第63話 疑惑
――翌日。
今日は決戦の日だ。
そうはいっても、俺は単なるサポート役ではあるが。
崩原才斗と流堂刃一。
正直、二人が今後どうなるのかなど興味は無い。
ただ依頼を引き受けた側としては、やはり崩原を勝たせなければならない。
短い間ではあったが、いろいろ調査した結果、流堂の方が勢力では上だし、攻略にはかなり有利な点を有していることだろう。
しかしどうやら崩原曰く、流堂はコアモンスターの存在に気づいていないという。それと迷宮化した建物の存在もである。
その建物のいずれかに、恐らくコアモンスターがいるはずなので、先に崩原がそいつを討伐できれば良い。だから他の場所を虱潰しにする必要もないので、流堂たちと違い大分と時間が削られるだろう。
問題は、コアモンスターは崩原が倒せる相手ではないということ。
「だから崩原が最後の一撃を与えられるようにしないといけないわ。あなたたちの働きにかかっているわよ、ソル、シキ」
俺の背後には、これまでとは違った風貌を持つ二人の姿があった。
ソルはCランクからBへと昇格し、全身が紅蓮の羽毛に覆われ、毛先の部分が白銀に染まっている。可愛さだけでなく凛々しさを有した風貌だ。
対してシキは、BランクからAランクへと昇格。体格が一回り大きくなり、両腕には任意で出し入れ可能な鋭い鎌を有す。またより忍者っぽい見た目になっていて、黒装束はもちろん、黒頭巾に額当てを装着し、口元も布で覆い目元だけしか確認することができない。
外見からはモンスターだとは分からない風貌となっている。
二人ともが《レベルアップリンⅡ》を服用した結果だ。断然その強さも増し、今のソルなら苦戦したレッドアーマーでさえ瞬殺することもできるだろう。
ワンランクの違いはそれだけとてつもなく大きいということである。
この二人がいれば、現状確認されているモンスター相手ならばどうということはない。
コアモンスターといえど、俺たちで力を合わせたら勝てるはずだ。
「そろそろ時間ね。合流地点へと急ぎましょうか」
俺は影の中にシキ、上空にソルを率いて、崩原が住む家まで向かった。
少し前までは母校であった【王坂高等学校】で合流する予定だったが、どうせなら一緒に学校へ向かった方が良いということで、彼と初めて会ったあの家を合流地点にしたのだ。
まだ約束の時間までは一時間ほどあるが、家の前や周囲にはあまり人気が無いので変に思った。
先に仲間たちを学校へ送ったのだろうか……?
そう思いながら敷地内に入って、そのまま縁側がある場所まで行くと、そこには崩原とチャケの二人だけがいた。
二人の様子がどこかおかしい。焦ったような感じで落ち着かない態度を示している。
「こんばんは。良い夜ね」
俺はそんな二人に近づきながら声をかけた。そして続けて、「他の者は遅刻かしら?」と皮肉交じりに言うと――。
「…………すまねえな」
いきなり崩原に謝られてしまった。
「……どういうことかしら?」
「お前が教えてくれた情報……全部流堂に知られちまったよ」
「!? ……詳しく説明をしなさい」
聞捨てならない言葉だ。その理由を問い質す必要がある。
「――――俺の傍にいた連中は……チャケ以外の全員が流堂の息がかかった奴らだったんだよ」
絞り出すように、とんでもないことを伝えてきた。
「ぜ、全員ですって?」
『イノチシラズ』というコミュニティは、世界が変貌してから崩原とチャケの二人で始めた組織だった。
世界変貌に対応すため、モンスターに対抗するため、そして流堂に潰されないようにするため。
最初は二人だけだったが、徐々に人は増え始め、それなりの規模を持つ集団へと成長できた。
無論誰彼構わず仲間に入れていたわけじゃない。世間に適応できないものの、心から『イノチシラズ』に入りたいと願う者を、崩原が実際に面接して迎え入れていたのである。
中にはチャケと長い付き合いがある連中も多かった。崩原が少年刑務所に入っている間、彼が出てきたあと、少しでも力に成れればとチャケが集めていたのである。
しかしそのすべてが、今では流堂のもとへと向かったのだという。
……ということは、高須や天川もか。
まあ別にアイツらがそうなったとしても驚きはないが。
しょせんは力に屈することしかできない連中だ。崩原よりも流堂についた方が賢いと思い、スパイ役になっていた可能性が高い。
「じゃあ今頃は、あなたの仲間は学校の裏門へ?」
そこには流堂たちが待機しているはずだ。
そして俺の問いに、崩原が悔し気に首肯した。
「……多分全部、今日の……この日のために奴が計画したんだろうな」
「しかしそこのチャケさん? ……その人の友人もいたのでしょう? それが寝返るようになるのかしら?」
友情は永遠なんて言葉を吐くつもりはないし、そんな繋がりなんてすぐに切れる紐のようなものだということは理解している。ただ少なくても何年も繋がりを持っていたチャケを敵に回す理由があったのか疑問だ。
「……流堂は人を操るためなら何だってする。そいつの欲望を満たしてやったり、何だったら脅迫だって躊躇わねえしな」
欲望というのは、金、仕事、女などの、特に男の性を揺さぶるものを与えるというものだろう。
今回でいえば、食料や女という褒美が大きいと崩原は言う。
誰だって困らずに生活できて、いつでもどこでも性欲さえ満たしてくれる現場があるなら、そっちに食いつくのも考えられること。
『イノチシラズ』も、別に食料には困っていないが、裕福なわけではないし、贅沢をできる状況でもなかった。
対して流堂は、他人から力で奪った食料や女が大量にある。だからこそ大盤振る舞いで、仲間たちの心を繋ぎ止めることに成功しているのだ。
「……それは仕方無いことね」
「仕方無い……だと?」
俺の言葉に冷たさを感じたのか、崩原がギロリと睨んできた。
「しょせんは他人同士の繋がりよ。口では家族や絆と言っていても、簡単に人は裏切ってしまう。誰だって自分のことが大切だからね」
「っ……!」
「恐らくそのことを流堂はよく理解しているのでしょう。だから人の感情を狡猾に操作し、まるでチェスの駒のように扱うことができる」
自分以外の人間を蔑み、利用することしか考えていないからこそできることだ。
崩原が言ったように、今日のこのために、流堂が計画したのだとしたら、ずいぶんと性格のひん曲がった奴である。
恐らくは崩原が刑務所にいる間、ずっと彼を陥れる方法を考えていたのかもしれない。
そうして崩原が出所してから、少しずつ手駒を動かし、最後に崩原を精神的にも肉体的にも追い詰める策を実行した。
崩原は自分のもとに集ってくれた連中を信じ、様々な情報だって伝えただろう。短いながらも一緒に過ごしてきた連中なのだ。
情に厚そうなこの男ならば、一度懐に入れた者は心から信頼していたはず。
しかしそのせいで、こちらの情報は流堂へと渡ってしまった。
こちらにとってのアドバンテージだったコアモンスターのことや迷宮化のことも知られたに違いない。
普通に考えれば、崩原が勝ちの目を失ったと言わざるを得ないだろう。
「しかし安心しなさい、崩原才斗」
「え?」
「あなたが仲間のすべてを失ったとしても、まだ私がいるもの」
「虎門……」
「たとえ流堂が何十人、何百人の手下を携えようと、私一人には到底敵わないわ」
「! ……はは、どんだけ自信家なんだよ?」
「あら、当然よ。だって私……強いもの」
まあ俺が強いというよりは、俺の傍にいる奴らが、ではあるが。
「そ、そうですよ才斗さん! あんたにはまだ俺だっている! 一人じゃねえよ!」
「チャケ……ああ、そうだな。ここで諦めるわけにはいかねえ! アイツに……流堂に負けるわけにはいかねえんだ!」
確かに状況は絶望的だ。しかしそれは俺がいなかったらという仮定の話になる。
そもそも攻略だけを見れば、俺と崩原だけでもやり通すつもりではあった。
ハッキリいって、大勢の人間を抱えても足手纏いになるだけだ。考えようによっては、少数精鋭という形の方が俺にとっては効率が良い。
ただ……と、俺は崩原を元気づけているチャケを見る。
流堂は崩原のすべてを否定したいということは、そのやり口から見ても明らかだ。
奴は崩原をただ殺したいんじゃなく、壊して破滅をもたらしてやりたいのだろう。その理由は定かではないが、相当の恨みを持っているに違いない。
過去に何があったかは分からないが、流堂が本当に崩原を破滅させたいなら、まだ流堂の策は終わっていないような気がする。
何故なら崩原の傍には、イレギュラーな俺はともかくとして、まだチャケという存在がいるから。
俺だったらどうだ? 当然チャケにも手を伸ばし、崩原を孤独の穴に突き落とそうと考えるだろう。
崩原の仲間に対する絆を、環境を、心を、そのすべてを壊して流堂の計画は成功する。
そうだとしたら、このチャケもすでに……。
崩原の態度を見れば、仲間の中でもチャケが特別だということは理解できる。
鳥本として初めて崩原と相対した時も、崩原を必死に擁護する言葉を発していたのはチャケだけだ。
間違いなく長い付き合いであり、崩原が誰よりも信頼している人物だろう。
その人物を狡猾な流堂が放置しておくだろうか……?
今もなお、笑顔を浮かべて崩原と接しているチャケに、疑惑の目を向ける俺。
人は簡単に裏切る。本当に信頼できるとすれば、それはきっと本物の家族でしかありえないと思っている。
家族でさえ、中には裏切ってしまう輩だって出るのだ。他人が最後まで他人を信頼し続けるなんて馬鹿げたことが起こり得るはずがない。
……コイツは絶対にどこかで裏切る。
俺は、チャケを裏切り者として断定した。
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