第70話 凶悪な過去

 その場に連れてきた手下たち、それらほとんどがゾンビとして復活を遂げ、流堂の指示により、無感情のままダンジョン探索へと赴いていく。

 異様にも思えるその光景を、ただ冷笑を浮かべながら見つめる流堂がいる。


「……よろしかったんですか? これではもう彼らは……」


 流堂の傍に、ただ一人控えているのは黒木というスキンヘッドの男。その男が、複雑そうな表情を浮かべながら、変わり果てた仲間を見ている。


「クク、元々このために連れてきた連中だ。どうせ力も何もねえ奴が、モンスターども相手に立ち回れるわけねえだろうが」


 つまりは最初からここで死んでもらう予定だったようだ。

 その計画を聞き、黒木の顔が一瞬で強張る。それもそのはずだろう。いつ自分の番が来てもおかしくないのだから。


「っ……しかし一度こうなればもう元には……彼らにもまだ利用価値はあったかと思いますが?」

「利用価値ねぇ……。甘い汁に寄ってきただけの連中だぞ? こんなことでしか使い道なんてねえだろうが、ん?」

「は、はぁ……」

「それに黒木ぃ、ちゃぁんとまだ利用価値がある奴らは残してやってんだろぉ? なあ、高須に天川ぁ?」

「…………」

「おい、返事をしやがれ二人とも」

「「は、はいっ!」」


 黒木のさらに背後には、腰を抜かしたように尻もちをついて、変わり果てた仲間たちを凝視する高須と天川。

 彼ら二人はすぐに立ち上がり直立不動を取る。しかし顔色は悪く、明らかに全身が恐怖で震えてしまっていた。


「コイツらは俺の指示をちゃんとこなせてたからなぁ。その褒美に、殺してねえだろぉ?」

「確かにコイツらは、あなたの命令で崩原勢力に潜入し、勢力崩壊の一端を担いましたが……だとするなら、崩原勢力から離散してきた者たちもまた同じでは?」


 高須と天川だけではなく、崩原についていたスパイはまだたくさんいた。しかしその者たちは、現在ゾンビと化してしまっている。

 何故高須たちだけが特別生かされているのかを黒木が尋ねているのだ。


「あぁ、アイツらは俺に憎しみを抱いてたからなぁ」

「……は?」

「言ってなかったかぁ? この俺の能力は、俺に憎しみや恨みを持つ者にしか効果を持たねえんだよ」


 すると流堂がスッと右手を上げ、ワイングラスを持つような形を整える。

 手の中には何もなかったが、瞬時にしてそこに青紫色の種のようなものが創造された。


「この種――《腐悪ふあくの種》を人間に埋め込めば、死んだ際にゾンビ化させ俺の手駒にすることができる。ただし……この俺に強い負の感情を持ってねえと種は実ってくれねえがな」


 そして生前、その身に宿していた負の感情を栄養分とし、種は開花し、人間をゾンビ化させる。

 それが流堂の持つ――。


「スキル――《腐道ふどう》の力だ」

「こ、これが……流堂さんのスキル……!」

「マジでんな力があったんだな……!」


 初めて見た様子の高須と天川は、恐ろし気に喉を鳴らしている。


「すみません、流堂さん。ということは、離散してきた者たちは、すべてあなたに恨みを持っていた?」

「あぁ、俺は元々負の感情に敏感でなぁ。そいつの目を見れば、俺にどういう感情を抱いてるのかなんて丸分かりなんだよ。アイツらめ、脅されて俺につくしかなかったとはいえ、やっぱ俺のことを恨んでやがったわけだ。まあ、当然だろうがなぁ」


 崩原の元にいた者たちのほとんどは、本当に彼を慕っている者たちばかりだった。しかし狡猾な流堂は、その想いを逆に利用したのだ。


 人質を取り、無理矢理崩原を裏切らせた。そのため仕方なく崩原を裏切らざるを得なかった者たちは、流堂に強い憎しみを持つ。そしてその感情を湧かせ、このように利用することも最初から流堂の計画の内だったのである。


「負の感情を……一目で……」

「ククク、まあこれも一種の才能だろうなぁ。いや、環境が育てた後天的な才ではあるがな」

「環境が育てた?」

「何だ、聞きてえのか? まあ暇潰しに語ってやるよぉ。俺が児童養護施設出身だってことは知ってんだろぉ?」

「はい。そこで崩原才斗と出会ったということも」

「「え……!?」」


 その話は初耳なのか、敵の大将との繋がりを聞いて高須と天川が揃って驚いている。


「俺が何で施設に送られたか、知ってるか?」

「い、いえ、存じ上げませんが」

「簡単に言や、親が死んだからだな。引き取ってくれる親戚もいない。だから俺は八歳の時に施設へと送られた」

「……では施設の環境で、その負の感情を見抜く才を磨かれたと?」


 しかし「いいや」と流堂は首を振る。

 話を聞いていた三人ともが、互いに顔を見合わせ小首を傾げた。


「あ、悪いな、さっき言い間違えてたわ」

「「「……?」」」

「親が死んだっつったが、ありゃ間違いだ。親……父親は――――俺が殺したんだ」

「「「!?」」」


 とんでもない爆弾発言に、三人が一様に息を飲んだ。


「こ、殺したとは……その、比喩的な表現ですか?」

「黒木ぃ、俺が殺したって言えば、マジで殺したに決まってんだろぉ」

「! す、すみません! ですがその……」

「あん? 施設に送られるようなガキだったのに、ってことかぁ?」


 黒木は沈黙しながら目を泳がせた。つまりはそういうことらしい。


「まだ八歳だったガキが、親を殺すとは思えない? お前はそう言うんだな?」

「……はい」


 普通に考えれば、確かにその考えに行きつくだろう。

 未発達過ぎる精神と肉体で、成熟している大人の男性を殺せるとは思わないはず。


「クハハ、まあ滑稽な話だ。あのクソ親父の食事に毒を混ぜてやっただけ。それで面白いようにコロリと死んじまいやがったよ」


 さも楽し気に語る流堂を、三人が恐ろしいものを見るような目つきで固まっていた。


「毒……ですか?」

「あぁ、親父は女好きでなぁ。いろんな女にちょっかい出してはトラブルを抱えてやがった。だから殺される動機は幾らでも見繕えた。俺が殺しても、誰も俺が手を下したなんて思う奴はいねえと踏んだ」


 そして流堂は語る。父親をどうやって殺したのか、を。

 まず彼がやったのは、ガキ一人でも手に入る毒物の調査からだった。


 学校の図書室や、市民図書館でいろいろ調べた結果、毒キノコや毒草などがピックアップされたのである。


「……キョウチクトウって知ってるか?」

「いえ、初耳ですが」

「コイツは見た目はまあ、ピンク色の花を咲かせる綺麗な野草の一つだ。だがこれがまた信じられねえくれえ強い毒性を持っててな。こんなエピソードもある」


 何でもキョウチクトウの枝を使ってバーベキューをした者たちがいたらしいが、それで死者が出たという例や、キョウチクトウの葉が混在した餌を食べた牛が十頭ほど死んだなど。


 またキョウチクトウの周辺の土壌も毒化するほどの凄まじい性質を持っている。

 キョウチクトウに含まれるオレアンドリンという成分は、ドラマとかでもよく扱われていてメジャーな、あの青酸カリをも上回る致死量を有しているのだ。


「俺はそいつをペースト状に潰したもんを、親父の女が作り置きしていたカレーにこっそり混ぜてやった」


 カレーならば香辛料の香りで、多少の違和感は払拭することができる。


「親父は何の疑いもなくソレを口にし、俺の前で倒れやがった。当然すぐに病院に連絡しようとした親父だが、家の電話も携帯電話も、外と連絡を取れる手段は予め封じておいたから、親父は訳が分からねえって感じの顔をしてたなぁ。あの時やアイツの顔、マジで愉快痛快って感じだったわぁ」


 心底面白そうに話す流堂をよそに、他の三人は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべている。


「外に出る気力はなくてなぁ、親父は俺に助けを求めてきた。けど何となく分かってた。ああ、もうコイツは長くねえなってな。だから俺は最期にこう言って外に出た――『ざまあみろ』ってよぉ」


 その言葉を聞いた直後に、父親は白目を剥いて前のめりに倒れた。

 あとは隠していた携帯や、外しておいた電話線を元に戻し、しばらく外をブラブラして家に帰ったのだという。


 そこでは親父の女が訪ねてきて、すぐに警察に連絡したのか、すでにパトカーと救急車が来ていた。

 病院に運ばれる親父だったが、すでに息はなく死んでいたらしい。


「そ、そんなことが……!」


 黒木の絞り出すような声音が飛ぶ。

 高須と天川などは絶句状態だ。まるで不気味なものでも見るかのように流堂を見ている。


 それもそのはずだろう。まだ八歳の子供が一人で考え実行できるような計画ではない。


「ひ、一つ聞いてもよろしいですか、流堂さん?」

「あん? 何だよ黒木?」

「何故父親を? それに母親は一体……」

「……お袋は親父に売られたよ」

「は……は? う、売られた?」

「親父はマジでクソでな。金を稼ぐために、お袋を自分の知り合いに売ってたんだ。時には家で、その知り合いと一緒にお袋を弄ぶんだからぶっ飛んでんだろ?」


 最早黒木も言葉にできないようだ。それほどまでに流堂の環境は確かに劣化し過ぎている。とても一般家庭とは思えない。


「それに……俺にも客を取らせやがった」

「!? ……流堂さんにも、ですか? いや、しかしその時あなたはまだ……」

「ああ、五歳になったばっかの頃だ」


 まるでビックリ箱のように、次々と信じられない事実が流堂の口から飛び出してくる。


「クソ汚えオッサンや、ショタ趣味のババァなんかを相手させられたなぁ。あれはマジで最悪だった。断れば当然親父に殴られる。お袋も見て見ぬフリだ」


 だから自分を守るためにも、父親の言うことに従うしかなかったのだという。


「んで、お袋はある日……自殺した。いや、俺と一緒に心中しようとしたんだ」

「「し、心中!?」」


 押し黙っていた高須と天川が同時に声を上げた。


「ああ、練炭自殺を図りやがった。けど俺はお袋と一緒にあの世に行くつもりなんて毛頭なかった。だから途中で逃げ出したんだ。誰が今まで見て見ぬフリしてた奴と死んでやるかよ」


 息子にまで見放された事実から、母親は一人で自殺を決行した。


「当然親父は、そのまま死体が見つかれば事だからと、お袋を利用して得たヤクザの手を借りて、お袋の死体を内々に処理しやがった。そして、そこから俺の地獄はさらに加速した」


 虐待に次ぐ虐待。

 食べるものも碌に与えてもらえず、毎日暴君という名の父親の恐怖政治のもと生きていた。


 父親が用意した客の機嫌を損ねた時も、キツイ仕置きが待っていたので、流堂は相手の感情を読み、常に気持ち良くさせる術を学んだ。

 その経験があったからこそ、負の感情を敏感に悟れる能力を得たのだと流堂は考えていた。


「それからはあれだぁ、さっき話したみてえに八歳の時に、いよいよ我慢できずに親父を殺した。そしてそのまま俺は施設に送られたって流れだな。あん? どうしたお前らぁ、そんな複雑そうな顔しやがって」

「い、いえ……そ、壮絶な過去だなって……」


 最初に口を開いたのは高須だった。しかし流堂はクハハと笑う。


「おいおい、それじゃあまるで俺が悲劇の主人公みてえじゃねえか!」

「え? で、ですが……」

「俺は感謝してんだぜ、これでも両親によぉ!」


 三人ともが流堂の言葉を受け固まる。仕方ない反応だろう。

 どう考えてもクズとしか思えない両親に感謝していると彼は口にしたのだから。


「あの経験があったから、人間の本質ってもんが分かった。いろんな人間を見てきた。結果、人間は欲の塊だぁ。その欲をどう扱ってやれば人を動かすことができるのかを学べた。俺は誰もができねえ経験を僅か五歳の時からできたんだ。だからあの環境を作ってくれた親には感謝してるぜぇ」


 本当にそう思っているのか、愉快そうに笑顔を見せる流堂。しかしその彼の瞳には、一切の輝きはなく、どこか深淵にあるような昏さを宿している。


「そして……あの経験があったから施設で出会えた。あの野郎にな……」


 流堂が椅子から立ち上がり、深い笑みを浮かべる。


「崩原才斗……アイツは俺とは真逆の人間だ」

「へ? で、ですが同じ施設出身なんですよね?」


 今度は天川からの質問だった。


「あぁ、だがアイツの本質は俺とは違う。育ってきた環境も、アイツが生まれ持っている才能や考えも何もかもが逆……。だが……惚れた女だけは同じだったがなぁ」


 そこへポツポツと小雨が降ってきた。

 流堂は両手を広げ、まるで雨を出迎えているような仕草をする。


「だからこそ俺はアイツを完膚なきまでに潰す。アイツのすべてを否定する。そうすることで、俺の存在がすべてにおいて正しいことを証明してやるんだぁ。ククク、今日で決着が着く。そしてアイツに、崩原を選んだのは間違いだったことを示してやる。どちらが本当に強いオスなのか、相応しかった存在なのかを見せつけてやる」


 徐々に激しくなっていく雨の中、流堂の不気味な笑い声だけが響いていた。




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