねえよ」


 コイツと決着をつける際に、当然いろいろ調べた。

 ヤクザやマフィアとの繋がりも見つかり、流堂によって多くの人間が死に追いやられていたのである。


 中には何の罪もない子供まで手にかけていた。女は犯し、奴隷のように扱い、金と暴力が渦巻く世界でコイツは自由気ままに生きてきた。

 昔は巴や俺の後ろに縋る純粋無垢な子供だったのに……。


 きっとコイツは何もかも信じられなくなったのだ。唯一信じていた俺と巴。

 そんな巴は俺のせいで死に、俺は流堂との約束を守れなかった。


 すべてに絶望したコイツは、闇の世界に身を投じることで俺たちとの日々をなかったものにしたかったのではないだろうか。

 流堂をどうしようもないクズに堕としてしまったのは他でもない俺だ。


 コイツのせいで死んでしまった命は、俺が殺したようなものである。

 だからコイツが悪ならば、俺もまた悪。故にこの一文字を背に刻んだのだ。


「……何度も言うぞ。今日ここで、俺はお前を殺す。殺してやるぞ、流堂」

「クハ……甘っちょろいお前にそれができるのかぁ?」


 しかし俺たちの戦いを始めるには、当面の問題が生じている。

 それは、もちろんジャイアントオーガたちだ。コイツらをまず何とかしなければ、コアの破壊がどうとか言ってられない。


 だがその時、ソルと戦っていた赤いジャイアントオーガが片膝と手をついて倒れそうになった。

 見るとソルも大分疲弊しているが、赤いジャイアントオーガは全身が傷だらけで満身創痍に追い込まれていたのである。


 やっぱソルの奴、大したもんだぜ!


 同じBランクだが、ソルの方が一枚上手だったということだ。

 ソルが赤いジャイアントオーガにトドメを刺すのは間もなくだろう。そのあとは、皆で青いジャイアントオーガを集中攻撃すれば何とかなりそうである。


 そしてソルが最後の突撃を赤いジャイアントオーガに向かってしようとしたその時だ。

 突如奥にある巨大な扉が、何の前触れもなく開き始めたのである。



 一瞬、どういうことか分からずキョトンとする俺たち。あの流堂でさえ、真意を悟れずに怪訝な表情を浮かべ扉の方を睨みつけていた。


 まだ俺たちは門番であるジャイアントオーガたちを倒していない。こういう場合は、倒すことが鍵で、そうすることで扉が開くようなシステムだと勝手に思っていた。


 ゴゴゴゴゴゴという音とともに、ゆっくりと扉が開き、俺たちは息を飲みつつ成り行きを見守る。


 両開きの扉が開く。その奥に見えたのは煌びやかな台座だった。

 まるで美術品でも飾っているかのような荘厳な台の上には、卵のような形をした真っ赤なクリスタルが乗っている。


「あれは……コア?」


 俺の呟きを聞くと同時に、凶悪な笑みを浮かべた流堂がコアに向かって走り出した。


「マズイ! 奴にくれてやるわけにはいかねえ!」


 俺もまた流堂のあとを追って疾走する。


 ――だが次の瞬間、フワリとコアが浮かび、こちらに向かって飛んできたのだ。


 思わず俺と流堂は足を止め、想定外の状況に困惑する。

 そのままコアは高々と浮上したと思ったら、今度は鈍い輝きを見せると同時に、触手のようなものを伸ばしてきた。


 俺たちにではない。二体のジャイアントオーガに、である。

 回避する様子もなく、ジャイアントオーガは触手に絡め捕られると、そのまま持ち上げられコアのほうへ引き寄せられていく。


 二体のジャイアントオーガがコアに同時に触れた直後、目を覆ってしまうような発光現象が周囲を包み込む。

 そして眩い光の中、コアは徐々に変貌を遂げ、光が収束したしたのち、驚愕すべき光景を映し出した。


 ――ドガァァァァッ!


 まるで隕石が降ってきたかのような衝撃で、ソレは地上に降り立った。

 全身を漆黒に染め、紅蓮の瞳と紺碧の瞳を持った生物。


 体長十メートルはあろうかというその巨体は、鋼のような光沢と威圧感を持っている。

 頭部には見たこともないほど大きな角が一本生え、屋久杉のような腕の先にはそれぞれ赤と青の金棒が握られていた。


 突如現れた新しいモンスターに対し、俺たちは言葉もなく立ち尽くすだけ。それほどまでに奴の存在感を受け、まるで蛇に睨まれた蛙状態になっていたのだ。


 そんな中……。


「ブラック……オーガ? ……! そこから離れるですよっ、崩原さんっ!」


 誰よりも先に声を発したのはソルだった。





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