第68話 スキル持ちの存在

「……は?」


 思わず声を上げてしまったが、今のは一体何が起きたのだろうか……?


 間違いなく崩原の拳は相手には当たっていなかった。それなのに、突き出された拳が腹部に直撃したように、ブルーオークが身体を折り曲げながら後方へと吹き飛んだ。


 ブルーオークもまた、何が起きたのか困惑気味な様子だが、すぐに立ち上がり、再び崩原へと迫っていく。


「おう、そうだ! もっと来い!」


 またも崩原は回避する様子を見せず、先程のように右拳を引いて身構える。


「――《空波》!」


 同じく突き出された拳は、ブルーオークに当たる前に空を切るが――。


「グボァァァッ!?」


 今度も見えない何かによってブルーオークは弾け飛んでしまう。


「……一体何が?」

「恐らく一種の衝撃波ではないかと」

「シキ?」


 どうやら彼には崩原が起こしている不可思議現象の正体が分かっているようだ。


「衝撃波……って、つまり拳圧で吹き飛ばしているというの? あの巨体を? さすがにそれはあり得ないのではなくて?」


 漫画やアニメじゃねえんだから。そんな力が普通の人間にあるわけがねえ。


「普通の人間なら……ですな。しかし姫のように異才を授かったのだとしたら……?」

「!? ま、まさかスキル……!」


 今まで俺と同じスキルの力を持つ者には出くわさなかった。

 しかし存在しないとは思っていない。そもそも俺のは《ユニークスキル》と銘打ってある代物だ。


 つまり普通のスキルだって存在するし、誰かが有している可能性だって当然考えられた。

 だがあまりにも出会わなかったので、俺の住んでいる街では俺だけしかスキル持ちはいないのではと思い始めていたのである。


 崩原は俺を驚かせるといった。それはソルやシキを見た時と同様な衝撃を俺に与えるということ。

 確かに普通では考えられない現象を引き起こすかしなければ、ソルたちの存在と対等になる真実はないだろう。


「ギギィ……!」


 相当ダメージを負ったのか、ゆっくりと起き上がるブルーオークだったが、いつの間にか崩原が奴の懐へと入っていた。


 ギョッとするブルーオークだが、その隙をついて、崩原がジャンプして奴の頭部に両手を添えた。


「これで終わりだぜ――《第二衝撃・崩波ほうは》!」


 直後、ブルーオークの身体が一瞬ブレたと思ったら、次に目や鼻、そして耳や口から血液を噴出させた。


 崩原が地上に降り立つと、ブルーオークは一歩、また一歩と後ずさりし、そしてそのまま仰向けに倒れてしまう。

 ビクンビクンと痙攣しているが、徐々にそれが弱まっていき、ついには身動きを一切しなくなり、そのまま光の粒となって消失していく。


 この現象、つまりモンスターを討伐したということだ。

 これまで俺以外の人間がモンスターを討伐するところは何度も見た。だが、何の武器も持たずに素手で討伐した人間は初めてである。


「崩原才斗……」


 ブルーオークを倒しガッツポーズをしている彼を見ながら、無意識に彼の名を呟く。

 自分以外のスキル持ちに初めて出会った。


 この感情は何だろうか。

 何だかモヤッとしたものも感じるが、どこかやっぱりなという納得感もある。


 これで自分以外にも特別な力を持った輩がいる事実が判明した。

 いや、まだ分からない。あの力がスキルなのか、今はシキの推測でしかないのだから。


 意気揚々といった感じで戻ってきた崩原は、「さすがですっ、才斗さん!」と言って喜ぶチャケと拳を合わせている。


「どうだ? 俺だってなかなかにやるもんだろ?」

「……ええ、そうね。けれどそんな力があるなら、わざわざ私に頼らなくても良かったのではなくて?」

「あー実はこの力は元々あったわけじゃねえんだわ。だからまだ未熟っつーか、訓練不足っつーか、な?」


 この言い分。生まれつき備わっていたものではないというのは間違いない。

 まるで最近手に入れた代物で、使いこなすにはまだ時間が足りていないということ。


「……一体あなたのその力は何なのかしら?」

「あん? 俺もよく分かってねえんだよ。ただほら、ゲームとかにあるだろ、〝スキル〟っての。あれらしいんだわ」


 ……! ……言質が取れちまったな。


 その名を口にされたらもう疑いようがない。


「悪いな。驚かせてやろうって思って、今まで言わなかったんだ」

「作戦を立てる上であなたの力は重要だったはずよ。事前に教えてもらいたかったわね」

「わ、悪かったって。何だよ……怒ってんのか?」

「怒る? そんなわけがないでしょう?」


 何故俺が怒る必要があるのか。ただ……理解はできたが、どこか釈然としない感情があるだけだ。

 別に俺だけが特別選ばれたというような勘違いはしていない。しかしこの事実により、今後、人間相手でも十二分に警戒する必要性が出てきたことに面倒だと感じているのだ。


「そのスキル……だったかしら? あなただけが持っているの?」

「少なくても《イノチシラズ》じゃ俺だけだったな。けど……」


 瞬間、剣呑な雰囲気を醸し出す崩原。その様子を見てピンときてしまったが……。


「多分……流堂も持ってるような気がするんだ」


 ああ、やっぱりか。できれば予想は外れていてほしかったが。


「その根拠は?」

「アイツは俺がこの力を持ってんのを知ってる。前に見せちまったからな。けどそれでもなお、こんな勝負を挑んできやがった。それはこの力に対抗できるものがアイツにもあるって証拠なんじゃねえかな」


 さすがは元親友。相手の考えが分かっているようだ。

 しかしだとしたらマジで厄介だ。相手のスキルによって、状況は幾らでも変化してしまうからである。


 俺はソルにこのことを《念話》で伝え、より警戒するように指示をした。


「ちなみにあなたのその力は、どういったものなのかしら?」


 こうなった以上は、できる限り他スキルの情報を得ておこう。


「ああ、こいつはスキル《衝撃》っていうらくてな。まあその名の通り、衝撃に関していろいろできる能力っぽいんだが……」

「だが?」

「扱いが結構難しくてな。毎日鍛錬はしてんだが、あいにくこの力を手に入れたのは少し前だしよぉ」

「少し前?」

「おう、世界が変わった日って言や分かるか?」


 やはり俺と同じ日か。どうやらその日に、スキル持ちは覚醒したらしい。

 しかしだとしたら何故もっと大げさな噂などが蔓延していないのか。


 不思議な力を持った存在がいれば、ネットのように人の口を通って電光石火に広がっていくはず。

 それだけ異質な存在というのは目に留まってしまうからだ。


 この虎門だって、噂が広まるのは当然ながら早かった。俺はそれを利用して商売をしているのだから。

 それなのに他に噂がないとなると、スキルを持った自覚がないのか、秘匿しているのか、そもそもスキル持ちは本当に数が少ないのか、だ。


「……スキルを持った時、あなたはそれにすぐに気づいたの?」

「あん? ああ、あれは確かモンスターと初めて遭遇した時だったか? 『まるでゲームみてえだな。じゃあ魔法やスキルとかもあんのかねぇ』みてえなことを言った瞬間に、目の前に文字が現れてな」


 そこには〝スキル:衝撃 を覚醒しました〟と書かれていたらしい。俺とまったく同じである。

 俺もまたスキルという言葉を口にした直後に、その文字が目の前に現れたのだから。


「実はさっきお前さんがモンスターを使役してるって聞いて、もしかしてお前さんもそういうスキルを持ってるって思ってたんだがよぉ」

「残念ながら違うわ。あくまでもソルたちは自らの意思で私に従ってくれているもの」


 そういうスキルとしておくのもいいが、だとすると実際にテイムするようなところを見せてくれと頼まれることもあるかもしれない。それは些か面倒なので、スキルは初耳ということにしておく。


「けれどもしかしたらこれから先、私にもあなたのようにスキルを得られることもあるかもしれないわね」

「うむ。その時は先輩としていろいろ教えてやればいいんじゃねえですか、才斗さん」

「は? い、いや、だから俺はまだ未熟だって言ってんだろうがチャケ!」

「ははーん、さては女に教えるのは緊張するから嫌だってんですね?」

「おいこらチャケ、誰をからかってんだてめえは!」

「いーたたたたぁ! すみませんっ、才斗さぁぁぁん!」


 相変わらずの仲の良さを見せつけてくる。

 チャケもヘッドロックをかけられながらも笑っているようだし。


〝――ご主人!〟


 その時、不意にソルから連絡が届いた。



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