第60話 明日の攻略に向けて
「ソル殿が口にしたという《レベルアップリン》なるものでございますな?」
「そうだ。今と違って見た目も強さも変わるだろうが、問題ないな?」
「元よりそれがしは殿の守護役。強くなれるのならいかようにもして頂いて構いませぬ」
どうやらコイツには忌避感というものはないらしい。やはり強くなれるのは嬉しいものなのだろう。
てっきりそういうもので強くなることを拒否したがるような性格に見えたから聞いてみただけだ。
シキは堅くて真面目な性格なので、鍛錬のみで強くなりたいと申し出る可能性も考えていた。できる限りコイツらの意向を汲んでやろうと思ったが杞憂に終わってホッとする。
すでにBランクにあるシキには《レベルアップリンⅡ》からしか効果がなく、これがまた一億円と高いが、ソルは二回目だが、二億を注ぎ込んで一緒にランクアップしてもらおう。
それでもまだ二億以上は手元に残るし、先行投資としては十分のはず。二人にはこれからも存分に働いてもらうつもりだからだ。
「しかし殿、一つ気になることが」
「ふむ、言ってみろ」
「はっ、その流堂という輩、真面目に賭けなどをするような人物なのでしょうか?」
「あーそれな。正直分からんというか……約束を守るような奴じゃなさそうだ」
「ではこの勝負そのものの意が無価値となります」
「放っておけばいいんじゃねえか? そもそも俺への依頼は、攻略の手助けだ。賭けが正式に行われるかどうかの審査員でもなんでもねえ。そのあとのことは、連中に任せるさ」
「左様でございますか。よもや殿が加勢する崩原側に敗北の二文字はありませぬが、万が一……いえ、億に一つ敗北した場合、殿が流堂に目を付けられる結果になるかと。聞けばかなり面倒な人間と。依頼の前に始末するという手もありますが?」
シキは出来る限り俺への害を取り除こうとしてくれる。本当に頼もしい存在だ。
「もし流堂が消えれば、依頼そのものがなくなるだろう。せっかくの商談だ。できるだけ流れにそって達成しておきたい」
「恐らく向こうはすでに殿……いえ、姫としての虎門シイナの存在に気づいているはず。依頼の前に何かしらの手を打ってくるやもしれませぬぞ」
確かに。事前に俺を殺しておくようなこともしてくる可能性だってある。
「そうかもなぁ。けどもし俺に手を出してくるなら、それこそこちらの領分じゃねえか。その時は全戦力を持って、奴を破滅させてやればいい。違うか?」
「いえ、殿の障害になる存在を排除するのがそれがしの務め故」
「おう。頼りにしてるぜ、シキ」
そうだ。俺にとって賭けの内容はどうでもいい。報酬のためにも崩原を勝利に導くために全力を尽くすが、賭けが守られるかどうかなど俺には無価値だ。
ただもし今回の依頼で、流堂が俺にちょっかいとかけてくるなら、その時は崩原に代わって奴を殺すだけである。
「――ご主じ~ん!」
そこへソルが上空から俺に向かって滑空してきて、右腕を上げると、そこにチョコンと降り立った。
「報告を聞こうか?」
「はいなのです! 敷地内にはCランク以上のモンスターだけでなく、それよりも下級のモンスターも数多く発見できましたです」
そういえば前にゴブリンの姿も見ている。それは考えられたことだ。
「そして数は少ないですが、ちらほらとBランクのモンスターも」
「やはりいるか。にしても普通にBランクが複数いるということは……」
「はい。確認できていませんが、恐らくボスモンスターはAランク以上かと」
その可能性が高い、か。ならやっぱコイツらにはランクアップは必須だろう。
「それと学校の周囲に人間の気配が幾つも確認できましたです」
「! ……恐らくはお前と同じ事前調査役として派遣された両陣営の人材だろうな」
攻略するダンジョンの下調べは別に禁止にされていないと聞いているから、人間を派遣して調査していてもおかしくない。というか絶対に必要な行為だ。
「たださすがに中に侵入してまで調査はしていないようなのです」
まあ、数人で攻略に入るほど簡単なダンジョンじゃない。命をドブに捨てるようなものだ。
つまりそれは一言でいえば外からの情報しか手に入れられないということ。
「建物内はどうなっていた?」
「それがですね、幾つかの建物が迷宮化していたのです」
「迷宮化? ……それはダンジョン化とは別なのか?」
「えっとですね……」
ソル曰く、建物内に入ると、まるで異空間にでも潜り込んだような場所が広がっていたのだという。
明らかに外観からは想像できないほどの規模へと膨らみ、内装も大分変化を遂げているとのこと。
それはまるでダンジョンの中に出現した別の迷宮のようだったとソルは説明をした。
「なるほどな。大規模ダンジョン特有の現象なのかもな。外見からは分からないが、中はまさに異空間になってて、ゲームみたいな迷宮が広がってるってことか。……厄介だな」
ソルの感覚では、外観と比べて何倍にも規模が膨れ上がっているという。
モンスターもランクが高く、多くの罠だって設置されているだろう。
「ただそれで絞れることもあるな。恐らくその迷宮化した建物のいずれかにボスモンスター……コアを持つ奴がいる」
「ソルもそう思いますです! 続けて調査しますか?」
「……いや、迷宮内はお前以上のモンスターが多いんだろ? もし罠にでもかかってお前を失うことになったら痛手だ。それに攻略日は明日の夜。時間もそうないしな」
ソルの体力を温存する意味でも、今日はもうここらで引き揚げておいた方が良い。
「迷宮化してる建物の数と場所は把握してるんだろ?」
「はいなのです!」
「よし、ならそれで十分だ。よくやったぞ」
「ぷぅ~、なのですぅ」
頭を撫でてやると、嬉しそうに身体を震わせるソル。
ソルのお蔭で、モンスターの位置もある程度把握できた。その上、コアモンスターがいるであろう建物のピックアップも行えたし、あとはこれらを攻略していくだけ。
「……このことを説明しに崩原に会ってくるか」
そこで作戦を立てる。明日の夜までに、できることはしておくつもりだった。
※
「――――以上が明日のダンジョン攻略に向けての作戦の概要だ。各々、ちゃんと頭の中に叩き込んだな? じゃあ今日はゆっくりと休息を取ってくれ。解散!」
俺の言葉に、大広間に集まっていた『イノチシラズ』のメンバーたちが頷き、そしてそれぞれ覚悟を秘めた表情のまま出て行った。
少し前、ダンジョン攻略に際し、虎門シイナから情報が届いたのだ。その情報はまさに目から鱗が出るようなものばかりで、実際に疑わしいものもあった。
しかし彼女は俺たち以上にダンジョンを攻略し続けてきた経験者であり、その情報には信憑性が高いと踏み、仲間たちにもそう伝えたのだ。
「よもやコアそのものともいうべきモンスターがいるとは驚きでしたね」
傍に控えていたチャケが溜息交じりに言い、そのまま続ける。
「しかし本当に確実な情報なんでしょうかね」
「さあな。だが無視はできねえよ。そういう可能性もあるってことを視野に入れておくべきだ。相手はあの流堂なんだぜ。一つでも有利な情報を持ってた方が良い」
「奴は知らないと?」
「アイツとこの勝負の話をした時、コアの話もしたが、モンスターがコアになってるなんつう話は出なかったな。わざと話さなかったってことも考えられるが、どうもその情報だけは知らねえ感じだった」
「では情報戦ではこちらの方が有利ですね。あの女を取り込んだ甲斐があったというものですぜ!」
「……そうだな」
「才斗さん……?」
俺が難しい表情のまま返事をしたので、チャケは不思議に思ったようだ。
「お前は今回、余所者を招き入れることに反対してたよな?」
「え? はあ……今回のことは、俺たちチームの問題だと思ってますんで」
「ああ、お前の言う通りだ。本来なら俺たちだけで事に当たるべきなんだろうよ。けどな……俺が負けちまえば、お前らの居場所もなくなっちまう」
「才斗さん……」
「だから負けるわけにはいかねえんだよ。……アイツを止めるためにもな」
それが今の流堂刃一を作ってしまった俺の役目でもあるから。
「けど厳しい勝負にはなるでしょうね。相手の方が数の上じゃ有利ですし」
チャケの言う通り、流堂が従えている勢力の方が上だ。アイツは人を利用するのが上手い。いや、狡賢いといった方が良いか。
人の弱みを的確につき、普通の人間が躊躇してしまうような行為も平然と行い手駒にしていく。
アイツの下についている連中の中で、心からアイツを慕って仲間になっている奴らは少ないだろう。しかし弱みや欲を揺すぶられ、結果的に従うようになっているケースが多い。
「流堂は頭もキレますし、何をしてくるか分かったもんじゃねえ。てっきり攻略前に才斗さんを襲ってくることも考えてましたが……」
「それはねえだろうなぁ。アイツは俺を完膚なきまでに敗北者にしたいはずだからよぉ」
まるでそれだけが生き甲斐みたいに……。
「だから俺自身に何かしてくるってことはねえ。何かをするなら、俺の周りの連中や環境をぶっ壊してくると思うしな」
今までがそうだったから。ただ今回ばかりは何故か奴の動きは大人しい方だ。
監視くらいはつけているだろうが、もっと過激なことをしてくると思ったのにそれがない。
小競り合い程度は度々あった。しかし劇的に何かを変えるような事件を引き起こしていないのだ。
不気味過ぎるほど静かな流堂の考えに怖気すら感じる。
期日はもう明日だ。時間はそうない。
明日一日で、何かとんでもないことでもやってくるのだろうか。
「チャケ、明日はできるだけ外出を控えるように皆に言っておけ」
「外出を?」
「ああ、流堂にそこを突かれて、ただでさえ少ない人数をこれ以上減らされるわけにはいかねえだろ?」
有利な情報を持っているからといって、やはり人数が多い方が攻略には向いている。
「分かりやした。そういやあの女とはいつ合流を?」
「待ち合わせ場所は学校の正門前。時刻は午後十一時半だ」
攻略開始時刻は深夜零時ちょうど。その前に集まって最終的な会議を行うつもりである。
「確か流堂たちは裏門からのスタートですけど、奴ら……時間を守るんでしょうね?」
「どうだかな。一応こっちも監視は放ってる。ズルでもしようもんなら咎められるが……」
多少のズルを問題にするほど素直なヤツじゃない。そもそもこちらの言い分が、狂ってしまったアイツに通用するわけがないのだ。
仮に早めに攻略に入りやがったら、それを見て俺たちも即座に動くしかないだけ。
フライングだの約束を破っただの言ったところで、命を懸けた勝負にルールなんざねえと言われればそれまでだ。
それにかつて……アイツとの約束を破った俺が言えるようなことでもねえしな。
目を閉じれば、あの時の光景がありありと思い浮かんでくる。
そう、まだ俺たちがどうしようもないガキだった時のことを――。
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