第59話 崩原の覚悟

「どうして私がコアを破壊したらダメなのかしら?」


 この理由が、依頼において重要なポイントになると思ったから聞いてみることにした。

 しかし俺の問いに、沈黙という答えを示す崩原。


 そんなにまでして言い難いことだというのか?

 ただしばらくすると、彼は根負けしたように大きく溜息を吐いて口を開く。


「やっぱ話さねえと筋が通らねえよな……」


 意を決したように、崩原が俺の目を見据えてきた。


「実はよぉ、ある奴と俺は賭けをしてんだ」

「……賭け?」

「そいつとの賭けの内容は、どちらが先にコアを破壊してダンジョンを攻略できるかってものだ。当然俺もそいつも、自分自身を示した」

「……そのある奴というのは?」

「――――流堂刃一って男だ」


 やはり……。


 話の流れからまず間違いないと思っていたが、今度の依頼が直接そいつと関わっているとは想定外だった。


「……確かあなたと対立している勢力のリーダーだったわね」

「はん、アイツのことも知ってるのかよ。まあ……あの事件のことを少しでも知ってるなら、別におかしかねえか」


 あの事件……今の言葉からだと、流堂もまた関係しているらしい。

 俺が流堂の手下から聞き出したのは、約五年前に崩原が人を殺してしまい、その罰で少年刑務所に送られたということだけ。


 噂では二人がケンカをして、先に相手が銃を持ち出してきたから、已む無く崩原もナイフで応戦し殺す結果になったとのこと。

 相手もまた堅気ではなかったということと、崩原に殺意はなかったことが認められたようで、五年の刑で済んだらしい。


 ただ流堂という存在は、俺が知る限りでは登場していなかったが……。


「アイツと俺は、昔から事あるごとにぶつかり合っててな。俺が少刑を出てからも、まるで待ってたみてえに、すぐに接触してきやがった。簡単に言や、俺の下につけって話だ。当然断ったが、それが気に食わなかったみてえでよ。それからも執拗に俺のやることを邪魔してきやがるんだ」


 それだけを聞くと、流堂の崩原への執着は異常のように思える。

 もし女なら、ヤンデレルート間違いなしだ。


「あの野郎、俺ばかりか仲間まで手を出してきやがったんだよ。さすがにブチギレちまってなぁ。アイツと決着をつけるってことになっちまった」

「決着……それが今回の?」

「ああそうだ。賭けに負けた奴は、そいつの言うことに従う」

「それはまた……とてつもない賭けをしたものね。正気を疑うわ」


 誰がそんなハイリスクな賭けをするバカがいるだろうか。あ、ここにいるけども。


「…………今、アイツがこんな崩れた世の中で何をしてやがるのか知ってるか?」

「いいえ」


 知っているが、ここは知らないフリをしておこう。


「堅気な連中を襲い、問答無用で殺す。男も女も……子供も関係なくだ。そんで、見た目が良い女だけを攫っては、好き勝手に蹂躙する。まさにクズの所業だな」


 ああ、それだけは賛同できる。流堂の行いはとても共感できるものじゃない。金持ちだったとしてもお近づきにはなりたくない相手だ。


「……アイツがあんなにも変わっちまったのも俺のせいなんだ」

「え?」

「あ、いや。今のは忘れてくれ。とにかくアイツを止めねえと、これから先、不幸になる人間が増えちまう。いや、俺はただ自分の仲間を守りてえだけだな。だから俺はアイツを――」


 静寂を切り裂くように、崩原は凛とした声音で宣言する。


「――流堂刃一を殺す」


 すると崩原が、居住まいを正して頭を下げてきた。


「どうか俺に力ぁ、貸してくれねえか。この通りだ」


 きっとこの話をしたくなかったのは、殺しが関係しているからだろう。

 誰だってそんな危ういことに力なんて貸したくないと考えるのが普通だ。俺に話せば断られる可能性だってある。だから言えなかった。


「……どうして正直にそんなことを? 最初は話すつもりなどなかったようだけれど?」

「こちとら札付きの悪だ。……俺はこの〝悪一文字〟を背負ってる。この文字を穢すわけにはいかねえ。これは俺にとっての戒めでもあるしな」


 戒め……?


「悪には悪なりの筋の通し方ってもんがある。俺は――嘘や偽りで、人を利用するつもりはねえ」


 真っ直ぐ、揺らぎのない強い瞳だ。

 多分……王坂がここにいたら、きっと崩原のことも嫌いになるであろう眼差し。


 自分の中の信念を全うし、何があっても揺すぶられることはない。

 それは俺が王坂……いや、イジメてくる連中に対して向けていた感情だった。


 ……コイツに僅かばかりの好感を感じたのは、同じような目をしてるって感じたからかもしれねえな。

 ま、でもコイツみてえに真っ直ぐじゃねえし、人にも慕われてねえけど。


 だから好感よりは、同族嫌悪の感情の方が偏りがある。まるで俺の上位互換のような存在を見ているような気がするから。

 それでも依頼としては十分実入りのある話だ。これは断る理由はない。


「……いいでしょう。その依頼、この虎門シイナが請け負ってあげるわ」








 崩原の依頼を引き受けることになり、その場で現金で2000万を受け取った俺は、後日、実際に攻略する【王坂高等学校】が、あれからどうなったのか視察に訪れていた。

 世界が変貌してから、これで二度目の訪問だ。とはいっても遠目からの確認ではあるが。


 一度目の時は、たくさんのパトカーや救急車が学校の周囲に集っていたが、今ではゴーストタウンになったかのように人気がなくなっていた。

 てっきり警察の誰かが攻略したのかと思いきや、よく見れば敷地内にモンスターの姿を確認することができる。


 まだ攻略されていないのは明らかだった。

 恐らく閉じ込められていた生徒や教師たちを救い出せたことで、警察は手を引いたのだろう。


 それも仕方ないことだ。いくら武器を注ぎ込んでモンスターを討伐しても、コアの存在を知らなければ、モンスターは一定時間でリスポーンするのだ。

 倒しても倒しても無数に湧き続けるモンスターを相手になどしていられないはず。


 それに『平和の使徒』も『イノチシラズ』も知らない真実。

 コアを持つモンスターのことだ。


 いくらフィールド内を探したとしてもコアが見つからない。このダンジョンはコアが存在しないダンジョンなのかもと判断し、攻略を諦める連中だっているだろう。

 俺も実際にこの事実を知ったのは偶然だった。知らなければ、コア探しは諦めて退却していただろう。


 学校の規模は大きい。いわゆる大規模ダンジョンに近い攻略難易度であろう。

 そうなると今回は、モンスターがコアを持っている可能性が非常に高い。


 何故なら難易度が間違いなく上がるからだ。

 もしかしたら中規模以上のダンジョンは、そういった趣向になっているのかもしれない。


 ただ中規模の場合、通常パターンもあったため、一概にそうとは言えないが。

 今回のダンジョンの規模からすると、ボスモンスター=コアと考えた方が良いと思う。


 崩原にはまだ伝えていないが、流堂はこのことを知っているのだろうか。

 知らなければこちらが有利な戦いにはなる。


 でも一つだけ問題もある。

 それはボスモンスターがコア……面倒だからコアモンスターとでも呼ぶか。そのコアモンスターを、崩原が倒せるかどうかだ。


 ハッキリ言って難しい……というか不可能に近い。

 ここから確認するに、Cランクのモンスターが結構闊歩していることから、コアモンスターはそれよりも確実にランクは上だ。


 Bランク……下手すればAランクにも匹敵するかもしれない。

 俺たちでさえ相手にできないような輩を、何のスキルも持たない一般人が、普通の武器を持って討伐できるわけがない。


 多分、だからこそ警察もここを放棄したのだろうが。

 何でわざわざこんな難易度の高いダンジョンを攻略対象に選んだのか。


 これは一億くらいじゃ割に合わないかもしれないなぁ。


 まあ出来高制と言っていたから、攻略したあとでそれ相応の対価を要求してやろう。そのためにはそうだな……崩原の命の危機を救うといった演出があればなお良い。

 ダンジョンでは奴の傍にいた方がそれはやりやすくなるだろう。


 え? 腹黒いって? 商売人なのだから当然だ。利益あっての繋がりなのだから。


「けど俺だって楽観視してられるわけじゃないな、これは」


 ソルとシキを全面的に使ってもいいが、それだと崩原たちに説明を求められかねない。


「……いや、まあいいか。その時になれば屈服させて従えてるとでも言えば」


 どうせモンスターの生態など誰も分かっていないのだ。人間に危害を加える連中ばかりではなく、人間を認め付き従う存在もいるということにすればいい。

 真実がどうあれ、モンスターが人間の味方になる可能性だってゼロとは言えないのだから。


「とはいえ、仮にAランクのモンスターがいた場合、シキでも相手が難しいのは事実だな。……シキ」

「はっ、ここに」


 本当に忍者のように、影から音もなく現れるシキ。


「一応ソルに学校内部の調査を命じてるが、Bランク以上のモンスターが確認されたら、お前にはランクを上げてもらう必要がある」




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