第52話 イノチシラズのリーダー

 思わずその言葉に食いついてしまった。まさかコイツらが、最近有名な暴徒集団の一員だったとは。

 そのリーダーというと、少年刑務所にぶち込まれた経験のある奴だったはず。


 そんな奴が俺……鳥本を御所望?


 単純に仲間をやられたから、全員で報復するために俺を連れて行く?

 それとも鳥本が『再生師』だと、どこからか聞き入れ、その力を求めている?


 すぐに考えついたのはその二つ。


 リーダーの人格が分からない以上、何とも言えないが、物騒な奴という話は聞いているので、落とし前をつけるためにも前者の可能性が一番高い……か?

 ならコイツらについて行けば、これよりも遥かに多い人数で待ち構えている危険もある。


「……なるほど。だがさっきも行ったように、ついていく義務なんて無いよね?」

「それは……」

「もしついて来なかったら後悔することになるぞ」


 いきなり会話に入ってきたのは高須だった。お前、話すの嫌なんじゃなかったっけ?


「後悔……?」

「そうだよ。てめえ、ある大金持ちの家で生活してるみてえじゃねえか」


 ! ……なるほど。そう来たか。


 つまりコイツらは……いや、コイツらのリーダーは、言うことを聞かなければ福沢家がどうなっても知らないぞと脅しているのだ。

 奴らは高級住宅街を狙って活動している。問答無用に襲撃し、蹂躙し、女性たちを攫う。


 まさに盗賊のような集団だ。


「俺が断れば、世話になっている家を襲う……そういうことかな?」

「だったら何だよ?」


 自分が上に立っているとでも言わんばかりの表情だ。人を貶めて悦を得る。コイツは王坂と何も変わらないクズだ。


「……好きにすればいい」

「あ? ……はあ!?」


 おお、おお、その驚いた顔は面白いな。


「ちょ、待て! 今何つったお前!」

「だから、襲いたければ襲えばいい」


 確かに福沢家には世話になっているし、大分稼がせてもらったお得意様だ。できればこれからも付き合いがあれば懐が潤う。

 しかし勘違いしてほしくないのは、あくまでも商売相手として見ているというだけ。


 彼らに心を許し家族や友人として接しているわけじゃない。

 リスクを背負ってまで助けるつもりはないのだ。


「お、お前、それ本気で言ってんのか! 何十日も住まわせてもらってるらしいじゃねえか!」


 よく調べているようで。


「それが何か?」

「何かって……そんな簡単に見捨てるつもりなのかよ!」

「必要であれば、俺はどんなものでも見捨てるつもりさ」

「「「「っ!?」」」」


 光が消えた俺の冷徹な瞳を見て、周りの者たちが息を飲んでいる。


 特に高須と天川は恐怖さえ覚えているだろう。何せ、大学の時は、わざわざ他人を助けるために手を出したのが俺だ。正義感と優しさ溢れる人物とでも思ったことだろう。

 しかし今の俺の発言は、凡そ優しい人格者が言えるものではない。


「じゃ、じゃあ俺たちが福沢家を襲っても何も思わないってこと?」


 そう尋ねたのは天川だった。彼もまた信じられないというような表情である。

 ていうか福沢家って言っちゃってるし。混乱してるの丸分かりだわ。


「いやいや、さすがに不憫だとは思うかな。俺のせいで襲われたって聞けば」

「だ、だったら……」

「けれど、自分の命を天秤にかけるほどじゃない」


 断固として揺るがない俺の意思を受け、その場に沈黙が流れる。

 コイツら、多分『イノチシラズ』の中でも下っ端の中の下っ端なのだろう。自分の手もまだ血に染めてないはず。


 王坂や田中家を襲った連中とは違う。まだ完全に悪に染まれていないって感じだ。

 精々小悪党といったところか。


 王坂だったら俺発言を聞いて、ショックを受けるようなことはしない。悪感情しか持たない奴だし、襲撃される側に同情したりはしないのだ。


 しかしコイツらは、俺に見捨てれた福沢家のことを不憫に思っているような感情がある。

 まさかこんな中途半端な連中を使いに出すとは、『イノチシラズ』のリーダーは一体何を考えているのか。


「……とまあ、冷たいことを言って逃げるのもありかもなぁ」

「!? て、てめえ……今の冗談だったのかよ!」


 目くじらを立てて怒ってくるとは、そんな資格がお前にあるのか高須?


「こう見えても人をからかうのが好きでね。それよりもほら」

「あん? 何だよ?」

「何だよじゃないだろ? 君たちのリーダーが待っていると言ったのは君たちだ」

「! ……ついてくるのか?」

「さすがに福沢家を見捨てたら良心が痛むからね」


 それも少なからずあるかもしれないが、俺の興味はリーダーにある。

 一体どんな奴なのか、一度会って確かめておきたい。


 まあ、罠だったとしても、こちらにはソルとシキがいる。さすがに会った直後に、マシンガンをぶっ放してくることはないだろう。

 向こうも何やら鳥本に興味を持っているようだから、ある程度の対話の時間はあるはず。


 ……ただまあ、一応保険は掛けてあるけどな。


 俺は首からかけているネックレスタグに触れる。

 そのタグには〝福沢家の自室〟と書かれていた。


 これは《リスポーンタグ》といって、タグに位置を刻み込んでおくことで、一度死んでもその場所で復活することができるのだ。

 ただし使い切りの上、二億五千万円という莫大な金額を要求されるが。


 人一人の命の値段が、〝SHOP〟ではその程度の価値しかないということだろう。一体誰が判断しているのか分からないのはいつも通りだけど。

 しかしこれさえあれば、たとえ不慮の事故などで死んでも、一度なら生き返ることができるのは大きい。


 これなら多少無理なことでも首を突っ込むことができる。

 まあもしこれを使わされるようなことになったら、リスポーンしたあと、『イノチシラズ』は壊滅させてもらうが。無論復讐として。


 そうして俺は、『イノチシラズ』が拠点としている場所へと向かうことになったのである。








 ――目前には、福沢家と遜色ないほど大きな屋敷が建っている。


 どちらかというと和を重んじるような造りで、旅館のような風情さえ感じさせる佇まいだ。


「……君たちのリーダーはセレブなのかな?」


 答えてくれるか分からないが、傍に居た天川に一応質問してみた。


「ここはリーダーたちが奪った家なんだよ」


 ちゃんと答えてくれたので良かった。ちなみに高須はそのリーダーに、俺を連れてきた報告をしに行っていてここにはいない。もしいたら、「お前に話す義理なんてねえ」とか言われただろう。


「なるほど。他人から強奪して領土にしたというわけだ」


 それどこの戦国時代だよ。

 まあしかし、こういう行為は別段珍しくはないだろう。


 誰だって大勢の仲間がいれば広々とした拠点は欲しい。しかし身近には存在しない。だったら他人から奪えば良い。

 そう考えて実際に行動を移すかどうかで人間としての資質が変わってくるが、暴徒なら特に迷わずに奪うことを選択するだろう。


 暴徒らしく、廃墟ビルとか山の中とかに拠点を構えてると思ってたが、堂々と住宅街に陣を構えてるなんてな。


 今の時代、こんなことでは警察が動かないということを知っての暴挙ということだろう。

 実際に誰から警察に、家を奪い返してくれと懇願しても、一般人の要望を聞き入れるほど暇じゃないはずだから。


 しかし俺には一つ気になることがあった。


 ……崩原がいるのは、あのラブホテルじゃなかったのか?


 以前ソルに『イノチシラズ』の情報を集めてもらった際に得た事実だ。

 そこには『イノチシラズ』の連中が集まっていて、中には極力外出もしないリーダーがいるという話を聞いた。


 拠点を移した……ということなのか?


 戻ってきた高須の案内で、俺はそのまま庭園の方へと回らされ、立派な庭師が手掛けたような木々や池などを通過し、縁側がある場所へと出た。


 するとその縁側には、シンプルな黒の甚平の上に、〝悪〟の文字が背に入った羽織を着こんだ男が腰かけている。

 片膝を立てながらキセルを吹かせる姿は、どこか絵になっていて、男心としてカッコ良さを演出していた。


 その男の周りには、屈強そうな男連中が陣取っており、何があっても対処できるように警戒している。

 俺はそんな男と、一定の距離を開けながら対面する形で立たされた。


 ……コイツが……。


 細身の身体ではあるが、露出している部分を見れば逞しさが伝わってくるほどに筋肉質だ。いわゆる細マッチョというやつだろう。

 それにウニのような尖った髪に、鷹のように鋭い瞳は、妙な威圧感と恐怖を煽ぎ、おいそれと人を近づけない印象がある。


 一目で分かった。コイツは普通の奴とは格が違う人間だと。

 俺と歳はそう変わらないように見えるというのに、放つオーラがハンパじゃない。


 悪のカリスマというのはこういう奴のことを言うのであろうか?





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