第48話 依頼人候補

「……ほら、どうぞ」

「! ……いいの?」

「うん、いいよ。仲良く分けて食べるんだよ?」

「「うん! ありがとー!」」


 せんべいを受け取った女の子たちは、嬉しそうに去って行く。


 うんうん、あのギャルみたいにはなるんじゃねえぞ。

 どうかそのまま純粋無垢に育ってほしい。まあ、無理だって分かってるけどなぁ。


「良かったのかい? あんたのために用意したってのに」

「いいんですよ。僕にはこの緑茶だけで」


 ズズズ……と音を鳴らしながら飲む。ちょうど良い熱さで、身体がほっこりと温まる。


「さっきのことといい、相当なお人好しだね。助けてもらって何だけど、そんなんじゃこの世界で長生きできないよ?」

「はは、忠告痛み入ります。ですが性分なので、こればっかりは」


 というより下心ありきで助けたので、すべて計画の内だ。

 これでここにいる住人たちには、俺のことが知れ渡るだろう。


 下手な警戒を無くし、ある程度の情報ならスムーズに手にできるようになったはず。

 俺は完全な余所者だし、もしかしたら警戒されて情報収集が難しいかと思ったが、あのバカな連中のお蔭で、角無く潜り込むことができた。


 にしても学校の連中も避難所にいたとはな。そういや十時だって公民館にいた。他にもまだ生きてる連中がいて、どこかで会うこともあるかもしれんな。

 別に今更会ったところでどうするつもりもない。クラスメイトが生きていたとしても、こちらから関わるつもりなどないからだ。


 ハッキリ言ってどうだって良い。ただ俺の目的のために利用できるなら利用するだけ。


「そういや、自己紹介がまだだったね。あたしは調理場担当でリーダーをやらせてもらってる奥田だよ」


 奥田さんがテーブルで野菜を切りながら言ってきた。

 彼女だけじゃなく、俺たちの会話に周りの者が耳を傾けているのがすごく伝わってくる。どうやら皆、鳥本という人間に興味津々なご様子。


「僕は鳥本といいます。鳥本健太郎」

「ふーん、じゃあ鳥本くんって呼ぼうかね。ところでさっき旅してるって聞いたけど、どっから来たんだい?」

「元々は岐阜の山奥にひっそりと家族と住んでいたんですが、世界変貌の折、家族が命を失いましてね。それまで外の世界に出たことなかったので、この機に旅でもしようかと渡り歩いてるんです」

「そうかい……あんたも家族を失ったんだね」


 同情ではなく、物寂しそうな表情で俺を見る奥田さん。これは……。


「もしや奥田さんも?」

「ああ。突然住んでた家がダンジョン化してね。旦那があたしと子供を庇って逝っちまったよ」

「そうでしたか……お子さんはご無事だったんですね」

「旦那のお蔭でね。ここに集まってる連中は、みんな家を失った人たちばっかさ。その中には家族を奪われた人たちもいる」


 住んでいた家が突然ダンジョン化する。見たことのない怪物が目の前に現れ、即座に対応できる者なんてそうはいない。


 しかもその怪物は、ライオンや熊などよりも凶暴な敵意を持った存在だ。逃げて生き延びれただけでも運が良いとしか言えないだろう。


「けどね、あたしたちは諦めてないよ!」

「? 諦めてない……とは?」

「最近この街にはね、ダンジョン化した建物に入って怪物どもを倒してくれる人たちが増えてきたんだよ。特に今は『平和の使徒』っていう人たちだね」


 大鷹さんたちのことだ。


「彼らのお蔭で、少しずつだけど住まいを取り戻して、自分の家に帰っていける人も増えてきた」


 あの人たちも本当によくやる。見知らぬ他人のために、ほとんど報酬なんて出ないだろうに。


「いずれそういう勇敢な人たちによって、この街が救われるかもしれない。それに警察や自衛隊だって動いてるんだ。きっとまた元通りの世界に戻してくれるはずさ」


 それはどうだろうか。確かに警察や大鷹さんたちのような武装集団のお蔭で、ダンジョンは攻略されていっているだろう。

 しかしそれ以上に、ダンジョン化する速度は上がっている。


 人間の数にも武器にも限界があり、きっとそのうち頭打ちになってしまう時が来る。

 人間には到底敵わない敵の存在だ。


 もし街中に出たら、自衛隊でも勝利を得ることは難しいかもしれない。戦車や戦闘機などを注ぎ込んで、全火力を集中させたらあるいは……だろうが、そんなことになると街は間違いなく焼け野原になるはずだ。


 たとえモンスターを倒しても、結局は住む家などを失うことになる。それでも命が助かるなら御の字なのかもしれないが。


「あ、でも奥田さん、最近じゃ『平和の使徒』さんよりもっと有名な人が出て来てるでしょ?」


 会話の中に他の女性が入ってきた。


「そうなのかい?」

「ほらほら、特に男連中が噂してるじゃない。謎の袴姿の美女のこと」


 ……! 間違いなく俺……虎門のことだ。


「ああ……そんな話もあったけっねぇ。何でも一人でモンスターを倒してるって」

「そうそう。凄い子よねぇ。女として憧れるわ~」

「ここに来てくれないかしらねぇ。そうしたらダンジョンを攻略してって頼むのに」


 金を持ってるならいつでも引き受けますがね。


「『平和の使徒』さんや、その袴姿の女性みたいな人たちがもっと増えてくればいいのにね」


 大鷹さんたちはともかく、普通命をかけてまで他人のためにダンジョン攻略をしたがる奴はそういないだろう。

 ここはゲームの世界でも何でもないのだ。失敗すればジ・エンド。それにレベルシステムみたいなものもないのだ。


 スキルだって、俺以外は本当に持っていないのではと思うほど、そういう噂も聞かないし。

 一般人がダンジョン攻略に赴くのはリスクが高くて手が出せないだろう。


「そういえば岸本さんが、『平和の使徒』のメンバーにコンタクトを取ったらしいわよ」

「へぇ。岸本さんっていえば、家がダンジョン化した際に、奥さんをモンスターに殺されてしまった人よね? 確か七十歳くらいのおじいちゃんでしょ?」

「そうそう」

「何で『平和の使徒』とコンタクトを? やっぱ家を取り戻してほしいとか?」

「それが違うみたいなのよ。詳しくは知らないけど、前に聞いた時に家はどうでもいいとか言ってたし」

「ふーん。じゃあ何で? コンタクトを取ったってことは攻略を依頼したんじゃないの?」

「あーでも断られたらしいよ。あっちにも優先順位があるらしくてさ」


 大鷹さんたちにとって、まず優先すべきは身内。そこから友人や知り合いなどを助けるために動いている。ただそれでも小規模のダンジョンを先に攻略していく。中規模以上になると、モンスターや罠も増えるし、モンスターの強さだって格が上がるからだ。


 そんな中、見知らぬ他人の頼み事はどうしても後回しになるのだろう。しかも攻略を依頼しないというのは一体どういうことなのか。

 少し気になったので、聞き耳を立てていた俺は彼女たちに聞いてみた。


「すみません、その岸本さんという方は今でもダンジョン攻略者を探してらっしゃるので?」

「あ、はい。そうみたいですよ。もし依頼を受けてくれたら自分が持ってるものなら何でも差し出すみたいなことも言ってましたし」


 ほう……それはそれは。


「何でも……ですか。岸本さんは、何のお仕事をなさっていた方なんでしょうか?」

「確か……定年される前は葬儀屋をやっていたとか」


 葬儀屋か……分からん。それって儲かる仕事なのか?


 だったらそれなりの蓄えがあるかもしれないが、仕事だけでは給金を予想できない職種なので確かめ難い。こんな時、ネットが使えればすぐに調べられるというのに。


 ……一応会って話してみるか? もし実入りが期待できそうなら、虎門として仕事を引き受ければ良いしな。

 ……まあ、その前に……。


「ねえねえ、鳥本さんって彼女っていますか?」

「可愛い系と美人系ならどっちですか?」

「料理ができる女性ってどう思います?」


 などと、比較的若い女性に囲まれて質問攻めにあっているので、とりあえずはこの状況を何とか乗り越えないと話にならなそうだ。

 俺は助けを求めるために奥田さんに視線を向ける。


「ちょっとあんたたち……」


 よし、そこでガツンと一発キツイのを入れてくれ。


「……まあ仕事も一段落しそうだし、休憩を兼ねて少しだけなら許してあげるよ」


 えぇー! マジですかーっ!?


 奥田さんの許可も出たということで、女性たちは嬉々とした様子で詰め寄ってくる。

 これぞイケメン力とでも言おうか。世のイケメンたちは、こんな状況に置かれてよくもまあ普通に対応できると思う。


 そもそも俺は女にキャーキャー言われたことなど人生において一度もないので、こういうのはマジで困る。どうすれば良いか分からないからだ。


 しかも今の俺は、必要以上に人間と親しくなるつもりもない。それに女と付き合ったところで、せっかく貯めた金も吐き出すことになるやもしれないし。

 身内ならともかく、他人に金を払うなんて今の俺にはもったいなさ過ぎる。


 ただこの圧。女の勢いというものは、問答無用に俺との距離を押し潰してくるのだ。

 冷静沈着な大人の演技が、早くも崩れそうになってしまう。


「ま、この子たちも普段からストレス溜まっててね。面倒だと思うが、ちょいとだけ相手してやって」


 奥田さぁぁぁん! 気持ちは分かるが、俺の気持ちも分かってくれ!


 俺は顔を引き攣らせながらも、怒涛の質問に対し、平常心を保ちつつ答えていった。



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