第76話 追いつく流堂

 この巨体だ。まともに拳を突き入れたところで倒せる相手じゃない。

 ブルーオークを倒した時のように、直接顔面に触れて《崩波》を叩き込めばあるいは……だが、そこまで行くのはきっと骨が折れる。


「グラァァァッ!」


 俺に向かって金棒が頭上から迫ってくる。さすがに今の俺が、この威力の攻撃を相殺できる衝撃は放てない。

 故に後方へ大きく飛び退いて回避するが、金棒が地面を抉り潰した影響は激しく、砕かれた地面が俺に向かって襲い掛かって来る。


「ちぃっ!」


 無数の弾丸のようになった礫を、俺は両腕で顔をガードして受け止める。

 大きなダメージは受けなかったものの、今の一撃だけで服がボロボロになり、ところどころに傷を負ってしまった。


 ……ったく、とんでもねえな、モンスターって奴はよぉ。


 いくらスキルを持っているからといっても、肉体的には普通の人間とそう変わらない。今のなんて近くで爆弾が爆発したようなものだ。

 そんな衝撃を幾らでも放てるというのだから、モンスターという存在は本当に規格外である。


 こういう連中が次々と世界中に現れ、人間社会を食い潰していっているのだ。

 人間だって黙ってやられるわけじゃない。人間が対抗できる兵器を使用し、自分たちの世界を守ろうとしている。


 だがゴブリンやオークなどのようなモンスターならともかく、ジャイアントオーガのようなモンスターがもっと溢れたら、とてもではないが人間の手に負える相手じゃないように思える。


「……これでBランクっつうんだもんな」


 上にはA、そしてSランクというモンスターもいるという。

 ソルやシキからも聞いたが、Sランクのモンスターはそれこそ別格らしい。


 次元が違う強さを持ち、どう足掻いても人間が対処できるような存在ではないということ。

 もしそんな奴が本格的に人間を滅ぼし始めたらどうだろうか。


 たとえ核爆弾を使ったとしても勝てるとは限らない。まだまだ未知の部分が多いモンスターのことだ。

 人間が有する最大兵器を無力化するような存在だって出てくるかもしれない。


 そうなれば人間という種は、この世から姿を消してしまうだろう。

 モンスターと戦争をして人間が勝てるビジョンが思い浮かばない。


 スキルを持っている俺でさえ、Bランクの一撃の余波だけでこれだ。スキルを与えられた直後は、人間にもモンスターに勝ち得る機会を神が与えたのかもしれないと思ったが、どう考えても微力過ぎる気がする。


 まるで誰かが、人間が足掻く姿を見て楽しむために、そこそこの力を分け与えたような感じがしてしまう。

 そうして生き残れると勘違いする人間の必死な姿に笑うのだ。


「……気に入らねえな」


 だとするなら、俺たちの敗北は最初から決まっているということじゃねえか。んなもん認められるわけがねえ。

 今もなお必死に戦いながら生きてる連中がいる。スキルも何も無く、それでも知恵を絞り出して多くの同胞を集めて。


 もしそんな光景を見て嘲笑ってる奴がいるなら、俺は必ず探し出してぶっ殺す。

 そしてコイツらモンスターが、その神とやらが用意した約束された勝利者っていうなら、その定めをぶっ壊してやる。


「悪いが俺らの世界は、まだまだ俺らのもんだ。お前らみてえなわけのわからねえ奴らに渡すわけにはいかねえんだよ!」


 俺は青いジャイアントオーガに向かって駆け出していく。

 俺もソルほどではないが、奴らに比べれば小さな存在だ。ちょこまかと動けば、的を絞るのも苦労するだろう。


 相手を翻弄しながら詰め寄っていき、俺は相手の攻撃をかい潜りながら奴の足元へと入った。


 そしてピタッと両手で、奴の右足に触れる。


「どこまで効くか――《崩波》っ!」


 刹那、青いジャイアントオーガの右足がブレ、その衝撃によってジャイアントオーガが膝をつく。

 どうやら俺の力でもちゃんと相手に通じるようだ。


「グルラァァ……!」


 だがコイツにしてみれば、正座を何時間もして足が痺れているような感じだろう。破壊するまでは到達していない。

 俺のこのスキル《衝撃》は、ありとあらゆる衝撃を利用することができる代物だ。


 衝撃波を飛ばしたり、対象の体内で衝撃を増幅させて大ダメージを与えたりできる。

 しかし当然対象の耐久値が高ければ、俺の衝撃力も耐えられてしまう。


「けどこれで十分!」


 俺の目的は、コイツの動きを止め、なおかつ頭を下げさせること。

 すぐさま俺は、青いジャイアントオーガの身体を上っていき、奴の顔面へと辿り着く。


 そしてブルーオークの時と同じように、その頭部に両手で触れる。


「ぶっ壊れろ――《崩波》っ!」


 全力で衝撃力を叩き込む。コイツの頭部から侵入した衝撃が、一瞬にして増幅して暴れ回る。

 大抵の奴なら、これで頭部内の器官が弾け飛び絶命するのだ。


 先程の右足のように、青いジャイアントオーガの頭部が激しくブレる。


「よしっ、これで――」


 勝負あったと思った直後、俺はコイツの右手に身体を掴まれてしまった。


「な、何っ!?」

「グラァァァァァッ!」


 そのまま大きく振りかぶり、物凄い速度で放り投げられてしまった。先にあるのは岩壁。激突すれば致命傷に等しい。

 そんなあわや激突する寸前に、俺は何か柔らかいものにぶつかった。


 それは――チャケだ。


 彼がクッションの役割を果たすために受け止めてくれたのである。

 しかし勢いは止まらずに、そのまま二人して壁へと迫っていく。


 そこへ今度は急激にブレーキがかかり、あっという間に勢いが終息してしまった。

 一体どういうことかと思い確認してみると……。


「ぷぅ、ご無事なのです?」


 そこにはチャケの背中には、いつの間にかソルがいて、どうやらコイツが受け止めてくれたようだ。


「た、助かったぜ……ソル」


 ソルは短く頷くと、再び赤いジャイアントオーガのもとへと飛んで行った。

 戦闘中にもかかわらず、俺にも気を配っているとはさすがとしか言いようがない。


「……チャケもあんがとな」

「いえ、結局俺一人じゃ何もできなかったみてえなんで」

「んなことはねえよ。お前が少しでも勢いを弱めてくれたからソルが間に合ったんじゃねえのか? だからサンキュ」

「才斗さん……! それより才斗さん、アイツに勝てるんですか?」

「……どうだろうな」


 勝てると大口を叩きたいところだが、全力の《崩波》でも倒せないところを見ると、なかなかに絶望的である。


 たださすがに無傷というわけでもなさそうで、青いジャイアントオーガも頭を振って身動きを止めている。ダメージは確実に通っている様子だ。軽い脳震盪くらいかもしれないが。


 倒すには明らかに威力が足りない。ソルもまだ赤いジャイアントオーガを仕留め切れていない。

 これはどうしたものか……。


「――――これはなかなか愉快なことになってんじゃねえかぁ」


 そこへ響いた一つの声。


 俺が思わず顔を向けたそこには――。


「――流堂」


 相変わらずの不敵な笑みを浮かべる奴が立っていた。


「お前、一人なのか?」

「どうだろうなぁ」

「……いや、あの厄介そうなスキンヘッドを虎門が押さえてくれるだけでもありがてえか」


 確か黒木といったはずだ。何でも元総合格闘技の世界チャンピオンという話らしい。格闘技はあまり興味ないので知らなかったが。


「クク、そう心配しなくてもあの刀使いを始末してすぐに黒木はここへ来るぜ」

「……それはどうかな? 虎門を舐めてると痛い目を見るぞ。アイツの強さは個人で図れるもんじゃねえしな」

「? ……何が言いてえか分からねえが、黒木は倒せねえさ。アイツは正真正銘のバケモノだからな」


 バケモノ……だと?


「俺の直属のボディーガードだぜ? その力は言うなれば超人さ」

「超人……?」


 バケモノやら超人やら、一つに統一してほしいが、コイツが何かに例えたりするのは昔からなので、ツッコんでも仕方がない。


「アイツの武力は人を殺すためにある。そう俺が鍛え上げてきたからなぁ」

「お前が?」

「ククク、別に何てことはねえ。いろいろあって表舞台から姿を消した黒木を、俺がクソッたれな富裕層どもが湧きめく闇世界の地下格闘技界に誘っただけ。そこで奴は当時チャンピオンだった男を一瞬でぶち殺し、引退するまでずっと無敗のチャンピオンの座にいた。挑戦者は軒並み……殺してなぁ」


 どうやら俺が考えていた以上に黒木という人物はヤバイ奴らしい。しかしそんな話を聞いてもなお、虎門が負ける姿が思い浮かばない。

 何せアイツには文字通り人を超えた存在――モンスターが護衛についているのだから。


「あの黒木に勝てる人間なんてのはいねえさ。真正面からやり合えば、俺やお前だって勝てねえ。それほどの人材だぜ」


 コイツがそれほどまでに他人を評価するとは珍しい。ということは武力のみにおいてだが、絶大な信頼を黒木に寄せているのだろう。


「しかし……だ」


 それまで優越感を含ませていた笑みを鎮め、流堂がその視線をソルへと向けて険しい顔をする。


「あの小せえのは何だ? 情報には無かったが……ずっとお前と一緒に行動してやがったな、崩原ぁ?」


 何故それを……と思ったが。


「まさかお前、ゾンビに監視を?」

「当然だろ。下手にお前にぶっ殺されちまうと、せっかくの監視カメラ要員が消えるじゃねえか。だから予め隠れてお前の動向を探るようにゾンビどもには指示を出していた」



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