第69話 流堂の持つ力

〝どうかしたかしら、ソル?〟

〝迷宮化した建物へ連中が入っていってしばらくは何も起きていなかったのですが、途中で数人が建物内から慌てて脱出してきた模様なのです〟

〝数人? 慌てて……ということは、コアモンスターが見つかったということかしらね?〟


 それに建物に入っても任意で出られるという情報も得られた。


〝どうもそういうことではなさそうなのです。出てきた連中が流堂のところへ向かうので、ソルもついていって様子を見守りますです!〟

〝ああ、バレないように気をつけなさい〟


 さて、これで何かしらの新情報が手に入ると思うが……。

 しばらくソルからの反応が返ってくるまで待機していると、ようやくソルの《念話》が飛んできた。


〝ご主人、ソルなのです〟

〝ええ、話を聞かせてちょうだい〟

〝どうやら建物内へ侵入したほとんど者たちは、罠やモンスターに返り討ちにされたとのことなのです〟

〝……やはり奴らでは太刀打ちできなかったってわけね〟


 いくら武器の扱いに慣れた連中だからといって、五十人かそこらで大規模ダンジョンの探索には無理があったようだ。まあ分かっていたことだが。


〝それは他の建物でも同じようで、次々と数人が逃げ帰るように出てきてますです! その度に、流堂に『役立たず』といって処刑されてますですが〟


 処刑……つまりは、その場で殺されているということか。自分のために必死になってくれている奴らにして良いことじゃない。本当にクズの所業でしかない。


〝けれど朗報もあるわね。建物は一度入っても出られることが分かったわ。……ソル〟

〝ソルが連中の代わりに建物内を調査してくれば良いのですね?〟

〝さすがね。……頼めるかしら?〟

〝まっかせてほしいのです! ソルはこのためにいるのですから! ではさっそく向かうのです!〟


 ソルに任せれば、きっと問題なく調査してくれるだろう。危ない時は脱出もできるようだし、これで流堂勢力に期待するよりは断然良い。

 ソルが動けるようになったと考えれば、連中も役に立ったと言えるだろう。


「ソルから情報が入ったわ」


 俺は、いまだにじゃれついている二人に、先程手にした情報を教えてやった。


「あのクソ野郎! 仲間を何だと思ってやがんだ!」


 崩原にとって、流堂の失敗を喜ぶことよりも、奴がしでかした処刑に関して憤りを感じているらしい。

 無理もないだろう。その中には、昨日まで傍に居た連中だっていたかもしれないのだから。


 たとえ裏切った相手だとしても、彼にとってはできればむざむざと死んでほしい者たちじゃなかったのだろう。

 崩原のこういう真っ直ぐな情愛には理解できない。俺だったらざまあみろとでも思うはずだから。


「にしても流堂の奴、これからどうするつもりなんですかね?」


 チャケの言葉により、怒っていた崩原も思案顔を浮かべる。


「多分現状のメンバーで探索が困難だってことは流堂の奴も分かったはずだ。けど……多分、それも奴のことだから予測済みだと思う。何かしらの手を残してるはずだぜ」


 一つの失敗で安穏とできないということらしい。

 確かにこれまで策を講じて他人をハメてきた奴が、手下たちの失敗を予想していないはずがない。崩原の言う通り、次善策が……いや、本命を必ず残しているのは間違いない。


 その時だった。


〝ご主人! 変なのですぅ!〟


 突如、ソルから慌てたような声音が届いてきた。


〝そんなに大声を出して、何があったの?〟

〝あ、あのですね! 蘇ってるのですぅ! しかも見た目も変わってぇ!〟


 ……? この子の言ってることがよく分からんのだが……?


〝落ち着きなさい。まずは情報を一から正しく伝えること。いいわね?〟

〝す、すみませんなのです!〟


 はーふーはーふーと、ソルは深呼吸して心を落ち着かせたあと、


〝じ、実はですね、先程罠やモンスターに殺された連中なのですが……〟


 殺された連中が何だというのだろうか……?


〝蘇って再び探索を開始しているのです!〟


「何ですって!?」


 思わず声を上げてしまったことで、この場にいる崩原たちも何事かと視線を向けてきた。

 何かを聞き出そうとしてくる崩原に対し手を上げて、今は少し待てという仕草で大人しくさせる。


〝ソル、蘇ったとはどういうことかしら? それに先程見た目がどうとかも言っていたわね?〟

〝じ、実はですね、死んだはずの人間たちが、ソルたちみたいなモンスターになって動き出しているのです〟

〝あなたたちみたいな? そんなに姿が変化しているの?〟

〝えっとですね、身体は土色っぽくなって、嫌な臭いもあって、正直腐ってる感じで臭いんですぅ! それに生きてる感じもしないのに生きてて!〟


 土色? 腐った臭い? 生きてる感じがしないのに生きてる?


 最後の印象はよく分からないが、恐らくは生気を感じられないのに動いていると言いたいのだろう。

 だが彼女の言葉から推察するに……。


〝……それってまるでゾンビみたいね〟

〝ゾンビ!? そ、そうなのです! 確かに言われてみればそっくりなのですよ!〟


 だとしたらどういうわけだろうか。

 その建物内で死んだ人間は、いや、死んだすべてのものはゾンビとして生まれ変わるということか?


〝……ソル、あなたがいる建物内にいるモンスターの中にゾンビはいたかしら?〟

〝遭遇したモンスターに関してはいませんです。あくまでもゾンビ化してるのは人間だけなのですよぉ。ただ……〟

〝ただ?〟

〝他にも人間の骨らしいものはあるんですが、それは前にここに入ってきた人間のものなのです。何故かそれらは蘇ったりはしてないようですが〟


 ……確かにここには以前、警察たちの手が入っていた。その中には、罠やモンスターに殺された連中だって存在しただろう。もしくはここの学校に通っていた生徒や教師の亡骸。


 もし建物内で死んだ人間がゾンビ化するのなら、彼らもそうなっていてもおかしくない。いや、現状がそうなっている以上は、ゾンビになっていないと変だ。


 それなのに何故……?


〝…………! ソル、一度外に出て流堂のところへ向かいなさい〟

〝! 了解しましたです!〟


 幸いソルの動きは、ここのモンスターでもそう視認できないほどの速度だ。瞬く間に建物内を翔け抜け、流堂のところへと辿り着いた。


〝――! ……ご、ご主人!〟

〝そこで見たものを正確に伝えなさい〟

〝は、はい! えっと……流堂の周りにゾンビがいるです!〟


 ……やっぱ、そういうことだったか。


〝つまりさっき流堂に殺された連中が息を吹き返して動き始めているということね?〟

〝そうなのです! そしてゾンビたちが、次々とまた迷宮化した建物へと戻っていくのです!〟

〝……理解したわ。ソル、今はゾンビに構わず、あなたは建物の調査に専念なさい〟

〝か、畏まりましたです!〟


 余計なことをいちいち追及してこないから、やっぱりソルは便利である。

 俺は今手に入った情報を咀嚼し、いまだ説明が欲しそうにこちらを見ている崩原に顔を向けた。


「……嫌な報告があるけれど、聞きたい?」

「そう言われると聞きたくなくなるじゃねえか。……けど、どうせ聞くべきことでもあるんだろ?」


 俺は溜息を一つ吐き、そして静かに口を開く。


「恐らくだけれど、流堂の力の正体が分かったわ」

「何だと!? マジかそれ! 一体どんな能力だ! やっぱスキルなのか!」

「落ち着いてください才斗さん! そんなに矢継ぎ早に言っても、虎門だって困ってしまいますよ!」

「あ、ああ……悪いな、虎門。ちょっと興奮しちまった」

「ふふ、別にいいわよ。これから話すことは、ソルが実際に見て、私が推測したものよ」


 俺はごほんと咳払いしてから続ける。


「先程流堂の手下たちが死んだ、あるいは殺されたと言ったわね?」

「ああ、聞いたな」

「その連中が、突然復活したわ。……ゾンビ化してね」

「へぇ……って、はぁぁ!?」


 そりゃ驚くよなぁ。俺だって信じられない情報なんだからよ。


 ソルから聞いた話を、彼らにも分かりやすく伝えてやった。


「マ、マジかよ……! じゃああの野郎の力って……」

「仲間……いいえ、一度手駒と化した人間をゾンビ化させ操ることができるのではなくて?」

「生前でも脅迫などを通じて従わせ、その上、死んでまで利用するなんて……どこまで性根の腐った奴だ!」


 チャケもまた怒りに満ちた声を上げた。

 しかしなるほど。これが流堂の本命の策なのだろう。たとえ人間の手駒が死んだとしても、今度はゾンビとして利用できる。


 恐らくゾンビとなってからは、人間の時のような感情などないのだろう。

 だから罠やモンスターに恐怖することも、いや、死ぬことに怯える様子もないことから、まさに死人兵を得たような感じか。


 流堂は、最終的にここに連れてきた連中のすべてを殺してでも、自分の死人兵として働かせるつもりだったのだろう。

 これこそ悪逆非道としか言えない所業である。


 一体奴をそこまで狂わせた理由は何なのだろうか。生まれつきそんな人間なんて存在しないのは分かる。

 だがそこまで歪んでしまうとは、どんな道を歩めばそうなるのだろうか。

 俺は初めて流堂という男に対して恐怖を覚えてしまった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る