第58話 虎門としての対面
崩原と接触した翌日の昼過ぎ。
俺は虎門として、崩原の拠点があるあの立派な屋敷へとやってきていた。
今度は庭園での会合ではなく、正式に出迎えられ、畳が敷かれている客間に通されたのである。
殺風景な部屋で、柱時計が壁にかけられているだけで、他には座布団だけしかない。
左側は障子になっていて、そこを開ければ縁側なのだが、今は閉じられていた。
たった一人、正座をしながら俺は待っていると、対面する側にある襖が開かれ、そこから崩原とチャケが姿を見せる。
「悪いな、待たせちまった」
「いいえ、別に構わないわ」
チャケがお盆を持っていて、そこに置かれた湯呑みを俺の前に差し出してくる。
一応こういう時のお約束として「お構いなく」とだけ言っておく。
そうして俺の前に置かれた座布団の上に腰かけた崩原だが……。
「少し離れ過ぎではないかしら?」
「そ、そうか? 別にこれが普通だろ?」
そうだろうか。それにしては結構離れてる気が……警戒でもしているのだろうか?
「許せ客人。才斗さんは女が苦手というか初心でな。距離感が分かってねえんだ」
「てめえは黙ってろ! 昨日の教訓はどこ行ったんだコラァッ!」
ああなるほど。女相手に緊張しているらしい。
それにしても、チャケもチャケだ。何の反省もないのか、さっそく上司をイジってやがる。こちらとしては面白いから別にいいが。
「お、おほん! ところでだ……鳥本の奴は一緒に来てなかったのか?」
「ええ。彼はもう自分には関係ないからと」
「……俺はアイツも欲しいんだがなぁ」
「ふふ。それなら私を餌にしないで、しっかりと口説くことね」
「うっ……うっせバーロ」
あらら、顔を赤らめちゃって。マジで女に免疫が無さそうだ。
「それで? 私に頼みごとがあると聞いてきたのだけれど?」
「その前に、だ。まずは自己紹介をさせてくれや」
そういえばそれが普通の流れだった。鳥本のことがあって、思わずすっ飛ばしてしまっていた。反省しなければ。
「俺は『イノチシラズ』の頭をやらせてもらってる崩原才斗だ」
「私はダンジョン攻略請負人――虎門シイナよ。以後お見知りおきを」
「ダンジョン攻略請負人……?」
「そのままの意味よ」
「……そっか。まあ俺はお前さんのことは噂でしか知らねえ。……単刀直入に聞く。世間で噂されてることは事実なのか?」
「どのような噂かしら?」
「お前さんがモンスターを倒し回ってること。幾つものダンジョンを一人で攻略してること。そしてそれらを依頼として引き受ける場合もあって、その見返りに金品を要求してるってことだ」
なるほど。いい具合に噂が広まっているようだ。どれも何一つ間違っていない。
「ええ、間違いなく、私はそのような行為に従事しているわね」
「! ……なるほど。確かにこうして会ってみて分かる。あの鳥本もそうだったが、お前さんもかなりデキるってなぁ」
やはり鳥本の時も実力を見抜かれていたらしい。
「長々と話すのは性に合わねえ。だから簡単に説明する。俺らは近々あるダンジョンを攻略するつもりだ。その際にお前さんの力を貸してもらいてえ」
「……先程も言ったけれど、私はダンジョン攻略請負人として行動しているわ。だから依頼があれば受注することも吝かではないけれど……対価は払えるのかしら?」
そう、それだけが俺にとっての判断基準だ。それさえクリアできれば、余程の悪党(王坂みたいな)でなければ引き受けることは前向きに検討できる。
「お前さんが望むものを差し出す」
「才斗さん!?」
「チャケ、てめえは黙ってろ。これは俺と虎門の交渉だ。よそから口を出すんじゃねえ!」
叱咤され、チャケは苦々しそうに「すんません」と言って退いた。
「コイツが悪かったな。さっきも言ったように、お前さんが望むだけ用意する。さすがに十億や百億とか言われたら無理だけどよぉ」
「ふふ、なら九億九千九百九十九万円は?」
「あ、あのな……てめえ、性格悪いって言われねえか?」
「あら、一万円は引いてあげたのよ。私の慈悲で」
「…………」
「冗談よ。では逆に聞くけれど、どの程度なら私に支払えるのかしら?」
「む? ……そうだなぁ。二千万でどうだ?」
「あら? いきなり十億や百億という言葉が出たから、てっきり一億くらいを提示してくると思ったわ」
ダンジョンの規模にもよるが、大規模なものでない限りは、有りな金額だ。
「勘違いすんじゃねえよ。それは前金だ。引き受けてくれるだけでもありがてえしな。あとは出来高制で、仕事が終わったあとに査定して、残りを支払う。お前さん次第で、一億だって払ってやるよ」
「それはそれは、実に頼もしい言葉ね」
表情は綻んでいるが、実際俺の内心は疑心暗鬼に埋もれていた。
つまり全体的に一億以上を出してもいい依頼だということだ。
それほどまでに困難なダンジョンを攻略するということか……。だとしたらやはり……。
「一つ聞いておきたいのだけれど、そのダンジョンというのはどこにあるのかしら?」
その場所で、小規模、中規模、大規模のどれに属するか判断できる。
「――――【王坂高等学校】」
「!? ……学校、なのね」
「ん? 意外だったか?」
「いえ……別にそのようなことはないのだけれど」
いや、思わず声を上げて驚きそうになったよ。何せそこは俺の忌まわしき母校なのだから。俺の記憶から消し去りたい名前の一つだった。
まさか彼の口から、再びその名を耳にするとはまったくもって予想外である。
俺は努めて表情には出さずに、何故その場所を攻略することになったかを聞いた。
すると崩原は軽く溜息を吐いたあとに答える。
「元々そこは俺が通っていた高校でよ」
おっと、これまた新事実。よもやOBだったとは……。
「まあ中退はしたけどな。ていうかせざるを得なかった」
「……! もしかして事件を起こして?」
「……やっぱ知ってたか」
「依頼人のことだもの。あまり詳しくは調べられなかったけれど、ある程度の情報は耳にしているわ」
とはいっても、例の襲ってきた流堂の手下たちに聞いただけの話だが。
「確かあなたが高校三年――18歳の時に事件を起こし結果、少年刑務所へと送られた。その事件の内容と言うのが…………殺し」
「違うっ! 才斗さんは誰も殺してなんかいねえっ! アイツにハメられただけだっ!」
「チャケ! 余計なこと言うんじゃねえ!」
「いいや、こればっかりは黙ってられねえ! ていうか何で才斗さんは、いつも自分一人で背負うんですか! あれは才斗さんのせいじゃなくて、流堂の奴に――」
「チャケッ!」
室内どころか家中に響くような怒鳴った崩原。
影の中に潜んでいるシキさえも警戒を強めるほどの圧力があった。
「っ……すんません。頭ぁ……冷やしてきます」
そう言いながら、チャケは肩を落として去って行った。
「度々悪いな」
「いいえ。ただ良かったの? 彼はあなたの名誉を守るために発言をしたようだけれど」
「……いいんだよ。あの事件は、俺の甘さが招いたもんだ。だから俺は……」
どうやら刑務所に入ることになった事件の背景には、複雑な事情が絡んでいるようだ。まあ別に俺には関係なさそうなので、それ以上は追及しないが。
「あなたの過去はどうでもいいわ。それよりも私は建設的な話をしたいの。あなたがどうしてダンジョン化してしまった【王坂高等学校】を攻略したいのかは聞かないわ。私がその攻略において、何をすればいいのかをハッキリさせましょう」
「無論、モンスターの排除だ」
「やはりね。ところで一つ、あなたはダンジョン化した場所の攻略方法は知っているのよね?」
「ああ、クリスタルみてえなやつをぶっ壊せば、それ以降はモンスターは出てこなくなる。これが攻略するってことだろ?」
「ええ。ちなみにそのクリスタルのことはダンジョンコアと呼ぶらしいわ」
「コア……なるほどな。じゃあ俺もそう呼ぶことにするわ」
「私はコアの破壊をしなくても良いのかしら?」
「ああ。ていうか止めてほしい。それは俺自身が…………」
何故か言葉を噤んで、険しい表情を見せる崩原。やはりこの依頼において、コイツはまだ何かを隠しているようだ。
そもそも攻略だけを望むなら、コアの破壊は誰だってしてもいいはず。その方が効率は確実に良い。
誰が破壊しても個人的なメリットなんてないだろう。
破壊すれば《コアの欠片》という直接的褒美があることを知るのは俺だけだから。
あの『平和の使徒』の大鷹さんたちも、《コアの欠片》を入手していないことからの判断だ。
スキルを持たない者に、《コアの欠片》を得ることはできないのだろう。
なのに何故俺がコアを破壊したらダメなのか……。
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