第57話 ラブホテルという居城の中で

 ――【シフルール】。


 歓楽街の一角に存在するラブホテルの一室にあるソファに、一人の男がバスローブ姿で煙草をふかしながら酒を飲んでいた。


「……あん? 山田たちが戻って来ねえ?」


 バスローブ姿の男の前には、テーブルを挟んで屈強そうなスキンヘッドの男が立っていた。

 そのスキンヘッドの男から報告を受けたバスローブ姿の男こそ、名を――流堂刃一といって、この【シフルール】を占拠しているコミュニティのリーダーである。


「どういうことだぁ? アイツらには崩原の周囲を監視するように命令してたはずだよなぁ?」

「ええ。ですが定期連絡にも戻ってこないので様子を見に行ったんですが、影も形もありませんでした」

「……逃げちまったかぁ?」

「いえ、流堂さんを裏切る度胸のある連中ではありません。そもそもあのような矮小なはみだし者たちが、ここから去って生きていけるとは思えませんが」

「…………なら監視がバレて崩原に捕まった可能性の方が高いか?」

「そちらの方が幾分かは」


 ふぅ~っと、煙を吐き出しながら背もたれに身体を預けて天井を仰ぐ流堂。

 何を考えているのか、瞬きもなく一点を見つめながら凍り付いたように動かない。


 しかしよく見れば、唇が微かに振動している。そんな流堂に対し、スキンヘッドの男は口を挟まずにただジッと待機中だ。


「…………第三者の可能性も当然あるわなぁ」

「! 山田たちは総勢十人はいました。それらを相手にするには、相手も相応の勢力と見るべきですが。そのような組織だった者たちが動いたという情報はありません」

「……別に集団って理由はねえだろ?」

「集団じゃ……ない? じゃあ相手は単独で? ……お言葉を返すようですが、それほどの輩がこの街にいるとは聞いていませんが。山田たちには武器も持たせてありますし、ケンカ慣れだってしています。そんな奴らを何の痕跡もなく単独で一掃できるのは、あの崩原か……あなたくらいのものです」

「よく言うぜ。お前だってできるだろうが。それに……俺ら以外にもいるだろうが、最近噂になってる奴がよぉ」

「噂……! まさか例の袴姿の刀使いのことを仰ってるんですか?」

「分かってるじゃねえかぁ」

「しかし相手は女ですよ?」

「火のないところに煙は立たずって言うだろぉ? つまり袴姿の刀使いは、間違いなく実在するし、その実力も相当なもんってことだなぁ」

「じゃあ流堂さんは、その女が山田たちを? その理由は?」

「おいおい、少しはモノを考えようぜぇ、黒木よぉ」

「は……すみません」


 黒木と呼ばれたスキンヘッドの男は、恐縮するように頭を下げた。


「山田には監視と同時に、もし見慣れない奴が崩原と接触した際、真っ先にコンタクトを取れって伝えてある。情報は何よりの武器だしなぁ。崩原が知って、俺が知らねえ情報があるなんてムカつくしよぉ」

「……つまり山田たちは、賊に一方的にやられたわけではなく、自ら接触を図り返り討ちにされた、と?」

「その可能性の方が高いわなぁ。アイツらには、極力崩原にはバレないように動けって言っておいたし、アイツらの存在が第三者にバレて、介入された上に仕留められたとも考えにくい。恐らくはこうだろう。崩原家に袴姿の刀使いがやって来た。何故かは分からんがなぁ。そこで理由を確かめるために刀使いを尾行し、一人になったところを捕まえた。俺は前もって、刀使いが現れたら必ず捕まえて来いとも言ってたしなぁ。けど、力ずくで連行しようとしたが、逆にぶっ殺されちまった」


 生き残っているなら、連絡があるはずだが、それがないということで、殺されている可能性が高いと流堂は言う。


「……しかし崩原家の周囲には死体がありませんでしたが?」

「だーかーらー、監視がバレないようにしろって言ったんだから、そこそこ離れた場所でコンタクトを図ったに決まってんだろぉが。何、お前バカなの? 死にてえの?」

「! す、すみません!」


 流堂の強烈な視線を向けられ、圧倒的にガタイが良いはずの黒木の方が後ずさってた。それだけでこの二人の力関係がありありと理解できる。


「だから捜索範囲を広げてみろ。いまだに死体の噂が広がってねえとこを見ると、そう簡単には見つからねえ場所で殺された可能性が高い。住宅街の中ってのは考えにくいし……あの傍には川があったな。そこに投げ込まれたか、その周辺の草むらでも探ってみろ。何かしら見つかるかもしれねえぞ」

「了解しました。すぐに手配します」

「おぉ。ところでよぉ、黒木。最近上納品のランクが落ちてる気がするんだけどなぁ」

「は?」


 流堂がチラリと、視線をベッドの方へ向ける。


 そこにはベッドにつけられた鎖で縛られ、ぐったりとしている丸裸の女たちの姿があった。体中に汗と白濁とした液体がこびりついている。

 さらにベッド周りには注射器や鞭などの道具も散乱していた。


「すぐに狩りの手配もします。ですから今は、手元に残ってる連中で我慢してください」

「……牢にはまだ新しい奴いたっけかぁ?」

「は、最近手に入れた女が数人ほど」

「俺好みの女なんだろうなぁ」

「それは……出来得る限り条件に合う女を見繕ったつもりです」

「しゃあねえなぁ。しばらくはそいつらで遊ぶとするかぁ。黒木、この俺が我慢してやるんだ、ありがたく思えよぉ?」

「ありがとうございます」

「クク……いいねぇ。素直なのが一番だなぁ。それに俺は今気分は悪くねえんだぁ。何故か分かるかぁ、黒木?」

「いえ、自分には」

「ようやくだ。ようやく近々ヤツを……崩原を屈服させることができるんだぜぇ。ああ、楽しみだなぁ。アイツの絶望に満ちた顔を、また見られるんだぜぇ……ククククク」


 くぐもった不気味な笑い声が室内に広がる。

 流堂は酒をボトルごと煽り、そのまま一気に飲み干す。


 するとどういうわけか、空になったボトルが突然ボロボロと砂でできていたかのように崩れ始める。

 その様子を見た黒木は眉をピクリと動かすものの、さして驚きは見せていない。彼にとっては珍しい光景ではないようだ。


「黒木、今の件、どうしても何も掴めなかったら、奴らを動かしてでも情報を手に入れろ」

「はい、奴らですね。速やかにコンタクトを図ります」

「よぉし。じゃあ牢から新しい女を一人連れてこい。今日はそいつをぶっ壊すまで楽しむつもりだからよぉ。邪魔すんじゃねえぞ? ああ、あとそこに寝っ転がってる玩具はもう飽きたから引き取っていけ。あとは手下どもにくれてやれ」


 黒木は指示に従い、ベッド周辺にいる女性たちを部下を使って部屋から出していく。

 流堂は閉められていたカーテンを開けて、窓の外を見上げる。


 時刻はすっかり月が空を支配している頃だ。

 憎らしいほどに美しく輝く金色の存在に向けて、流堂は愉快気に笑みを浮かべる。


「崩原ぁ……てめえの命ぁ、必ず俺の手に……クククククク」


 数時間後、流堂の予測通り、住宅街の傍にある川で山田たちの死体が浮かんでいたのを発見されたのであった。




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