第53話 イノチシラズについて

「……ふぅぅ~。……へぇ、そいつが例の鳥本なんだな?」


 ようやく喋ったと思ったら、声もまた腹に響くような野太さをしている。

 ジロリと睨みつけてくる視線は、思わず後ずさりしてしまうくらいに圧があった。


 あの王坂も、それなりのカリスマを持っていたのだろうが、コイツと比べると王坂がどれだけ小さい存在だったか分かる。

 これは恐らく育ってきた環境もあるが、持って生まれた資質の差だと思う。


「そうです、リーダー!」


 高須が自分の手柄ですというように宣言するが、リーダーに睨まれてしまう。


「おいこらぁ、だからリーダーって呼ぶなって言ってんだろうが。俺のことは名前で呼びやがれ」

「そ、そんな! リーダーを名前でなんておこがましくて!」

「そんな呼び名こっ恥ずかしいんだよ! 何なら才斗って呼び捨てでもいいんだぜ?」

「そ、それは勘弁してください! さすがに無理です!」

「ちっ……まあいい。おい、コイツらに褒美をやっとけ」


 俺を連れてきた連中に対し、褒美を与えるつもりらしい。


 意外に律儀な奴……なのか?


 それに何やら部下に対して、そう物腰もキツクない。てっきり王坂のように、支配者を気取っている様子を想像していたのだが……。

 そして高須たちには、もうここにいなくていいと俺から遠ざかせた。


「――さて、と。放置して悪かったな。俺ぁ、『イノチシラズ』っつうコミュニティを纏めてる崩原才斗ほうばらさいとってもんだ。あんたは鳥本健太郎……で良かったよな?」

「ああ、そうだよ。君が俺に会いたいと聞いてね」

「素直に俺の要求に応じてくれたってわけだ」

「……人質を取った人が言うセリフじゃないなぁ」

「! 何だと?」


 さらに眼光を鋭くし、「どういうこった?」と何故か俺に聞いてきた。


「どういうことも何も? 言うことを聞かなければ、俺が世話になっている家がどうのこうのと、さっきの子たちが言っていたけど?」

「ちっ、そういうことか。アイツら……ったく、おい鳥本さんよぉ」

「何かな?」

「――すまんかった」


 ……は?


 座ったままだが、突然謝罪をした崩原に対し、想定外の態度に俺は唖然としてしまった。


「アイツらには仕置きしておく。ここは貸しにしとくっつうことで、どうか手打ちにしてくれねえか?」

「…………」

「ん? おい、聞いてんのか?」

「! あ、ああ、そうだね。……トップの人に頭を下げられちゃ、認めないわけにはいかないな。それにどうやら子分の暴走みたいだからね」

「マジで悪いな。そういうやり方はすんなっていつも言ってんだけどな。けど俺が急いでるって言ったから、アイツらも焦ってそんな真似をしたんだろ」


 ……急いでる?


「とにかく、あとでアイツらにも正式に謝罪させるわ」

「……分かったよ。どうも俺が思い描いていた『イノチシラズ』のリーダーと印象が違うもんでね。少々戸惑っているよ」

「あん? ……ああ、なるほど。例のあれか」

「例の?」

「最近ここらで暴れ回ってる『イノチシラズ』のことを知ってんだろ? それでその頭は、残虐非道で冷酷無比な、どうしようもないクズだって判断したんじゃねえか?」

「加えて卑怯で驕り高ぶったヤツということでね」

「っ! て、てめえっ!」

「ダーッハッハッハッハッハ!」


 崩原の傍にいた部下の一人が、俺に食ってかかろうとしたところ、突然崩原が高笑いし始めたので、全員がキョトンとしてしまっていた。


「まったくもってその通りだぜ! あんた、良い度胸と性格してんじゃねえか!」

「褒めても何も出ないよ。ああ、手と口くらいは出るかもしれないけど」

「ククク、いいねぇ。あんたにとってここは敵地。そのど真ん中での肝っ玉ぶり。気に入ったぜ! どうだ? 『イノチシラズ』に入らねえか?」

「悪いけど、こう見えて旅人でね。そのうちこの街からも出て行くつもりなんだよ」

「何だよ、連れねえな。せっかく面白え奴を見つけたって思ったのによぉ」


 それはこっちのセリフだ。まさか崩原才斗が、こんなにも話しやすい奴だとは思わなかった。

 王坂の上位互換的な存在だと勝手に想像していたからだ。


 だが全然違う。確かに醸し出す雰囲気は、いわゆる堅気のような者が出すソレではないが、どちらかというと好感を持てるような人物ではある。王坂よりは、だが。


「それで? 俺をここへ呼びつけた理由をまだ聞いてないが?」

「ああ、そうだったそうだった。……それは今話した『イノチシラズ』の印象についてにも関わってることなんだけどよぉ」

「……?」

「単刀直入に聞くぜ? お前が知ってる『イノチシラズ』の蛮行を言ってくれや」

「……高級住宅街を中心に、問答無用で他人の居宅に押し入り、住人を虐殺し、そのあとは食料などの生活必需品を強奪し、そして若い女性を攫う。今、この街には苦しむ人々と守ろうとしてる『平和の使徒』という組織があるが、『イノチシラズ』はまったくもってその逆。さしずめ『乱世の使徒』ってところかな」

「っ……やっぱな」


 一瞬、崩原の顔が悔しそうに歪んだのが気になった。


「その様子だと、どうも望んでる結果じゃないようだが?」

「あったりめえだろ。俺は下の者たちに、そんな命令なんて下してねえ」

「!? ……どういうことだい?」


 すると崩原は、その重い口を開いて語り始めた。


「俺は確かに堅気って胸を張って言えるような人間じゃねえ」

「少年刑務所を出ているから?」

「! ……知ってたか。まあそういうのもある」

「違うっ! 才斗さんはっ!」

「チャケッ、てめえは黙ってろっ!」

「でも才斗さんっ!」


 さっきお俺に食いかかってきた崩原の傍に立つ坊主頭の奴が、またも崩原に睨まれて「す、すいません」と謝っている。


「悪いな、またコイツが」

「いや、もしかして刑務所に入ったっていうのは嘘情報かい?」

「あん? それはマジだ。まあ、その話は今はどうだっていい。続きを話すぜ?」

「ああ、お願いするよ」

「さっきも言ったが、俺は立派な人間じゃねえ。けどな、それでもこんな俺を慕って集まって来る連中がいるんだ。まあ世間にはみ出しくらった奴らばっかだけどな」


 様々な理由から学校を退学になった者、家を追い出された者など、いわゆる世間で不良と呼ばれる者たちが、彼の下にたくさんいるらしい。


「それでも俺にとっちゃ、同じ悪一文字を背負う家族だ」


 どうやら着用している羽織、その背に刻まれた悪の文字は、彼らのシンボルのようだ。


「確かに俺らは善か悪かって言われりゃ、そりゃ悪だろうよ。けどな、悪にも悪なりの美学ってもんがある。何の罪もねえ他人を、問答無用で襲って殺したり、女を攫ったりするってのは、俺らの美学に反する」


 悪の美学。そんなことを告白されても俺にはさっぱりだが、とりあえずコイツにはポリシーがあるということなのは伝わってきた。


「だが『イノチシラズ』の連中が、クズとしか思えないような行為に走っていることは事実だよ?」

「そうだな。そいつらがマジで『イノチシラズ』の構成員なら、な」

「! ……つまり君たちを騙った者たちの仕業だと?」


 そういう可能性は考えていなかった。そもそも『イノチシラズ』というコミュニティだって、元々有名だったわけでもないし、そんなことをしても無意味だと勝手に決めつけてしまっていたから。


「そんなことをする理由は?」


 俺の質問に対し、バツが悪そうな表情をする崩原。


「どうやら理由には心当たりがあるみたいだね?」

「……まあな。まず間違いなく――流堂刃一るどうじんいちの仕業だ」

「……いや、そんな有名人だよみたいな感じで言われても知らないんだけど」

「あ? ああ、悪いな。あんたも堅気じゃなさそうだし、知ってるって思ってたんだよ」


 誰が堅気じゃないって? 正解だよ。

 崩原が、その流堂刃一とやらについて説明してくれた。


 その男は崩原と同じ二十三歳らしく、十代の頃は殺し合いに近いケンカばかりしていた間柄だったという。

 何をするにも反発し合い、崩原がグループを作った時は、対抗するように流堂もまたグループを作って交戦してきた。


 タイマン自体は崩原の方が強く、だからこそ流堂はいつもケンカをしては負けていたために、激しい嫉妬と憎悪を持っていたのだという。

 それに崩原もまた、平気で麻薬に手を出すし、人を陥れたり女を強姦したりするような流堂を良く思っていなかった。


 つまり決して分かり合うことのない溝が、二人の間にはあったというわけである。

 そんな奴と、つい最近出くわした時に、流堂が崩原に対してこう言ってきた。


『俺の下につけ、崩原』


 それは世界が変貌して間もなくのことだったという。

 無論崩原はすぐさま断ったが、それからというもの崩原の周り奇妙なことばかり起こることになった。


 家が荒らされていたり、闇討ちをされたり、仲間が拉致されたりと、明らかに自分や自分の仲間を狙っている者がいる証。


 つるんでいた仲間たちの意見を受け入れ、身内の強度を図るためにも、コミュニティである『イノチシラズ』を構成した。

 しかし今度はその『イノチシラズ』を貶める風評が流れ始めたのである。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る