第64話 チャケの告白

 ここから学校へはそう遠くない。だからソルに先行させ、上空から裏門の様子を見るように命令した。

そしてソルから、すでに流堂たちもまた到着していることを知る。

 その中には、見知った顔の連中もまたいた。


 当然そいつらは『イノチシラズ』として活動していた奴らである。ただそわそわと落ち着きのない表情をしていたらしい。さすがに裏切ったという罪悪感を覚えているのかもしれない。つまり心の底から裏切りたくて裏切ったわけじゃないのだろう。


 対して高須と天川は、長いものに巻かれろ精神なのか、流堂についていることに疑問を浮かべてはいないようだ。

 あの時、鳥本を崩原のもとに連れて行き褒美を与えられると言われた高須は、あんなに嬉しそうな顔をしていたというのに、結局は人を騙し強者に縋るだけのボンクラだったらしい。


 ……マジで人間ってのは身勝手な生き物だよな。


 人と人の関係で、〝本物〟なんてもんは存在しないのだろう。

 友情であろうが愛情であろうが、言うなれば薄氷のようなもの。外部から強い力が加わればすぐに壊れる程度の脆い繋がりだ。


 だから人間は信用できない。仲間だ友達だと笑顔で接してきていても、自分に不利が働けば放棄する。

 実際にその現実を目の当たりにしてみればいい。


 人を信じるなんて行為は怖くてできなくなるから。

 まだ誰か一人でも傍に居続けてくれれば別だろう。その繋がりこそが〝本物〟だと信じられるから。


 けど俺のようにすべての関係が〝偽物〟だった場合、今まで積み重ねてきたものの意味を失ってしまう。

 ともに笑い、ともに泣き、ともに悲しんだ過去があったとしても、それが全部偽りだったのだと知る。

 本当にくだらないことに時間をかけていたのだと後悔してしまうのだ。


〝ご主人、今すぐに奴らを殲滅するという手もありますです〟


 ソルからの物騒な提案だ。彼女もこちら側を裏切った連中に対し不満を持っているようである。


〝そうね。そこにいる連中は人殺し集団でもあるし、こちらを裏切った連中……情けは無用だけれど……今はまだいいわ〟

〝よろしいのです?〟

〝やるなら攻略が始まってからよ。流堂に逃げられても困るしね〟


 次々と手下が死んでいく様を見て、そのまま攻略に乗り出すような奴じゃないだろう。ならば勝負が始まってからの方が良い。それならこちらとしても追及しやすい。


〝しかし一度手を取った相手を裏切るとは……。やはり人間とは愚かな生き物ですな。あ、無論姫は別でございますが〟


 ソルだけじゃなくシキもまた裏切り者たちに対して思うところがあるらしい。


〝私だって同じ愚かな人間に違いないわよ、シキ。自分のことしか考えていないところは一緒だもの〟


 そう、俺だけが特別なんてことは言わない。俺もまた高須たちと同じ人間で、利益が発生しなければ動きはしない。たとえ人道に外れていたとしても、だ。


〝で、でもご主人は、以前何の報酬もなく子供を助けたのです!〟

〝ほほう、そのようなことが。さすがは我が主、慈悲深い心もお持ちですな〟


 ソルが言うのは、俺が唯一依頼されたわけでも、メリットがあるわけでもないのに動いたあの件だろう。


 十時恋音の妹が、ダンジョン化した公民館に閉じ込められた時のこと。

 そこに俺をイジメていた主犯である王坂と再会したのは驚きだったのでよく覚えている。


 確かにあれは、俺でも正直なところどうして助けたのか分からない。いろいろ理由をつけてみることはできるが、本当のところなんて胸を張って言える理由じゃないと思う。


〝その話はいいわ。ところでソル、ダンジョンの様子に変わりはあるかしら?〟

〝特に昨日と変わっているところはありませんです。……あ、ただ敵側に動きがありそうなのですよ!〟

〝動き? 何だ?〟

〝りむじん? っていう車が近づいてきたのです〟


 聞けば、裏門に近づいたリムジンから流堂が下りてきたとのこと。


 どうやらまだ来てなかったらしい。その風貌は、絶対に攻略には不向きだと思えるような大きな毛皮のコートを羽織っていた。サングラスをして、クチャクチャとガムまで噛むその姿は、とても戦場に立つような姿ではない。


 まあ俺も袴姿だし、他人のことを言える格好じゃないが。

 流堂は全員から頭を下げられ出迎えられている。


 攻略開始まであと三十分というところだ。ここから車で十分程度だとはいっても、そろそろダンジョンへ向かった方が良いかもしれない。


「……やっぱ誰も帰っては来ねえ……か」


 まだ裏切った連中のことを当てにしていたのか、未練がましい言葉が崩原から発せられた。


「そろそろ無意味な期待は止めて、この三人でどう攻略をしていくか話をしたいのだけれど?」


 そちらの方がより建設的だ。


「そうだな……うっ、何か腹ぁ、痛くなってきちまった。すぐに済ませてくっから、ちょっと待っててくれや」


 ドタドタと家の中へと消えていく。

 本当にトイレなのかどうかは疑わしい。


 まだ気持ちの整理がついていなくて、少し一人になりたいだけかもしれない。心から信頼していた者たちに裏切られたのだから仕方ないとも言えるが、こちらとしては大一番がこれから始まるのだから、ちゃんと割り切って行動してもらいたいものだが。


「……少しいいか、虎門」


 二人きりになった時、チャケが話しかけてきた。


「あら、何かしら?」

「……あんたには才斗さんのことを教えておこうと思ってな」

「? ……どういうことかしら?」


 何で今? という疑問が浮かぶが、コイツのことを裏切り者として見ている俺としては、こうして話しかけてきた裏に何かあるのではと考え、少しでも何か情報を得るためにも対話をしようと判断した。


「あんたは才斗さんが刑務所に入っていたことは知ってるんだったよな?」

「ええ。どんな事件を起こしたのか知らないけれど、人の道を踏み外したことだけは、ね。だからこそ悪一文字なのでしょう?」

「それは違う!」

「! ……違う?」

「才斗さんは……罪滅ぼしに〝悪〟を背負ってるだけだ。あの人の本質は、とても繊細で優しくて……そして誰よりも強い人なんだよ」

「……よく分からないわね。どうして今更そんな話をするのかしら。私とはただ依頼人と請負人という間柄だけ。仲間でも何でもないのよ?」


 てっきり俺にも裏切りを推奨してくるような会話になると思ったんだが……。

 そう、崩原がいかに悪党で、付く価値もないことを仄めかせ、俺に流堂へ付くように仕向けてくると思っていたのだ。


「……俺は一度、あんたがダンジョンを攻略しているところを見たことがある。いや、モンスターを倒してるところって言った方が正しいか」


 またもよく分からないことを言い始めたので、思わず眉をひそめてしまう。


「その時、あんたの異様なまでの強さをこの目にしたんだ。……この勝負の話が出た時、才斗さんが他人を引き入れるって言って、俺はそれに反対した。……俺たちの問題に他人を巻き込んでいいわけがなかったからだ」


 俺は黙ってチャケの言葉に耳を傾けていく。


「けどあんたの名前が出た時、俺はあんたなら……何が起こってもきっと大丈夫だって思ったから、最終的に才斗さんの案を認めた」

「ふぅん。どうやらあなたの中で、私はずいぶん価値の高い存在のようね」

「それだけの強さがあるってことを知ってるからだ。……それに、あんたにも仲間がいることも知ってる」

「!? ……そう」


 これは驚きだ。恐らくソルとシキのことであろう。彼女たちの姿まで見られていたらしい。

 しかし異形なる者たちを使役していることを追及してくるのかと思いきや、特にその様子はなかった。


「あんたがどうやってそんな強さを身に着けたのかはどうでもいい。ただ……あんたなら何があっても、きっと才斗さんを守ってくれるって思ったから」

「……依頼人を失うわけにはいかないもの。全力で守るわよ」

「それでも……あんたの中で才斗さんが悪党だって位置づけられてたら、大切な時に見捨てることだって考えちまうだろ?」


 確かにたとえ依頼だとしても、相手が流堂のような奴なら、多少のデメリットがある場合、見捨てることも視野に入れていたかもしれない。


「だからあんたには才斗さんを誤解してほしくねえんだ。何の悪感情もなくあの人を見て、そして助けてほしい」

「……それで? あなたは何を語りたいのかしら?」

「才斗さんの過去について、だ」


 そこから崩原が経験したであろう過去について伝えられた。

 崩原が施設育ちだということ。そこで出会った二人の人物。


 その一人が流堂ということも驚いたが、それよりも女性に免疫のなさそうだった崩原が、葛城巴という年上の女性と恋人になっていたこともビックリだった。しかも流堂もまた、その女性のことが好きだった事実。


 だがそのあとは、目を逸らしたくなるような悲劇が語られる。


「……つまり崩原さんは、流堂にハメられたにもかかわらず、わざと殺しの罪を背負って刑務所に入ったと」

「ああそうだ。……才斗さんは、自分を罰せられることを……望んでた」


 だが周りは崩原に優しく、誰も彼を責めようとはしなかった。

 ただ一人――流堂を除いては。


 だからか、崩原は罰というものをその身に受けるべきだとして、流堂が起こした事件そのものを背負ったのだという。


 ……そこまでするか普通。


 俺だったら他人が起こした殺人事件を背負うなんてことはできない。無実の罪で投獄されるなんて正気とは思えない。


 いや、その時……恋人を失った崩原は、すでに正気じゃなかったのかもしれない。

 だからこそ有り得ないと思うような選択ができたのだろう。


「なるほどね。今の話を聞いて率直私が思ったことを口にするわ」

「…………」

「だから何? ってことね」

「!? ……やっぱ信じられねえってわけか?」


 睨んでいるわけじゃない。ただ分かってもらえないことを、心から残念に思っているような表情をチャケが浮かべている。


「そういうことではないわ。一つ、あなたが勘違いしていることを教えてあげる」

「勘違い……?」

「私は自分の選択に後悔なんてしないの」

「は……?」

「たとえ間違った選択だと周りから言われたとしても、自分で考え出した答えに胸を張り続けるわ。私は今回の依頼、私自身の意思で引き受けたのよ。依頼人が断ってくるならともかく、私が一方的に覆すつもりなんてないわ。引き受けた以上は、必ず達成して報酬をもらう。それが私の選択なのよ」

「っ……あんた……!」


 口にした言葉に偽りはない。俺は自分が選んだものに誇りを持っている。


 それを貫くことが、自分の中の美学でもあるのだ。

 だからこそ、感情だけで一度引き受けた依頼を蔑ろになんてするわけがない。報酬の上乗せくらいは望むかもしれないが。


 そんな俺の言葉を受けたチャケは、目を丸くして俺を見てきていたが、すぐにホッとしたような表情を見せた。


「…………まさしく百人力ってやつだな」

「間違えないで」

「え?」

「私は百人くらいで収まるような力じゃないわよ。言ったでしょう? 私は強いの。せめて万人力くらいは言いなさい」

「……はは、あははははは! あんた、すっげえ女だわ!」

「あら、けれど惚れてはダメよ?」

「ぷっ! あっはっはっは! それだけはねえから安心しろって! そもそも俺には愛する彼女がいるからよぉ!」


 そういえばそんなことを言っていたような気がする。

 ひとしきり笑ったチャケだったが、すぐに真面目な顔をしたと思ったら、まさかと思うような言葉を俺にぶつけてきた。


「……実はよぉ、俺は――――――裏切り者なんだわ」




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