第51話 リベンジ?

「……! そうか……岸本さんの奥さんがあなたをここに隠したのね?」

「クゥン」


 まるでそうだよとでも言うかのように返事をするター介。

 多分奥さんは、モンスターに追われながらも、せめてター介だけは守ろうと、地下収納に入れてロックをし、その上でモンスターに殺されてしまったのだろう。


 だから骨がここに密集していたのだ。

 たかが犬のために。放っておいて逃げれば良かったのに。


 心無い連中の中にはそう思う奴だっているだろう。けれど、彼女や岸本さんにとっては、本当の子供のように可愛がっていたのだ。

 せめてこの子だけでも……そう思うのが親という存在なのかもしれない。


「あなた……生かしてもらったのね。だったらうんと長生きしなければならないわよ?」

「アン、アン!」


 マジで言葉分かってるのかと思うほど、ちゃんと返答するター介。

 そこへソルやシキも戻ってきて、俺が抱えている存在を確認し目を丸くしている。


 二人に事情を説明したら、なるほどと納得していた。


 そして庭へと出ると、穴を掘ってその中に燃えやすい藁などを敷き詰めて燃やし、その中に奥さんの骨を入れる。

 ソルとシキには、骨が燃え尽きないようにだけ注意し見守ってもらい、俺はその間に家の中を物色することになった。


 家主の許可は得ているので、テレビや冷蔵庫、カーペットや靴など、まるで引っ越し業者が入ったかのように、すっからかんになるまで物を頂き売却していく。

 さすがにアルバムなどの思い出のようなものまでは手を出していない。


 それでも家の中にある物をほとんど売却したことで、かなりの額になった。


「全部で五百万近く。悪くないわね。壊れたものも価値は低いけど売れたし、奥さんの装飾品類は結構売却率が良かったわ」


 歳を取っても、そこは女性だ。宝石類はやはり魅力的なのだろう。それなりに高価なアクセサリーなどもあった。


 また《コアの欠片》やモンスター素材もドロップできたし、総合的に見てかなりのプラスにはなっただろう。

 思った以上の収穫に、つい頬が緩んでしまう。


 これはやはり虎門としての仕事を多くこなした方が実入りが大きい。普通の家に見えるが、中のものをすべて売り払っていけば、相当な額になることも分かった。

 これなら特別金持ちでなくとも、数さえこなしていけば懐はどんどん膨らんでいく。


「ま、あなたの治療薬はちょっと予想外だったけれどもね」


 俺の足元にいるター介を撫でながら言う。《栄養ポーション(犬用)》は、五万円と結構高いが、それでも十分稼げたので良しとしておく。


 それからソルたちから、そろそろ火葬の方も程よいということを聞き、すっかりと血肉が燃え尽きた骨を回収し、俺たちは岸本さんのもとへと向かった。






 鳥本に扮した《コピードール》を使って、大学の外へと岸本さんを呼び出してもらった俺は、彼が来るまでター介と一緒に虎門の姿で待っていた。

 すると静かに座っていたター介が、おもむろに立ち上がると、


「アンッ、アンッ!」


 と鳴き声を上げながら走り出した。


「――ター介っ!?」


 姿を見せた岸本さんもまた、ター介の元気な様子を見て涙を流しながら駆け寄り、飛びついてきたター介を受け止めた。


「ター介……ター介……ター介ぇ……良かった……良かったぁ……!」

「クゥンクゥンクゥン」


 ター介も十日ぶりの愛する家族に抱きしめられて嬉しいようで、尻尾を振りながらこれでもかというくらいに岸本さんに甘えている。

 俺はそんな二人のもとに静かに歩み寄った。


「……おお、虎門さん! この子を! この子を助けて頂き、本当に感謝します!」


 ほとんど土下座のような形で礼を言ってくる。誰かに見られるとちょっとヤバめの光景なので、


「気にしないでください。それよりもほら、立ってください」


 そう言いながら岸本さんの手を引っ張り上げ、ほとんど無理矢理立たせた。


「それとこちらも要望通り……とは参りませんが」


 地面の上に置いていた少し大きめの箱のもとへ、岸本さんを案内する。

 そして蓋を取って中身を見せた。


「残念ながら回収できたのは、奥さんの人骨のみでした」


 俺はどこで彼女が死んでいたのか、そしてター介がどうやって生き延びていたのか、推測も交えて岸本さんに伝えた。


「そう……ですか。女房は……お前を守ったんだなぁ」


 足元に縋りついているター介の頭を撫でつつ、岸本さんは嬉しそうな声音でそう言った。


「命を失ってしまったのは残念ですが、親としての義務を果たされた奥さんは、とても立派だと思います」

「虎門さん…………本当にこの度は、ありがとうございました」


 一応まだ家の周囲はモンスターが溢れているので、帰るのは危険だということは教えておいた。

 このまますぐに家にター介と一緒に戻って、即座に殺されましたじゃ、何だか釈然としない気持ちになるからだ。


 せっかく助けたター介の命はせめて大事にしてほしい。まあこれも、相手が動物だから思えることだろうが。

 岸本さん曰く、奥さんの骨はある程度は骨壺に保管し、他は散骨として海に撒くつもりらしい。何でも奥さんは海が大好きだったからだと。


 アフターケアとして、《コピードール》の鳥本にそこまで手伝うよう命じ、虎門としての依頼は完了した。

 その依頼を皮切りにして、虎門の噂がどんどんと広がり始めていく。


 数日もすれば、例の見捨てた借金夫婦が言い触らしたのか、冷酷で守銭奴というレッテルもあれば、岸本さん経由なのか、大切な形見やペットの命を助けてくれる心優しい女性などという話もあった。

 そんな折、鳥本として街中をフラフラとしていた時、見知らぬ者たちに囲まれてしまったのである。


 そのほとんどが血気盛んな十代後半の少年少女たちだ。

 全員が俺を睨みつけていて、明らかに友好的だとは思えない態度である。


 ちなみに上空を旋回しながらソルは、いつでも俺の命に従えるようにしている。


「……俺に何か用かい?」


 どうせろくでもない用事だろうが、俺は微笑を崩さずに尋ねた。

 するとコイツらの中から、顔に治療の痕跡を持つ少年二人が顔を見せる。


「! ……ああ、なるほど、君たちだったか」


 そこにいたのは、大学で軽くのしてやった高須と天川だった。


「はんっ、いつまでその余裕面を見せてられるか見ものだぜ!」


 高須が優越感を含ませた笑みを向けてくる。

 合計で十人ほど。全員が何かしらの武器を携えている。


 本来ならすぐに両手を上げて降参するのだが、これまでモンスターを相手に戦ってきた俺からすると、脅威でも何でもない。

 せめて銃などの殺傷能力の高い武器を持っていたら別だが。


「ふむ。つまるところあの時に、俺に一方的にボロボロにされて恥をかいたから、今度は見苦しくも大勢の人間を集めてのリベンジ、ということかな?」

「っ!? てんめぇぇっ!」


 こんな明らかな挑発まで簡単に乗ってくるとは、正直世界変貌の前の俺でもコイツくらいなら簡単に勝てそうだ。


「ちっ、まあいい。おいイケメン野郎! いいから大人しくついてこい」


 木刀を突きつけながら、少し不可思議なことを言ってきた。


 ……問答無用でケンカを吹っ掛けにきたにしてはおかしい。こんな奴らが周りを気にするわけがない。


 このままバトルに発展する確率が最も高いと思っていたのだが……。


「ついてこい? どういうことかな?」

「うっせえよ! いちいち聞き返すんじゃねえ!」

「それは理不尽だなぁ。君たちについていく義理も義務もないんだがね」


 飄々とした態度を見せる俺に、益々苛立ちを露わにしていく高須。今にも襲い掛かってきそうだ。

 しかしそれを止めたのは、近くにいた天川だった。


「お、おい高須、こんなとこで暴れたらダメだろ。あの人の命令なんだから」

「くっ! ……わーったよ。じゃあお前が説明してやれ。俺はこんなクソ野郎と話したくねえ」


 それは俺も同意見だな、高須。

 そっぽを向いた高須に対し、「分かったよ」と天川が答え、俺とのやり取り役をバトンチェンジした。


「えっと……実は俺たちのリーダーが、あんたのことを呼んでて……さ」

「リーダー?」

「俺たちは『イノチシラズ』ってコミュニティに入ってるんだよ」


 ……何だと? 




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