第65話 一族設定は便利
「おう、悪い悪い。待たせちまったよなぁ」
手を上げながら駆け寄ってきた崩原。その顔色は、どこかスッキリしているが……。
コイツ、マジで出すもん出してきたんじゃ……?
てっきり一人の時間を作って、頭の中を整理してきたのだと思っていたが、本当に腹の中に溜まっているモノを捻り出してきただけなのかもしれない。
「……うし! さっさと攻略について話し合うぜ」
……いや、この目。
確かにスッキリとしてはいるが、先程までとは違った揺るぎのない強い瞳をしていた。
やはり気持ちの整理もまたしてきたのだろう。それがその目を見て分かった。
「それよりも先に学校へ向け出発した方が良いのではなくて?」
「いや、もしかしたらあっちには監視があるかもしれねえからな。ここなら安全に話せる」
「……そう。まあいいわ」
ソルからの情報だと、まだ向こうでは動きがないので、しばらくは様子見をしておく。
「本当は仲間たちを例の迷宮化? した建物それぞれに偵察へ行かせるつもりだったが、こうなった以上は仕方ねえ。俺たち三人で一つ一つ潰していく」
まあ、それしかないだろう。ソルだけでも他の建物へ向かわせてもいいが、迷宮化した建物にどんな罠が仕掛けられているかが分かっていない以上はリスクが高い。
もし中にいるボス、あるいは中ボスを倒すか、仕掛けなどを解かない限り外に出られないなどの罠だったらソル一人じゃ厳しいし時間だって無駄に費やしてしまう。
ならここはやはりソルも身近に置いておくべきか……。
俺はチラリとチャケの方を見やる。彼もまた俺と目を合わせ、僅かに頷きを見せた。
「その前にいいかしら、崩原さん」
「あん? 何だ?」
「あなたに伝えていなかったけれど、ちょうど良いから紹介しておくわね」
一体何を? といった感じで眉を顰める崩原をよそに、俺は合図を出してソルを呼び戻した。
瞬く間に学校から翔けつけたソルが、俺の肩にチョコンと乗る。
「!? フ、フクロウ?」
「ええ、そうよ。けれどただの、ではないわ」
「ソルと申しますです。以後お見知りおきをなのです!」
「しゃ、しゃしゃしゃしゃ喋ったぁっ!? ど、どどどどどういう……っ!?」
「驚くのはまだ早いわ。……シキ」
俺の背後に広がる影から、ズズズズと静かに姿を見せたのはシキだ。
「お初に目にかかる。それがしは――シキ。姫の刃なり」
目と口を大きく開きながら固まっている崩原。無理もない。動物にしか見えないソルは人語を話すし、忍者みたいな奴が影から急に現れたのだから。
「この子たちはいわゆるモンスターと呼ばれる存在よ」
「! モンスターだと……?」
スッと警戒したように目を細める崩原。
「ええ。ただ私に忠誠を誓っている《使い魔》と呼ばれる存在なのよ」
「つ、使い魔? ……マジでか?」
「俺もさっき見せてもらいました。そっちのシキって奴も人間っぽい見た目だけど、間違いなくモンスターでしたよ。ほれ、さっきのアレ、見せてくれ」
チャケの言うことに従い、俺はシキに《変化の術》で崩原になってもらった。
「お、俺がいるっ……!?」
すぐにシキには戻ってもらい、そのまま影に身を潜むように指示を出した。
「ソルもシキも、モンスターの中ではかなりの強者よ。それこそ……あなたから離散した仲間を補って余りある力を持っているわ」
「! ……そっか。一体お前さんは何者なんだ?」
俺は虎門という作り上げた設定を、崩原に教えることにした。
「……世界が変貌したせいで、人間ではないものたち……つまりモンスターが現れるようになった。そうよね?」
「あ、ああ」
「恐らくはモンスターが棲息している世界が、私たちが住む地球と何かしらの理由で繋がったせいで、ダンジョンやモンスターが現れるようになったと私たちは考えているの」
「わ、私たち?」
「そう、私たち……虎門一族はね」
やっぱりこの一族設定は便利だわ。何せ一族の秘伝とかそれっぽいことを言っておけば、それ以上追及できないのだから。
「つ、つまりモンスターどもが住んでた世界と地球が合体したってことか?」
「そんな単純な話ではないけれど、ニュアンス的には似た感じね。でもあくまでも私たちの推測に過ぎないわ」
「何だかよく分からねえ話だな。それとお前さんがモンスターを使役してる話がどう繋がるんだよ?」
「……古来、この日本でも説明のつかない行方不明者は多数いるわ」
「あ? いきなり何の話を……」
「いいから聞きなさい。突然、人間たちは一瞬で消え去る。どこを探しても見つからない。まるで最初からそこにいなかったかのように。こういう現象を、何と呼ぶが知っているかしら?」
「……?」
「――――〝神隠し〟」
「! ……聞いたことあるな」
さて、ここまでは上手く説明できた。ここからも噛まないように堂々とした態度で伝えなくては。
「この神隠し。私たちは、異界へと飛ばされたと考えているの」
「い、異界だって? そんなファンタジーな……」
「こんな世界に身を置くあなたがそれを言うのかしら?」
「うっ……確かに……」
本来なら笑い話にもならないだろう。しかし現に、この地球はそのファンタジーに乗っ取られてしまっているのだ。
「その異界こそ、この子たちが住む世界……モンスターたちの故郷だと考えているわ」
「……! おいおい、じゃあ……」
どうやら俺が言いたいことを察してくれたようだ。
俺はクスッと笑みを浮かべながら、最後の説明を口にする。
「そう。こちらからあちらに行った者もいるのだから、向こうからこちらの世界にも神隠しされた存在だっているのも道理でしょう?」
「!? ……そいつらがそうだってのか?」
「そうよ。虎門は、そうした異界からやってきた異形なるモノたちを庇護してきた一族なの」
自分で作っておいてなんだが、結構あり得る話のような気がする。
実際に世界がこんなことになっているのだから、可能性としては当然あるはずだ。
位相は違うが、元々地球の傍にはモンスターたちが住まう異世界が存在していた。
それが何らかの出来事が起き、位相が少し重なったことで、現状のようなことになっている。
あるいは今もなお、徐々にだが位相のズレがゼロへと近づいているのではなかろうか。
そのうちピッタリ重なったら、地球と異世界が融合した、まったく別の世界へと変貌を遂げるのではないだろうかと俺は思う。
徐々に地球のあちこちがダンジョン化していっているのは、まだ完全に位相が合致していないから。また時間はかかっているものの、どんどんダンジョン化していっている理由は、少しずつズレがなくなっているから。
そう考えれば、突拍子もない想像ではあるが辻褄は合う。
「……け、けど何で喋るんだ? それに俺が見てきた奴らは、とても人間の言うことを聞くような奴らじゃなかった」
まあ、それは当然の疑問だわな。
「モンスターの中にも、特別な能力を有して生まれてくる存在もいるのよ」
「特別な能力?」
「人間にだっているでしょう? 神に選ばれたとしか思えないような才を持つ者が」
「まあ確かに……な」
「私たちが庇護しようとしたモンスターの中にも、当然害しかもたらさない暴力的なモンスターはいたわ。というより、九割以上がそうね。でもその中には、この子たちのように人間の言葉を理解し、意思疎通を図れる子もいるのよ」
「へぇ、そうだったのか」
コイツ、結構単純なんだな。こんな作り話をあっさり信じるなんて……。
「中には庇護役の私たちにこうして力を貸してくれる子たちもいるのよ。そしてそういう子たちの子孫がこの子たち」
「子孫!?」
「ええ。この子たちは、この地球で生まれ育ったモンスターたちよ。だから異界について聞きたくてもこの子たちは知らないわ」
これでソルたちが異界のことを知らなくても問題なくなった。下手にツッコまれずに済むだろう。
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