第71話 元チャンピオン

 さすがはソルと思えるほどに、彼女の調査力は素晴らしかった。

 流堂のスキルが判明したところで、すぐに迷宮化した建物への調査を再び行わせ、瞬く間に次々と建物を探索し終えていく。


 そして三つ目に侵入した建物で、ついにソルがある光景を目にしたのである。

 それは巨大な重厚そうな扉の前で、守護するように立っている二体のモンスターだった。


 いかにもその扉の奥に何かがあるといった様子。

 ソル曰く、その二体のモンスターは、どちらもBランクで、かなり手強い位置にいる連中らしい。

 そんな奴らが守っている時点で、罠だとはあまり思えない。


 もしかしたら扉の中にコアが隠されている可能性がある。

 そいつらをソル一人で倒せたら一番良いのだが、さすがに同じBランクになったとはいっても、一人じゃ厳しいだろう。


 俺たちは、その建物に当たりをつけ、皆で攻略に向かうことにした。

 だが入口に入ろうとした直後、銃声が響き渡り、視線を向けるとそこには――。


「――――流堂」


 崩原の怒りを込めた呟きが聞こえた。

 銃を構え不敵に笑う流堂を、崩原は憎々しい感じで睨みつけている。


「よぉ、久しぶりだな……崩原ぁ。お揃いでどこ行くのかなぁ?」

「……お前……!」


 崩原の疑問は分かる。

 何故この場所に奴が来ているか、だ。


 俺たちはソルからの情報で、ここが恐らくコアが隠されている建物だと考えた。

 しかし流堂には、まだ判明していなかったはず。


「どうやらここにコアモンスターとやらがいるってことだな?」

「……!」

「何でそんなことが分かったって顔だな、崩原よぉ。なぁに、簡単だ」


 スッと奴が指差したところを見ると、建物の陰に一体のゾンビがいた。

 そして人差し指を自分の目に向けた流堂が、聞いてもいないのに説明し始める。


「あのゾンビは俺の手駒。手駒にした奴らの視界を、俺はジャックすることができるんだよ」

「な、何だと!?」


 崩原の驚きももっともだ。俺だって何その便利な能力って思ったからな。

 つまりゾンビが見ているものを、離れていても流堂は確認することができるということ。


 ということは、あのゾンビを俺たちに張らせ、常に動向を監視していたことになる。


「お前らはずっと待機してた。多分俺が本命の建物を見つけるまで待つつもりだったんだろぉ? そして何らかの方法でそれを知り、俺の後をつける。そういう寸法だったはずだ」


 確かに最初はそうだった。


「けど作戦は変更し、お前らは突然ここへやって来た。他の建物は見向きもせずになぁ。……おかしいだろ? まるでこの建物の中に目的のものがあるみてえじゃねえか」


 コイツ……!


 やはり流堂という男は一筋縄じゃいかない人物のようだ。

 用意周到というか、どっちに転んでも対応できるように、常にアンテナを張り巡らせていたのである。


 崩原も悔しそうに歯噛みしながら拳を震わせていた。せっかくこちらが先に攻略できるかと思った矢先に、出鼻を挫かれた気分だからだろう。

 そして俺もまた流堂という男を少し舐めていた。まさかここまで準備を整えているとは思っていなかったのである。


 それに厄介なことに所持しているスキルの応用性が半端ない。


「ん~? その女が袴姿の刀使いかぁ。噂通りの美人じゃねえか、おい」


 舌舐めずりをしながら俺を見てくる。ゾッとしたものを感じた。


「なあおい女ぁ、そんな矮小な男を捨てて、こっちにこねえか? 人としても、そして女としても、心の底から満足させてやるぜぇ?」

「生憎、あなたのような人間に興味はないわ」

「……何だと?」


 笑顔が固まり、険しい顔つきになっていく。


「女ぁ、発言には気をつけろ。ここで殺されてえのか?」

「どうぞご勝手に。けれど私を殺せるのは……あなたのようなクズではないわ」


 直後、凄まじい殺気が流堂から発せられる。

 その傍に立っているスキンヘッドの男や、まだ生きていたのか高須と天川もこちらをにらんでいる。


 しばらく睨み合いが続く。

 もし流堂が動けば、すぐにでもシキが対処に走るだろう。

 だが不意に流堂がニヤリと笑みを浮かべた。


「いいねぇ、強気な女は俺好みだぁ。そういや、アイツもそうだったよな、崩原ぁ?」

「! ……」


 アイツというのは、チャケから聞いた葛城巴という女のことだろう。二人の共通する女性といえばそいつしかいない。


「アイツは誰よりも優しく、そして強かった。……でも死んだ。いや、お前が殺したんだ。なあ、崩原?」

「…………否定するつもりはねえよ」


 どう考えても崩原に非はないと思う。車の事故だ。仕方ないと言うしかないだろう。


「ククク、まあいい。どのみち今日でお前は破滅する。終わりだ」

「違うな。俺が終わらせる。この勝負で俺が勝って、そんで……お前を殺す」

「クハハ! 言うようになったじゃねえかぁ。……なら仕切り直しだ。こっちも少数精鋭、そっちも同じ。楽しい戦争と行こうじゃねえか」


 よく言う。そっちは大量のゾンビをいつでも仕向けてくることができるくせにだ。


「いいぜ。こちとらお前には腸煮えくり返ってんだ。ぜってえに勝つ!」


 二人の睨み合いが続く中、俺が間に割って入る。


「落ち着きなさいな、崩原さん」

「! 虎門……」

「あなたの使命は、このダンジョンの攻略よ。ここは私に任せてさっさと中へ向かいなさい」

「…………悪い」


 熱くなっていた頭を冷やした崩原は、そのまま流堂から視線を切って建物内へと入って行った。チャケもそのあとについていく。


〝ソル、彼の護衛を頼むわね〟

〝了解なのですぅ!〟


 現在、建物内で待機しているソルに、崩原の守護を任せる。これである程度は安全を確保できる。


「流堂さん、こっちも俺たちに任せて、あなたは行ってください」


 スキンヘッドの男の提案に、流堂は「あぁ」と言い、その場から駆け出していく。

 本当ならここで奴を始末しておきたいところだが、崩原からの頼みもあったし、奴は彼に任せるつもりだ。


「袴姿の刀使いよ。悪いがここで潰させてもらうぞ」


 着用していたジャケットを脱ぎ捨てやる気を見せつけてくる。体格は虎門と比べても二倍近くあろうかと思われるほどの巨体で、明らかに身長は二メートルを超えていた。


 プロレスラーかヘビー級のボクサーのような体型で、全身が筋肉でできているといってもおかしくないほどの逞しさを持っている。

 そのいかつい顔立ちを見て、どこかで見たことがあるような感じがした。ずっと前に見た誰かに似ていて……。


 するとタイミング良く、高須が説明をしてくれる。


「ははっ、とっとと降参した方が良いぜ! この黒木さんは何ていっても元総合格闘技の無差別級王者なんだからなぁ!」


 ……! ああ、それで見覚えがあったのか。


 確か……黒木拳一。元々はキックボクサーだったはずだ。そこでも世界チャンピオンになり、すぐにタイトルを返還したのちに総合格闘技界へ身を置いた。 


 デビュー当時からすべてをKOで仕留めてきた無敗王者で、その実力は総合格闘技界でも存分に通じ、瞬く間に世界チャンピオンの座を獲得したのである。

 だがチャンピオンになって一度だけ防衛した後、彼は総合格闘技界から身を引いた。


 俺も彼が初めて総合格闘技王者になった瞬間をテレビで観ていたから知っていた。あれは今から十年も前のことだが、まさに圧巻ともいうべき戦い方で勝利を収めたのだ。

 当時のチャンピオンを、開幕直後に放った、たった一発の蹴りでKOしたのである。


 チャンピオンの腹部に突き刺さったのその蹴りは、チャンピオンの骨を砕き内臓を破裂させたのだ。

 すぐにチャンピオンは病院に搬送されたものの、医者たちの奮闘空しくそのまま他界してしまった。


 その事実に世界が湧き、当時最強と言われていたチャンピオンを、一撃のもとに沈めた黒木は、霊長類最強の男とされたのだ。

 ただ事故とはいえ、人を殺したのも事実であり、彼に対する称賛とは別にバッシングなども多々あったという。


 チャンピオンは人望厚く、誰にも慕われており、子供たちのヒーローとまで呼ばれていた。また顔立ちも良く、女性にも人気があった。

 そんな男を、突如現れた熊みたいな男が殺したのだから、不満を口にする者たちも数多くいたのである。


 そして世間から、彼はこう呼ばれるようになった。


「――――『リングの殺し屋』」







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る