第73話 シキ奇襲
「……ずいぶんと器用なことをする女だ。しかしこの力……まさかお前もスキルを?」
「さあ、どうかしらね?」
それにしても今のは危ないところだった。もし二段抜刀をいう手がなかったら掴まれていたかもしれない。
まあその時は、シキが対処してくれるので問題はないが。
「だが普通ではないのは確かだな。その細腕でこの威力……武器を使っているとしても相当なものだった」
そう言いながらフラフラと防御した腕を動かしている。
こっちは骨を砕くつもりで放ったのだが、ヒビすら入ってなさそうだ。今のでもゴブリン程度なら一撃で死ぬというのに、コイツは本当に人間なのだろうか。
「どうやら油断できぬ相手のようだな」
「言うわね。最初からそのようなものしていないくせに」
もししていたら今ので終わってたはずだ。この女性の姿をしているのは、そういう油断を誘うためでもあるが、この男は初めから俺を警戒していた。
過去に強い女性とでも戦った経験でもあるのかもしれない。
〝姫、ここはそれがしが?〟
頭の中にシキの声が響く。
こういう時、漫画とかなら『まだ試したいことがあるからな』や『ここは俺一人にやらせてくれ』などと言って場を盛り上げるのかもしれないが、残念ながらこれは命がかかった現実だ。
〝……そうね、じゃあ次に接触した時に不意をつきなさい〟
だから俺は確実に相手を制する方を選択する。
ただの人間なら、俺一人でも簡単にどうとでもなったが、黒木はどうも時間がかかりそうだ。それだけ中に入っていった崩原たちのことも気になるので、ここはすぐにでも片付けて追わせてもらう。
「次は私から行かせてもらうわよ」
スッと目を細めると同時に駆け出し黒木に肉薄する。
そのまま走り様に刀を突き出すが、黒木がそれくらいで攻撃をもらってくれるような相手ではないのは分かっていた。
彼は切っ先を見極め紙一重で回避すると、そのまま丸太のように太い腕を伸ばしてきた。
やはりまた掴むつもりのようだ。
しかしその直後――黒木の予想だにしていなかった場所からの奇襲が走る。
俺の足元から伸びている影の中からシキが飛び出して、その右手から生やした鋭い鎌を目にも止まらない速度で振るう。
「――っ!?」
黒木の顔が驚愕に歪む。無理もない。突如謎の生物が影から現れたのだから。
刹那、血飛沫とともに黒木の左腕の肘から先が宙に舞った。
だが――ドガガガガッ!
何が起きたのか、俺の目の前にいたシキが、勢いよく地面を転がり、その先にあった茂みへと突っ込んだのである。
「――シキッ!?」
彼の名を呼ぶが、その瞬間、凄まじい闘争心を感じ目の前を見ると、いつの間にか右足を上げている黒木がそこにいた。
……! まさかあの一瞬で蹴りを!?
そういえば彼はこれまでの戦いで蹴りを一切見せなかった。
そこで思い出す。そうだ。彼が得意としていたのはパンチや柔術などではない。
彼が勇名を馳せるきっかけとなったのもそうだが、そのキック力こそが最強を形作ったといっても過言ではないのだ。
……つまり俺は……手加減されてたってことかよ。
今の一撃、俺には一切見えなかった。つまり先程までのやり取りで放たれていたら、きっとシキが出ざるを得なかったはず。
人を一撃で殺したほどの脚力だ。敵であろうとも女である俺に放つのは躊躇したのか、あるいは出さずとも勝てると思ったのか……。
一つ言えるのは、この黒木という男は俺の想定以上の力を持つ存在だということだ。
これが――霊長類最強の男……!
シキによって左腕を飛ばされたというのに戦意喪失どころか、表情もそう変わっていない。
当然高須と天川は、愕然とした面持ちだが、コイツらはどうでもいい。
黒木はむしろエンジンがかかったかのように、闘争心が剥き出しになっている。
……俺とはやっぱ格が違うな、コイツは……。
さすがは俺と親父がかつて憧れた男である。
そこへシキが、すぐさま俺の傍へと戻ってきた。
「姫、ご無事ですか?」
「あなたこそ。攻撃を受けたみたいだけれど?」
「問題ありません。雨のせいで踏ん張りが効かずに吹き飛ばされただけですのね」
しっかりとガードはしたようだ。
「ただ……大した人間です。あの場での返しの一撃。見事としか言いようがありませぬ」
「あなたがそこまで絶賛するとはね。相手にとって不足はないということかしら?」
「はっ、久々に骨のある戦ができそうですな」
シキが両腕から鎌を生やして、俺の前で構えを取る。
「な、なななな何だよそいつ!? 一体どっから出てきたんだ!」
「地面から出てきたみたいに見えたけど……そんなこと有り得ないよな!?」
ようやく高須と天川が揃って声を上げた……が、
「お前たち……うるさいから黙ってろ」
ギロリと黒木に睨みつけられ、二人は委縮して押し黙ってしまった。
そして黒木が眼光鋭く、シキに注目し始める。
「……お前の味方、と考えていいんだな?」
「ええ、私の頼もしいボディーガードよ」
「そうか」
「あら、卑怯とは言わないのね」
「戦いにおいて卑怯などという言葉を持ち得る者は三流でしかない。闇討ち、不意打ち、毒、勝つために手段を選ばない者こそ最後に笑うのだ」
「……本当にあなたは変わったわね」
少なくともテレビで活躍していた頃は、そんなことは一切言わなかった。悪役と称されても、誇りを胸に堂々とした戦いをする人物だったから。
「一つだけ聞かせてほしいのだけれど、かつて世界チャンピオンだったあなたが、どうして流堂のような男に付き従っているのかしら?」
「答えてやる義理などないが」
「……どうしてもダメかしら?」
ファンだった立場としては、やはりそこが気になってしまった。
するとしばらく沈黙を貫いていた黒木が、静かに一言だけ放った。
「……流堂さんは俺に居場所をくれた。感謝している。それだけだ」
居場所……?
嘘を言った様子はない。となるとそれは事実なのだろう。
しかしたったそれだけとも言える。それだけで外道に付き従うなんて、俺にはできない。
本当に実直過ぎて義理堅い男なのかもしれない。この黒木という人物は。
「姫、これからはそれがしがこの男を相手にします」
「ええ、さっさと終わらせなさい」
シキの実力は疑ったことはないし、さすがに黒木でも勝てるとは思わない。
だが黒木本人は違うだろう。彼は腰のベルトで左腕を縛って血止めをしたのち、微塵も揺るがぬ闘争心を醸し出す。
その佇まいは、まるで歴戦の武人を思わせる。いや、実際に生まれる時代が遅かったら、彼はその武で天下を獲っていたかもしれない。
「……いざ」
「……尋常に」
二人が示し合わせたように言葉を繋ぎ合う。
そして――。
「「――勝負!」」
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