第55話 待ち伏せ
「ああ、それと一つ聞いておきたいことがあった。実は虎門さんに以前聞いた話だけど……」
前に『イノチシラズ』と名乗る連中が、虎門を攫おうとしてきたことを告げた。無論相手が崩原の名を出したことも包み隠さずだ。
その話を聞いて崩原や、その仲間たちは認めなかった。そんな命令なんて出してないし、警察を騙って女を攫うようなクズは、チームにはいないと言う。
そこで崩原は、虎門を襲った連中の容姿を尋ねてきたので正直に教えてやった。
「……知らねえな。おい、お前らはどうだ?」
崩原の仲間も素直に頭を左右に振っている。顔色を見る限り、噓を言っている様子はなさそうだ。
「なあ鳥本、そいつらは俺の名を出したんだな?」
「らしいよ。崩原は女好きだから、きっと可愛がってもらえるとか何とか言ってたみたいだ。あはは、君はどうやら色魔扱いされてるみたいだね?」
「んだとコラッ! てめえもういっぺん言ってみやがれ! 才斗さんが女好きの色魔なわけがねえだろうがっ!」
そこへ本人ではなく、チャケと呼ばれていた男がまた噛みついてきた。
「お、おいチャケ、落ち着けって」
「いいや、そんないい加減な情報で踊らされる奴を見てると腹が立つんですよ!」
別に踊らされてるわけじゃねえけどな。ただの事実確認だし。
「いいかてめえっ! ここにいる才斗さんはなぁ――」
一体何を言うつもりなのか、俺は黙ってその様子を見ていたが……。
「――――女のおの字も分からねえ童貞なんだぞぉぉぉっ!」
……………………は?
時が止まった。いや、そんな気がするだけだが、全員が固まってしまっている。
動いているのは、チャケただ一人で……。
「昔っから硬派を貫いてきたせいで、今でも女に何の耐性もなく、近づかれただけで照れるような人ぶふぉうっ!?」
直後、チャケが顔面を殴られて吹き飛んで行った。
「い、痛え……何で殴るんすか!?」
「うううううっせえわっ、このボケッ! 何を初対面の奴に俺のアレなもんを暴露してくれてやがんだっ! このアホチャケ! それに彼女がいたことくらいあるわ、知ってんだろうが!」
「あー……大人の階段を上ったんでしたっけ?」
「そ……それは…………の、上ったに決まってんだろ?」
ああ、絶対に嘘だな。
恐らくその気持ちはここにいる全員が持っただろう。
恥ずかしそうにそっぽを向きながら言う姿は、童貞だとバレたくない思春期男子にしか見えなかった。
「「才斗さん……」」
「な、何だよその目は!? ああ嘘だよっ! まだ童貞だよっ! だったら何だよ、てめえらに何か迷惑かけたかコラァッ!」
何だか急激に崩原という人間に対し親近感が湧いた。
悪の親玉っぽい雰囲気は鳴りを潜め、今はからかい甲斐のある一般人にしか見えない。
「そんなに童貞を卒業したかったら、そういう店を頼れば良かったのでは?」
少し情けなく見えたので、苦笑しながら俺はそう尋ねてみた。
「アホかてめえは! んな愛の欠片もねえセックスができるかぁ!」
「……純情か」
「黙れ! てめえみてえな優し気なイケメンは、そりゃもうとっくの昔に卒業しちまってんだろうがよ!」
いいえ、あなたと同じですが何か?
「どうせモテんだろうし、たくさんの女を抱いてきたんだろうぜ!」
モテなかったし、この姿は偽物だしなぁ。
「君だって身体つきも良いし、顔だって悪くないじゃないか。モテてきたと思うけど?」
「悪いが俺は心から好いた女とじゃきゃ、付き合いてえなんて思わねえんだよ!」
「そうだそうだ! 言っただろ、才斗さんは硬派だってよぉ!」
「チャケ、もういいからお前は黙ってろっ!」
「何でですか! 俺見たんすよ! 才斗さんがずっと前に恋愛マニュアル書みてえなもんを読んで『う~む、なるほどなぁ』と呟いているのを!」
「んがぁっ!?」
うわぁ、それは恥ずかしい。てかチャケさんよ、それイジってない?
「けどチャランポランな恋愛はしたくない! だからたとえ恋愛に興味があっても、それを押さえつけるバカ強え理性がある! そんな圧倒的な硬派精神にマジで尊敬してるっす! 俺もあなたのような恋愛よりも自分の信念を貫くような硬派な男になりてえっす!」
もう止めたげて。崩原なんか顔が真っ赤に染まり上がってるから。
「あれ? けどチャケ、お前確かこの前彼女できたって言ってなかったっけ?」
突然仲間の一人から思わぬ攻撃がチャケへと放たれてきた。
しかし動揺するかに見えたチャケだったが……。
「お、何だよぉ、知ってんのかよぉ。これがまた可愛らしい子でさぁ。胸も大きくて声も可愛くて……って、あれ? 才斗さん、どうして顔を俯かせてプルプルしてんすか?」
……チャケよ、お前のことは忘れないぞ。
俺は心の中で祈り、静かに瞼を閉じた。
そして――人間を殴りつけるような乾いた音がしばらく響き渡り……。
「よぉ、悪かったな。変なところ見せちまってよぉ」
俺は何事もなかったかのように縁側に座っている崩原と対面する。両手が血に染まっているのはツッコまない方が良さそうだ。
少し視線を動かすと、そこには木材でできた十字架に張りつけになった、全身ボロボロの哀れな男がいた。
キリストとは違って、コイツ……もう復活しねえんじゃね?
他の仲間も、さすがに同情できないのか、張りつけにされた男に合掌だけをくれていた。
「いや、君が虎門さんを襲った連中と関わり合いがないということは理解したよ」
仲間たちの態度を見ると、マジで純情というか女に免疫がなさそうだしな。
なら虎門を襲った連中が、ああ言ったのはすべてをコイツの仕業に見せかけるためだろう。
なら誰が? 先にも話に出てきている流堂という奴が思い浮かぶ。
それにこんな純情な奴が、ラブホテルを拠点にし、多くの女を連れ込んでいるとは思えない。
今までのがすべて演技……だとしたら大した役者ではあるが、その可能性もまた低いような気がする。
「なら虎門さんには、君が部下に命令をして襲わせたんじゃないってことを伝えておくよ。あの出来事に対し、かなりご立腹だったようだしね」
「そりゃ助かるけどよ。つーことは、紹介してくれるってことでいいんだよな?」
「さっきも了承しただろ? 問題ないよ。上手くいくかどうかは君たち次第だけど」
「それで十分だ。じゃあ会う日程なんだが……」
それから崩原に会合の時間を決めてもらい、その場はお開きとなった。
迷惑をかけた詫びに、何か飯でもという話になったが断った。それはまたの機会ということにして。
そして俺は一人、崩原の拠点を出たのだが、しばらく歩いていると、またもや前方に見知らぬ者たちが立ち塞がったのである。
しかも今度はバイクに乗った連中もちらほらいた。
そしてこのバイク野郎たちは、いつか見た連中にそっくりだ。
そう、俺が住んでた土地で暴れ回っていた奴らである。コイツらのせいで、俺は家を《ボックス》に入れて立ち去ることになった。
「……そこをどいてくれないかな?」
「てめえ、さっき『イノチシラズ』の拠点から出てきやがったな?」
「何のことことかな?」
「惚けんな! ネタは上がってんだよ! ……てめえは何者だ? 何で崩原と接触した?」
……コイツら、もしかして……。
「さあ? それを君たちに教える義務はないだろう?」
「痛い目を見たくなけりゃ、言うことを聞いとけや」
そう言いながら、俺の周りを連中が囲い始める。
やれやれ、最近こういう奴らとの接触が増えてる気がするよなぁ。
まあでも、一つ試しに聞いておこうか。
「君たちこそ何者かな? 『イノチシラズ』に関わりがありそうだけど?」
「てめえに関係ねえよ。つか、さっさとこっちの質問に答えやがれ」
「…………高級住宅街」
呟いた瞬間、目の前にいる男の眉がピクリと動いた。
「もしかして君たちかな。最近高級住宅街で暴れている輩というのは?」
「はあ? 何言ってやがんだてめえ?」
……素直に吐くつもりはねえか。なら……。
「前に見たんだよなぁ。君……そう、そこにいる君たちだ。君たちが嫌がる女性を、あるラブホテルに連れ込むのを。それに……【天坊町】にある家に押し入っているところを」
ちなみに【天坊町】というのは、田中家があった場所である。
するとみるみる顔色を変えて険しくなっていく男たち。すでに敵意から殺意に近い感情が浮かび上がっていた。
しかし不意に俺と対面している男がニヤリと笑みを浮かべる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます