第74話 迷宮の探索

 同時に二人が大地を駆け、瞬く間にして距離を潰してぶつかり合う。

 黒木は一切拳を出さず、神速のような蹴りを次々と放ち、それをシキが軽やかに回避する。


 舌打ちをした黒木は、ロー、ミドル、ハイと、まるで同時に放ったような速度で攻撃した。

 その電光石火な三連撃に対し、シキは回避せずに腕と足を使って防御する。


 防御した瞬間に、シキの踏ん張っている足に力が入り地面が割れた。それほどの威力だということが一目で分かる。だが今度は吹き飛ばされはしなかった。

 シキが鎌を振るうと、これまた見極めた黒木がスウェーで避け……いや、完全には避け切れずに鼻先に裂傷が走る。


 さすがの黒木でも、シキの攻撃速度に完全に対応するのは無理なようだ。


「くっ! うおぉぉぉぉぉぉっ!」


 そこで初めて咆哮を上げた黒木が、物凄い形相で蹴りを放ってくる。

 それはまさに閃光のような一撃で、シキの顔面へと迫っていく。


 だがその一撃を、シキがとんでもない方法で受け止めてしまった。


「なっ!?」


 黒木も驚いたその方法、それは……。


 自分自身の肘と膝で、相手の蹴りを挟んで受け止めたのである。

 腕と足を使った真剣白刃取りのようなものだろうか。


 しかし普通の白刃取りとは違い、勢いのついたエルボーと膝蹴りに挟まれたことで、黒木の右足が大ダメージを受けたことだ。

 これぞ攻防一体のシキの技。見事としか言いようがない。


 痛みに顔を歪める黒木に向かって鎌を振るうシキ。

 黒木の身体にバツ印形の血道が走り、それを見た高須たちが黒木を心配して名を叫ぶ。


 だがそこで手を緩めるシキではない。

 まるで黒木のお株を奪う……いや、先程のお返しとばかりに、シキが黒木に向かって蹴りを放ったのである。


 黒木は防御する術を持たず、シキの攻撃をまともにくらってしまい、そのままピンボールみたいに弾かれて飛んでいく。そしてその先にあった体育倉庫の扉に激突し、扉を押し潰しながら中まで転がり込んだ。


「……終わりました、姫」

「よくやったわ、シキ」


 あれだけの攻撃をまともに受ければ、たとえ人外じみた力を持っている黒木でもひとたまりもないだろう。

 実際起き上がってくる気配もない。あのまま死んだのかもしれない。


「……さて」


 ならあとは残っている羽虫だけだが……。


「「ひっ!?」」


 高須と天川は、俺を見て腰を抜かしてしまう。その姿は、あの時の王坂によく似ている。


「……お前らは結局人を貶めることしかできないんだな」


 勢いで口調が元に戻ってしまったので、気を引き締め直す。


「あなたたちは裏切られた人間の気持ちが分かるかしら?」

「な、何を言って……!」

「そ、そうだ! 俺たちは元々流堂さんの仲間で! だから崩原を裏切ったわけじゃない! 最初から仲間じゃなかったんだ!」


 天川が長々と言い訳をしてくる。その言葉を聞いているだけで苛立つ。


「別にあなたたちがどう生きていくのかなど興味はないわ。それもまたその者の人生だから。けれど……」


 俺は奴らに向かって駆け寄り、まずは高須の顔面を蹴り飛ばしてやった。


「ひぃっ!? ゆ、許して!? 許してくださいっ! も、もう歯向かいませんからぁぁっ!」


 情けなく土下座をして許しを乞うてくる。

 俺はそんな天川の胸倉を掴み、そのまま力任せに引っ張り上げる。


「うぐっ……ぐ、ぐるじいぃ……!?」

「もしあなたたちが人を殺していたら、ここで私が引導を渡してあげていたわ。だからこれは忠告。因果応報――己のやってきたことは、必ず自分に振り返ってくることを自覚なさい。そして――」

「ぐぶほぉぉっ!?」


 鳩尾にキツイ一発を与え、天川を吹き飛ばしてやった。


「――次にバカなことをやってたら殺すからな」


 今のは俺をイジメてくれた礼ってやつだ。ちょっとスッキリしたからこれで十分。あとはコイツらがどう生きようが勝手。だが次に会った時、まだこんなことをしていたら、その時は容赦はしない。


 まあ、このあとモンスターに見つかって殺されるかもしれないが、そこまで面倒は見切れない。死んだら死んだで運がなかっただけと諦めてほしい。

 俺は再度黒木が吹き飛んだ場所を一瞥してから、シキとともに崩原たちが入っていった建物へと駆け出していった。



     ※



 虎門のお蔭で、真っ先に迷宮化した建物へ入ることができた俺だったが、足を踏み入れてすぐにギョッとする光景が飛び込んできた。


 入った建物は、俺が高校生として通っていた時にも存在した校舎の一つで、二階建ての比較的こじんまりとしていた建物だった。

 授業ではほぼ使用せず、部活関連に当てられた校舎である。それは今もなお変わっていないことは調査で判明していた。


 他の校舎と比べても小規模だったはずだが……。


「これはまた……!」


 端から端まで、その気になってダッシュすれば、ものの十秒もかからず走り切ることができる程度の広さだったが、現状は明らかに違っていた。

 見た感じ、俺が通っていた時と内装はほとんど変わっていない。


 ただ……その規模が異常であった。


 入口から入ると、すぐに二階に上がる階段があるのだが、普通そこまでは大股で数歩歩けば辿り着けたはずだ。


 しかし突き当たりに存在する階段まで、どう見ても五十メートルほどはあった。

 それに左右に教室の扉が設置されているのだが、これまた見上げるほど大きな扉になっていて、とても力づくで開けられるとは思えない。


 まるで校舎そのものが巨大化……いや、自分がミニチュア化して迷い込んだ別世界のように感じた。

 まさに迷宮という名に相応しい異様さだ。


 それに加えて、見えるところにはモンスターたちがウロついている。

 この広さなら逃げることも戦うことも自由に選択できるが、下手をすればモンスターに囲まれてしまうこともあり得るので注意が必要だ。


 ただ建物内へ入ることはできたが、肝心のコアモンスターとやらがいる場所が分からない。

 虱潰しに探すしかないのだろうか。かなり時間を費やしてしまいかねないが……。


 そう思った直後だ。

 空から飛来した小さな影が、スタッと目の前に降り立つ。


「お前は――ソル!?」


 それは虎門の使役するモンスターだった。


「ソルについてきてくださいです! 比較的安全なルートで最奥まで案内しますので!」


 どうやらコイツはすでにコアモンスターとやらがいる場所を把握しているようだ。


「才斗さん、どうします?」

「当然ついていく。今はコイツの情報だけが頼りだからな」


 チャケの質問に応え、俺は飛行していくソルのあとを追っていく。

 しかも、だ。俺たちに気づいて襲ってくるモンスターを、一瞬のうちにソルが討伐していくのである。


 敷かれたレールの上をただ走り続けるのは俺としてはどうかと思うが、そんなこと言っている場合でもないし、体力も温存できるのでありがたかった。

 それ以上に、やはりソルの凄まじさをマジマジと見せつけられ驚愕の思いだったが。


 罠なども警戒しつつ、安々と二階へ繋がる階段へと到着した俺たち。


「ここからは少々勝手が違いますからお気をつけを」


 そんなソルの言葉の意味は、二階に上がってすぐに理解させられた。

 そこは勝手が違うどころか、最早校舎という形すら失った異界へと変わっていたのである。


 周囲すべてが岩肌のようにゴツゴツしており、どこぞの洞窟にでも迷い込んだ錯覚が起きた。

 さらに幾つもの穴がそこかしこにあって、どれが最奥へ辿り着く道なのかサッパリ不明だ。

 明らかに攻略者たちを惑わすために設置された罠だとしか思えない。


「ソル、マジで本物の道が分かってんのか?」


 見える範囲で、少なくとも十もの道がある。一つ一つ確かめるだけで相当の時間がかかるし、偽の道には凶悪な罠やモンスターが待ち構えていることだろう。


「当然なのです。すでに幾つかの道を探索し、コアモンスターがいる場所をちゃんと把握しているのですよ!」

「マ、マジか!? この短時間で!?」


 えっへんとでも言わんばかりに胸を張っているソル。


 声にも出してしまったが、マジでこの短時間で探索を終えているのか……?


 確かにソルの飛行速度をもってすれば、それもまた可能なのかもしれない。

 聞けば音速で飛ぶことができるとのことなので、その気になったら、こんな大規模な迷路でもすべての道を確かめるのに、そう時間はかからないのかもしれない。


 ……虎門の奴が羨ましいな。こんな便利なモンスターが傍にいるなんてよぉ。


 そこらのモンスターにも劣らない強さを持ち、調査や探索にも長けた存在は非常に貴重だ。特にこんな世の中なら尚更である。

 少し前はネットなどを通じて情報をすぐに引き出せたが、今は専ら自分たちの足を使わないといけない。


 そんな中で、ソルの能力は実に情報収集能力に優れたものなので、とても魅力的に思えてしまう。





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