第49話 岸本さんとの対話

 ガッツリ三十分も質問攻めにあった俺は、ようやく調理場から逃れることができた。

 女性たちは不満顔ではあったが、さすがにこれ以上は休憩時間を引き延ばせないとして、奥田さんに注意されて仕事へと戻っていったのである。


 そして俺は、他にも回りたい場所があると言って抜け出してきた。

 まあそれでも女性陣との会話は、まったく無駄に終わったというわけじゃない。


 幾つか今後に活かせる情報も手に入ったし、例の岸本さんの居場所も掴めた。

 現在その岸本さんがいるであろう住居へと向かっているところである。


「……あそこか」


 みんな同じような仮設住宅なので、少し迷いそうになったが、問題なく岸本さんが住んでいる住居へと辿り着くことができた。


 ノックをして「すみません」と尋ねてみるが、向こうから応答がない。

 何度か試してみたものの、やはり無反応である。


 留守か……と、どうしたものかと思っていると、


「あれぇ? そこで何してるのぉ?」


 不意に声をかけられたので確認してみると、そこには少し前にせんべいを上げた女の子たちだった。


「君たちは……」

「花山いよ!」

「花山ちよ!」

「もしかして双子かい?」

「「そだよー!」」

「あはは、おせんべい、美味しかったかい?」

「「うん!」」

「そうか、それは良かった。えと……ここに住んでる人のこと知ってる?」

「う~ん、白いおじいちゃんのことぉ?」

「白い?」

「うん! アタマがね、真っ白なの!」


 なるほど、白髪というわけか。その人かどうかは分からないが、おじいちゃんというなら合っているかもしれない。


「どこにいるか知らないかい?」

「「知ってるよ! こっちきてー!」」


 さすがは双子なのか、声を揃えながら俺の手をそれぞれ掴んで引っ張っていく。

 うん、良いことはしておくものだ。こうして後々になって自分に返ってくるから。


 そうして双子の案内でグラウンドから出て、広場がある方へと向かうと、そこのベンチで一人ポツンと座っている白髪の老人を発見した。


「「あの人だよー!」」

「おお、案内してくれてありがとう。お礼にこれを上げよう」


 《ボックス》からチョコレートを出して、彼女たちに上げると、


「「いいのーっ! やったーっ!」」


 無邪気な笑顔を浮かべながらチョコレートを受け取り、俺に「「じゃあねー」」と言って走り去っていった。


 ……さてと。


 広場には年寄りがポツポツといる。読書をしたり、何かを書いたり、ただ座ってぼ~っとしていたり様々だ。

 ただ白髪の老人だけは、さっきから溜息を何度も吐いて物悲しそうな顔をしている。


「……失礼」

「! ……どちらさんでしたかな?」

「今日、たまたまこちらに寄らせてもらった者です。鳥本と申します」

「はぁ、そうでしたか。いや、私は岸本といいます」


 物腰の柔らかい老翁といったところか。


「隣に座ってもよろしいですか?」

「え? あ、はい。どうぞ」


 俺は「ありがとうございます」と言って腰かけ空を見上げる。


「今日は良い天気ですねぇ」

「そうですね。こんな日は日向ぼっこに限ります」


 ……どんなふうに話を切り出していくか。いっそのこと遠慮なくぶち込んでいく?


「……突然話しかけてしまい申し訳ありませんでした」

「い、いいえ、気にしないでくださいな」

「先程から溜息ばかり吐いてらっしゃるので気になりまして。何か悩み事でもありますか? こう見えても医者の知り合いもいて、もし良かったらご紹介させて頂きますが」


 万が一の時は丈一郎さん、頼みます。


「あ、いえいえ。身体はすこぶる快調ですよ。ただ……」

「ただ?」

「……いえ、他人に話してもしょうのない話ですから」

「口にするだけでも楽になることだってあります。良かったら話してもらえませんか?」


 ここで拒絶されたら、次の手を考えないといけないが果たして……。


「……実は先日『平和の使徒』という集団と会いましてな」


 確か調理場の人たちがそのようなことを言っていた。


「そこで頼みごとをしたんですが、受け入れてもらえなくて」


 来た、頼み事!


「その頼み事というのをお聞きしても?」

「はい。実は住んでた家が怪物に襲われましてな。私は命からがら助かったんですが、その時に女房が殺されてしまい……」

「それは……お気の毒で。ではモンスター……怪物たちを倒してもらいたくて、『平和の使徒』へ依頼を?」


 しかし想像は外れて、岸本さんは頭を左右に振ったのだ。


 え……違う? だったら何で……?


 するとこちらが尋ねる前に、岸本さんは語り出した。


「あの家は確かに大切です。取り戻せるならばそれに越したことは有りません。ですが……それよりも失いたくないものがあるんです」

「どんなものですか?」

「……女房の遺体です。ちゃんと葬ってやりたくて」

「!? ……なるほど」


 確かに愛する妻の身体を取り戻し、しっかりした埋葬をしてやりたいという気持ちは理解できる。


「警察にも頼みましたが、それどころではないと一蹴されましてな」


 個人の事件に割く人員が無いのだ。実際のところ、田中家も警察の手が入った様子はなかった。

 普通はあんな事件があったら、現場保存やら取り調べやらいろいろ必要になるはずなのに。

 手が回らず放置するしかない状況は、これからもっと増えていくだろう。


「しかしその……非常に言い難いことではありますが……」

「分かっています。すでに女房の遺体が怪物に食べられてしまっている可能性が高いのでしょう? 『平和の使徒』の人たちにも言われました」


 そう、モンスターは人を食う。ダンジョン化した中で死体となってしまったなら、きっともう骨くらいしか残っていないだろう。その骨ももしかしたら……。


「それでも確認はしておきたいのです」


 まあその気持ちも分かる。しかし十中八九、辛い確認にはなると思うが。


「その……奥さんの遺体を取り戻すのが目的なんですよね?」

「はい。それともう一つ……」


 あ、まだあるのか。


「……これも望みが薄いと言われたことですけど、うちには子供のように可愛がっていたペットがいるんです」

「ペット……」

「はい。犬のター介という子です。子供が自立し、女房と二人だけの生活になってから少し物寂しくて。それで女房と一緒に犬を飼おうってことになったんですよ。それからもう十年」


 十年……それほど長い間一緒にいれば、家族としての絆も深いものになっていることだろう。それこそ自分の子供のように。


「あの子は無事だろうか……。もし生きているなら助け出してやりたいって思ってて」


 妻の遺体と犬のター介の身柄、その二つが彼の依頼というわけらしい。


 なるほどな。自分の半身とも呼ぶべき妻を失いながらも、まだ希望に縋っていられるのは、恐らくそのター介の存在があるからだろう。


 彼の本命は妻の遺体よりも、もしかしたらター介かもしれない。まだ生きている可能性があるのなら、その想いも理解することはできる。


 この人は寂しいのだ。これまでずっと傍に居続けた存在を失ったのだから仕方ない。だがそれでもまだ家族であるター介が生きているかもしれない。だからこそ、その生死を確かめたいのだろう。そして生きているなら助け出し、また以前のように一緒に……。

 だが対象が犬というのは少々絶望的かもしれない。


 猫ならば、その身軽さで外へと逃げた可能性が高い。良くも悪くも、飼い猫でもいざとなったら住んでいる家を捨て、一匹でも外へと出て行き抜く力があるだろうから。

 しかし犬はどうだろうか。十年……主や家に対し強い執着心が生まれているはず。忠誠心も強いし、主を捨て家を離れるというのは少々考えられない。


 少なくても犬と猫ではそんなイメージがある。つまり家から離れていないのであれば、もうモンスターの餌食になっている危険性は非常に高い。

 この人の望むものは、どちらも手にできない可能性の方が上だろう。


 すると岸本さんが、懐から一枚の写真を取り出し俺に見せてくれた。

 そこには三人――岸本さんと奥さん、そしてター介が仲睦まじく映っている。とても良い写真だと誰もが見て思うだろう。


 確かに同情できる話ではあるが、俺は何の報酬も無しに動くことはしない。この人にそれだけの思い入れがあるわけでもないから。

 だから動くとしたら、まずこの人に聞かなければならない。


「……岸本さん、仮にあなたの依頼を引き受けてくれる人がいたらどうしますか?」

「!? そのような人に心当たりがあるんですか!」

「仮に……です。いたとして、きっと無報酬では引き受けてくれないでしょう」

「! ……ですよね。でも、もし引き受けてくださるなら、何でも差し上げますよ」

「何でも……それは文字通り、家の中にあるものなら何でもということで構いませんか?」

「え? ええ……もうほとんど私には必要のないものばかりですし」


 なるほどならテレビや冷蔵庫などの電化製品。他にも売ればそこそこの金になるものだってあるかもしれない。

 さすがに家そのものを頂くというのは気が引けるが、金の貯蓄だってそれなりにあるだろうし、ここは引き受けてみても良いかも。


「……岸本さん、あなたに一人……ご紹介したい人物がいるんですが」




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